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3話 君は...。


頭が重い。

眩暈も酷い。


まるで、1日眠り続けていた様な倦怠感に襲われながら、俺はベッドから体を起こす。


「....ふぅ....何だぁ...こりゃ....あ。」


目の前がチカチカして、また体をベッドに沈める。

声も上手く出せない。


「はぁ....。えぇ....どうなっ...てんの。これ。」


何でこんなに体が上手く動かないのか。

前後の記憶が曖昧で、何故こんな状況になっているのかさえ分からない。


「.....おぇ....。」


胃が空っぽなのか、妙に胃液が上がってくる。

今世紀1番の絶不調だと言っても、過言ではない程の体調の悪さに愕然としながら、何故か近くに置かれていたバナナを一本頂く。


食べないと死にそうなのだから、しょうがない。

うん。


「ふぅ.....。」


バナナを剥き剥きしている途中、俺は自分の体の変化に気づいた。

今まで鍛えてきたはずの筋肉達が大分衰えているのだ。


「へ....?」


まじで本当にどうなってんだ?!

身体中を巡る様に触ると、脇腹に膨れ上がった傷痕があった。


ズキンッ

頭の中で、まるで壊れかけたテレビの様に、これまでの記憶が、断片的に再生される。


「この傷....。」


「お兄様?!」


脇腹を触っていると、聞き慣れた少女の声が聞こえてバッ、とその声の主の方へ視界を寄せる。


死人を見たかの様に驚いた顔で、口元を抑え、固まるセシリア。

その反応に、俺は首を傾げる。


「ん?どうしたセシリア?」


どうやら、バナナのお蔭で大分発声が良くなった様だ。

やはりバナナこそ正義なり。


「え...?お兄様...。え?本当にお兄様ですか?!」


「え?逆に誰でしょうか、俺は。」


幽霊でも見たかの様な、怯えた声色で俺に何度も同じ質問を投げかけてくるセシリアは、心なしか前よりも大人びて見えた。


いや...なんか色々と立派になってません?!

身長も少し伸びてるし、雰囲気も胸も...。


......夢かな?これ。


「良かった...!本当に!お父様やお母様にも伝えてこないと...いや、それよりお兄様、大丈夫ですか?」


「え?大丈夫...とは言い難いかな?」


「...本当ですか?!何処か痛みますか?」


「...いや、まぁ体はちょっと重いんだけどね?それより、この現実に混乱してる。」


「現実...あぁ。3年間も寝込んでいらっしゃいましたからね?」


「...え?3年?!」


「...?はい。」


ヤバい...夢かと思っていたが、3年も眠っていたとなれば色々と合点がいく...か?!


え?3年ってやばくないですか?

どうやって生きてたの、俺?!


「.....お兄様。私、明日...断頭台に立つのです。」


「...は?!断頭台?!」


セシリアの口からいきなり発せられた爆弾発言に俺は聞き返すことしかできなかった。


「はい。私は、婚約者であるアーデン殿下に...不敬を働いてしまいましたので...こんな話をこんな状態のお兄様にお話をする事になってしまい申し訳ありません。」


薄らかな笑みを浮かべ、セシリアが光の灯っていない虚な目で俺を見る。

セシリアを見た時、明らかに3年前の彼女とは何かが違う、とは薄々は感じ取っていた。


確かに、セシリアは時々、虚な目で物を見る時があった。

それは幼少期のトラウマからくるものだったが、あの時のセシリアには、それを乗り越えようとする前向きな眼差しがあった。


だが、今のセシリアの瞳にはその眼差し以前に、生きることを諦めた様な、そんな事を彷彿とさせるものがある。


「そんな...何とかする方法は...?!」


知っている。

そんな方法なんてないのだと。


「ありません...。私はもう覚悟を決めています。」


帰ってくる言葉に希望なんてない事も。


「それでも...。何かあるはずだ?!父さんも母さんもいるんだ...。皆で一緒に考えれば...。」


「やめてくださいッ!!私が...悪いんです。」


「セシリア....でも!」


「ずっと寝ていたお兄様には...わかりませんよ...。今まで何があったのかすら...。」


知っている、なんて言えない。

ゲームのセシリアと目の前にいるセシリアが送ってきた人生が同じな訳がないのだから。


「何を...言ってるんだ。セシリア!」


「もう良いです...お兄様。お目覚めになられて嬉しかったです...。さようなら。」


「セシリアッ!!」


どれだけ手を伸ばしても、届かない。

俺はどうしてこんなにも無力なのだろうか?


-----------------


「ァッ?!」


手を伸ばすと、そこには何か柔らかなものがあった。


「キャッ?!」


その声に反応して、俺はベッドから飛び出た俺の左手のある方へと目を向ける。


「な、何をしているんですか?!」


「......え?」


金髪の少女は、俺の手を掴んで、顔を赤らめたまま俺を見る。


「セシ...リア?」


「お、お兄様?!い、いきなり、な、な、何を?!」


「......えーと。」


今俺が何をしてしまったのか、左手の感触からしても、状況的にみても火を見るより明らかである。


「ご、ごめん?!悪気はないんだよ?!悪気は!!」


そう言いながら、掴まれていない右手でオーバーに手を左右に振りながら謝る。


「......は、恥ずかしいですけど....お、お兄様が目覚められたので....許してあげます。」


「あ、ありがとう?」


「よ、良かったです。お兄様が目覚められて...!」


「...俺、もしかして大分寝てた?」


「...1週間も意識のない状態で...お医者様からももう目覚められないかもしれないと...。良かった...。良かったです...お兄様!!」


そう言いながら、俺の左手を泣きながら掴むセシリア。

セシリアの手は、思っていたよりも冷たい。

手の甲を見てみると、白い肌が赤く染まってあかぎれになっている所もある。


今は冬の終わり頃で少しだけ気温が冷たい時期だが、どうしてこんなになっているのか、と周りを見渡してみると、セシリアがベッド脇で座っている椅子の近くに、木製バケツとタオルが置いてあった。


「セシリアが看病してくれてたんだな...?」


「.....はい...。」


「沢山迷惑かけちゃったな...?」


「そ...そんな事ありません...!」


「そんな事あるんだよ...ありがとな。セシリア。」


後何日眠っているままなのか分からないのにも関わらず、こうやって看病をしてくれていたセシリアに、俺はこの恩を返せるだろうか?


「......お兄様...!!お兄様!!」


そうやって手を掴んだまま、下を向いて泣き出すセシリアに、俺は頭を撫でてあげる事しかできない。

でもこれで良いと思った...何故だろうか。

ふと我に帰ると、目の前にいるセシリアが...いつのまにか居なくなってしまう様な、そんな焦りの様なものが溢れ出してくる。


この妙な感覚は、いったい何なのだろう。

それに俺は何でセシリアの名前を呼びながら目覚めたのだろうか。


「......。」


「お兄様?どうかしましたか?」


「ん?いや、何でもないよ。」


分からない。

何か大事なものがスッポリと抜けてしまった様な感覚。


これは、この胸騒ぎは一体なんなのだろうか?

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