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差し出されたものの価値は。

「仇を討つってなぁ、またおだやかじゃないねぇ?

 もっとも……あの茶番劇の後じゃぁ、大体察しもつくが」


 一瞬だけ驚きに固まったドミニクが、あっという間にいつもの調子を取り戻す。

 言われて、私も推し量ることが出来た。

 何やら妙に幅を利かせているらしいアンガントファミリーのチンピラ風情。

 彼らを恐れているらしく、縮こまっていた周囲の人々。

 

「色々と腑に落ちるものはありますね。

 思う通りにならないことがほとんどないから、ドミニクの遠回しな断りも無視して絡んできたのでしょうし」

「そういうことだろうねぇ。それも人様の生き死にまでどうこう出来る程度に、となると洒落になりゃしないが」


 私達のやり取りを聞いていた少女は、驚いたのか目を見開き。

 それからしばらくして……ボロボロと涙を流し始めた。


「そっ、そうなのっ! 言うことを聞けだとか、金を払えだとか無茶苦茶言ってきてっ!

 断ったパパも、隣にいただけのママもっ、こ、こっ……!?」


 激高し、しかしその決定的な言葉を口にすることが出来ない少女の口を、ドミニクが手で塞いだ。

 驚き言葉を失った彼女を、ドミニクはそっと抱きしめて頭を撫でる。


「言わなくていい。そんな辛いことは、言わなくていい。ちゃんと伝わってるから」


 優しい声。

 今まで聞いたことがない柔らかな声でドミニクが言えば、少女はしばらく何も言えず。

 

 それから、数秒ほど経っただろうか。


「うぁっ、うあぁぁぁぁぁ! あたしっ、あたしぃ! パパ、ママぁ!!」


 少女が、堰を切ったかのごとく泣き始めた。

 きっと今まで、誰にも言えなかったのだろう。

 両親が殺されたことはまだしも、そのことを恨みに思っているなど、この街で口にしたらどうなるか。

 それがわかる程度には、彼女は物心ついていた。察しがついていた。

 

 であれば、口を(つぐ)むしかなく。

 それを解き放つことが出来た今この瞬間、感情が溢れ出したのも仕方がないことなのだろう。

 ……などと考えてしまう自分の冷たさには辟易としつつ。


「ああ、いいさいいさ、思い切り泣きな。きっと今まで、泣きたくても泣けなかったんだろうからさ」


 抱きしめたまま、少女の背中をぽんぽんと軽く叩くドミニク。

 こんな時、私は思う。彼女はどんな人生を歩んできたのだろう、と。

 見たところ、私と歳はさして変わらない。なんなら私の方が年上ではないかと思うほど。

 だというのに彼女は、彼女の言動は、人生の経験を積んだ者のそれ。

 どうやってこれだけのものを身につけたのか。

 こんな場面でそんなことが気になってしまう私は、きっと何かがおかしいのだろう。


 それから、少女が泣き止むまでしばし。

 すん、すん、と鼻を鳴らす程度に落ち着いた彼女へと、ドミニクが問いかける。


「で、どいつがお嬢さんの仇だってんだい?」


 ……こういう言い回しが彼女なのだろう。

 お嬢さんだとか言われたことがないであろう少女は、目をぱちくりと瞬かせ。

 それから、表情を改めて言葉を口にする。


「アンガントファミリーの、ボス……グレゴリー・アンガント……」

「ほう、そいつはまた……よりによって、一家のボスが出張ってきちまったか~」


 よりによって、などと言いながら、随分と軽い声でドミニクが言った。

 彼女のことだから、その可能性も頭にあったのだろうか、まるで驚いた様子がない。

 流石、と口にはしないが。


 しかし、気になることもある。


「何故そんな大物の名前が出てくるんです? というか、あなたはそのグレゴリーとやらの顔を知っているのですか?」


 ……いけない、思わず口にしたせいか、声音が冷たくなってしまったか。

 少女がびくりと身体を震わせ。


「悪い悪い、ちょいとこいつは愛想が悪くてね。だけどね、真面目でもあるんだよ。

 だから相手のことが気になったってわけでさ」


 ……不覚。まさかドミニクにこんなフォローをされるとは。

 しかしありがたいのは事実なので、ありがたく乗ることにしよう。


「怖がらせてしまって申し訳ありません。

 しかし、遂行するには相手の情報が必要ということもありまして」

「そ、そっか……」


 苦しい言い分かと思ったけれど、どうやら彼女は受け入れてくれたらしい。

 そのことに一安心はしたけれども。


 ミューと名乗った少女が聞かせてくれた事情を鑑みるに、あまり安心してもいられなくはなったのだが。

 アンガント一家は、この街を仕切るチンピラ組織。

 領主である貴族とも癒着しているらしく、ろくに取り締まられていない状況なんだとか。

 好き勝手暴れ、荒稼ぎしていた連中は、人々の食を支えるパン屋に目を付けたらしい。

 生きていくために必要なパンを、領主と癒着したヤカラが抑えてしまえば値を釣り上げ放題。暴利を貪ることも容易だろう。

 街中のパン屋を支配下に入れていく中で少女の両親が営むパン屋にも手を出し、断られ、ろくな交渉もなく……ということのようだ。


 なるほど、そんな状況であれば連中があれだけ居丈高になっていたのもわかろうと言うもの。

 そして、この少女が仇討ちを願い出るのにどれだけの覚悟が必要だったかも。


 私ですらそう感じたのだから、ドミニクなど更にだろう。

 と、思ったのだが。


「そんじゃ、最後に大事なことを聞いておこう。依頼料はどんだけ出せる?」


 まさかの言葉が、ドミニクの口から出てきた。

 いや、よくよく考えれば、金にならない剣は振らないと言っている彼女が仕事として捉えないわけもない、といえばそうだろう。

 彼女の人柄を考えるに、かなり意外ではあったが。


 となると、初対面である少女も驚きの顔でドミニクの言葉を受けたのも仕方ないと言えば仕方ない。

 そして。

 

 重ねて意表を突かれたのだが。

 彼女は、懐から一枚の硬貨を取り出した。慎重に、慎重に、壊れ物を扱うかのごとく。


「こ、これ、でっ! ……お願い、できません、かっ!」


 明らかに使い慣れていない丁寧語とともに。

 それだけでも、私ですら心を少しばかり動かされたのだが。

 

 彼女が差し出してきた硬貨。

 銀貨、一枚。

 平民であれば四人家族で一か月の食費になるだろう金額。

 

 もちろん、この手の仕事としては端金でしかない。

 けれども、そう受け取らない酔狂な人間もいる。


「そうかい。いいよ、あたしとこのアーシュラがしかと受諾させていただくさ!」


 私の知る限り酔狂人間筆頭であるドミニクが、あっさりと引き受けていた。私を巻き込んで。


「ドミニク、私は受けると言っていませんよ?」

「話は聞いてたろ? 随分と人数を斬れそうな話じゃないか」

「……なるほど」


 心外だが、ドミニクは私の扱いをかなり心得てしまったらしい。

 そう言われて、私が断る理由はない。生きていくに不自由ない金がある今、私が依頼料の多寡にこだわる理由はないのだから。

 であれば、話を聞くに相当な人数がいるであろう連中を斬る大義名分があるこの依頼、私がどう動くかなど決まっている。


「そう言われれば、仕方ありませんね」


 私がそう言えば、随分と不安そうにしていた少女の顔が、崩れた。

 笑っているのか泣いているのか、安堵しているのか……わからない表情に。

 なるほど、ドミニクの酔狂に付き合うのもたまには悪くない。そう思ってしまった。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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