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第九話

「この年頃における四歳差というのは、あまりに大きすぎる違いなのです。理解力や情緒の面では、特に。しかし残念な事に、見た目の面、特に身長などはそこまで大きく変わる物ではありません。女子は、だいたい一二歳を過ぎた頃には身長の伸びは鈍化しますから」


「クレール嬢が母君を喪い、そしてこの国にやって来たのは、三年前だ。ダルデンヌ伯爵家との養子縁組も同時になされていて、その申請の時点で彼女の年齢は一四歳とされていた。貴族家がその歳の養子を迎えたならば、急ぎ王立学園に入れようとするのが普通だろう。しかしクレール嬢は二年間も表に出されることはなく、ようやく一年前に学園に編入。その理由はといえば……」


「クレールさんの第二次成長期が完了するのを、待っていたのでしょう。身長がぐんと伸びる時期を見られては、本当の年齢なんてすぐに察されてしまいますもの。そして、このクレールさんを隠した二年間こそが、ダルデンヌ伯爵家の一同が故意にクレールさんの年齢を詐称しかつ隠蔽を計った証左にございます」


 私、父、私と続けた説明に、ベルナールはとうとう顔を両手で覆ってうずくまってしまった。

 反論は、ないのだろう。

 私はそれに声をかけてやることはせずに、クレールさんに水を向ける。


「では、なぜクレールさんの年をごまかしたのでしょうね? クレールさん、あなたご自身はどういった説明をされたのかしら?」


「……王子様と結婚したかったら本当の歳のままじゃダメだって、伯爵様とパパ様のつかいの人に言われたの。あたしは、王子様と結婚してお城に住みたかったから、二人の言う通りに……」


 想定の範囲内のことではあったが、当たっては欲しくなかった予測が当たってしまった。

 帝国の人間の介入もあったのね。

 ということは、帝国側の戸籍も改竄されているかもしれない。

 とはいえ、その他全ての記録や人々の記憶までは変えられない。証拠は集めた。パーヴェル皇子と今のクレールの証言もある。

 ダルデンヌ伯爵家の罪を問うには、十分であろう。


「クレールさんが聞いていた通り、王太子であるアレクシス殿下と年の頃を揃えようとしたのでしょう。一学年違うだけでも中々接触はできないのに、それが五歳も違うともなれば、とても難しくなりますもの。異性としても対象外となってしまう可能性が高いですし」


「あるいは、我が国では一八歳未満の結婚を認めていないからかもしれないね。アレクシス殿下が結婚できる歳になってから五年も待つのを嫌がった、という可能性だ。その間に、一度は奪った王太子の婚約者の座をまたも誰かに奪われる、あるいは奪い返されることを、警戒したのかもしれない」


「ああ、私ならば絶対に奪い返しにかかりますし、確実に事を成し遂げますものね」


 私の推測に重ねてきた父の意見に、私はぽんと手を打った。


「だろうね。我が娘ながら、本当にこわい子だよ……」


 父が何か呟いているが、そんなのは気にしない。

 当たり前だろうが。アレクシス殿下は私の最愛だぞ。奪われて五年もあったらなにをどうしたって奪い返してみせるわ。


「ならば、どうせなら僕と同学年にとは、どうしてしなかったのだろうね?」


「……そうすると、誕生日の順で、私の方がクレールの義弟となってしまうのです。それはさすがに、おかしかろうと。クレールの母の過去の動向にも無理が出ます。クレールが実際に学園に通い始めてからは、今以上に殿下と接触する機会が多くては不自然さに気づかれたかもしれない、ちょうど良かったと思ったものです……」


 アレクシス殿下の呈した疑問に、ベルナールがボソボソと答えた。

 なるほど。総合してギリギリを狙って四歳ほど詐称する事に決まったと。

 そして、ようやく自白したか、ベルナール。


「ということはやはり、クレール嬢を僕にというのは、クレール嬢がこの国に入国する前後から計画されていたということか。なぜ、そうまでして……」


 アレクシス殿下が物憂げな表情でそう零せば、ルフィナ先生が、こちらも明るくはない表情で応じる。


「愚妹クレール本人の子どもらしい願望を聞いた誰かが、ならばやらせてみるかと考えたのでしょうね。父ならば、『クレールは公式の皇女ではないので、失敗したところでそう痛手にもならない』くらいの気持ちで策を押し進めるかと」


 本人の子どもらしい願望、つまりは『王子様と結婚してお城に住みたかった』か。


 帝国の皇子達とはきょうだいであり結婚などできないクレールがそれをするには、他国の王子、できれば王太子と結婚するしかない。

 彼女の母君の生まれと利用できる家、そして帝国の利害を勘案し、アレクシス殿下が目標に据えられたのだろう。

 しかし、母親を喪ったばかりで父親とは縁遠い一〇歳の少女が言ったそれは、『お城に住みたかった』の部分が重いのではなかろうか。


 当然、人恋しさはあるだろう。愛に飢えてもいるだろう。けれどそれを幼気な少女が『結婚』で埋めなければいけないなんて、あまりに痛ましい。

 本当は、父親である皇帝とその家族の住む城に迎え入れて欲しかったのではないか。家族として、愛されたかったのではないか。

 その本来の願望を拒絶されたか否定されたか絶たれたか、あるいはすり替えられたかしたのではないか……、なんて。

 あまりに感傷的過ぎる邪推だろうか。


 その時何を思ったか、アレクシス殿下が席を立った。

 それから彼はまっすぐに、クレールの元へと歩みを進める。

 ソファに座る彼女の前に膝をつくと、殿下は深く、頭を垂れた。


「クレール嬢、君に謝罪させて欲しい。すまなかった、君の夢や気持ちを、弄ぶ形になってしまって」


「あ、いやいやいやそのっ、あたしこそごめんなさいっていうか! ちょうしこいてましたっていうか! ぽやーってなっちゃったっていうかぁ!」

「愚妹、まずは『頭をお上げください』よ。いつまでアレクシス殿下の頭を下げさせておくつもり」

「あああ、あたまを! あたまをおあげください!! あ、あの立って! リュシエンヌ様! リュシエンヌ様のとこに戻ってくださいですっ!!」


「……君に詫びたい気持ちはこの程度では足りないのだけれど、君たちをこれ以上困らせるわけにもいかないか。わかったよクレール嬢。本当に、すまなかった」


 真摯に詫びたアレクシス殿下に、クレールはパニックになってしまったようだ。

 ルフィナ先生のフォローでなんとか……なんとかなったかしらこれ?

 既にアレクシス殿下は頭をあげこちらに戻りつつあるが、先ほどの彼の行為のインパクトはすごかった。


 クレールはあわあわしているし、その並びに座っていたベルナールは気まずさからかソファから滑り降り床に直接座った。そしてそのままだ。

 私も驚いたしどうしたら良いかわかっていなさそうな顔をしている人間が大量発生しているしで、場の空気がとんでもないことになっていましてよ?

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