邂逅は、月の下にて
それは、月の綺麗な夜だった。
青い青い光が降り注ぐ中、赤い赤い飛沫が舞う。
昼日向であれば濃密な緑が広がる野原にて、今は淡く柔らかいのに何故か心が冷えてくるような蒼い月明かりの下、ギラリ、ギラリ、刃が光って。
一人、また一人と破落戸どもが断末魔を上げながら倒れていく。
「なんだよ!? こいつら、なんなんだ!? ぐぁっ」
上擦った声を上げていた男が、たった一太刀で物言わぬ骸へと変わった。
青い夜に飛沫く、赤い血潮。
咽せる程に漂う濃密な血の臭いは、肺腑を黒く染めていくかのよう。
そんな小さな地獄絵図の中心で、私ともう一人が刃を振るう。
女の一人旅の途中で山賊まがいの連中に絡まれるというよくある場面に首を突っ込んできたのは、よくある平凡な明るい茶色の髪を、首の後ろで一つに縛った女。
ありきたりで、けれど普通の感覚であれば修羅場としかいえないこの場面だというのに、一体この女はどれだけの肝の太さをしているのか、見せているのは飄々とした顔。
その表情通り、なんでもないかの如くひょいひょいと破落戸共の刃をかわし、すり抜け様に致命の一撃をいつの間にか差し込んでいく。
無駄というものが欠片もなく、当たり前のように命を奪っていく洗練されたその姿に、私の背筋がゾクゾクと震えた。
もっとも彼女から言わせれば、長い黒髪をなびかせながら無表情に淡々と、受けようとした男達の剣をへし折りながら斬り伏せていく私の方が恐ろしかったらしいけれど。
ともあれ、髪の色も振るう剣の性質も対照的でありながら、撒き散らす死の数はほとんど等しく。
混乱が支配するこの場において、明確な意思を持って動いているのは私達のみ、とすら言えた。
「考え無しに首を突っ込んできたお人好しかと思っていたら、存外やりますね」
「あっはは、そいつはお褒めに預かり恐悦至極、ってね。いや、あんま褒めて無いかもだけどさ」
斬った張ったを繰り返し、たまたま、お互いの動線が交差した。
くるり、背中を合わせるように立ち、一つ息を吐く。
これだけ動き回って数え切れぬほどの数を斬っているというのに、この程度で呼吸が落ち着くのか。
彼女も、同じ事を思ったらしい。
一瞬の沈黙の後、挑発するようにその口の端が上がる。
「んじゃ、残りは競争でもするかい?」
「お断りです。あなたは冗談めかしながら煽って私に斬らせ、自分は楽をするタイプと見ました」
「おお怖。あたしとしたことが、たったこんだけで見抜かれちまうとはねぇ」
もちろんそれは口先だけで、彼女がまるで怖がっていないことは明白で。
けれど、嘲りや見くびりから来ているものではなく。
きっとそれは、強いて言えば『気安さ』というものに思えて。
返り血に塗れた女を前に、気安く笑う女というこの情景が、何とも愉快に思えてならない。
そして。
……ここまで、随分と斬っている。
相当な血に塗れている。
そんな自分の隣に、当たり前のように立てる彼女が。
何故だか、特別な存在に感じられた。
「んじゃ、いきますか」
「そうですね、長引かせるような相手でもないですから」
これから、怯え震えている残りの連中を片付けにいく。
命を奪いにいく。
行為そのものは重いはずなのに、彼女の言葉はやけに軽く。
きっと、その重さを知らないはずもないのに。
けれど、応じた私の声もまた、重さはなく。
そして私達は小さく笑い。
弾かれたように、それぞれの方向へと向かって駆け出した。
それからわずかばり。全てが終わった後で、私は問いかける。
「あなた、何者ですか?」
「何者って、言われてもねぇ」
その時に見せた彼女の表情が、今でも私の脳裏に刻まれている。
ありとあらゆる力みが抜け去ったかのような、自然体な笑み。
本当に、何者なのだろう。
知りたくなった私は、思わず口を開いてしまった。
「私は、アーシュラと言います。あなたの名前は?」
「おやまぁ、先に名乗られたとあっちゃ、答えないわけにはいかないか」
降り注ぐ青い光の中、彼女の笑みが、深まる。
ズクリ。
私の中の何かに、杭が撃ち込まれたような気がした。
「あたしは、ドミニクってんだ。なぁあんた、面白い剣を使うねぇ!」
その目の色に、私は引き込まれる。
ひたすらに何かを追い求める、それでいてそれを楽しんでいる。そんな目の色。
きっと私は、その時に囚われてしまったのだろう。
それは、月の綺麗な夜だった。
とても、とても綺麗な月だった。
だから私は、その月の色を忘れられなかった。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
もしもおもしろそうだと思っていただけたら、ブックマークやいいね、☆評価などしていただけたら嬉しいです!
そして……「あれ?」と思った方がいらっしゃったら嬉しいです!