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第六話

「指輪に関しては、こういうことだ。発端はクレール嬢の規則破り、それが彼女及び彼女の指輪に関する秘密のためこじれてしまっただけのこと。リュシエンヌやルサージュ公爵家には、一切非がないよ。むしろ、多大な迷惑をかけられたショヴァン殿の関係者だね?」


 アレクシス殿下は、相も変わらずのやわらかな微笑みと穏やかな声音とで嫌味を放った。

 それ、ベルナールよりもルフィナ先生に刺さっていませんこと?


「ベルナール、クレール嬢に泣きつかれた君がすべきだったのは、同情と怒りで歪んだ頭で粗末な推理を組み立てることではない。きちんと事実を確認し、解決に向け行動することだ」


 アレクシス殿下が落胆の色をにじませつつそう告げると、クレールがそれに背中を押されたようにおずおずと明かす。


「……その、あたしはわかんないけど、お兄ちゃんならあの紙どうにかできるかなって、思ってたの。でも、お兄ちゃんはあの紙を見もしないで『ルサージュ公爵令嬢め! なんてひれつな!』って言って破ったから……」


 まあ、なんて感情的かつ短絡的なんでしょう。


 まさかの義妹クレールにまで非難めいた訴えをされてしまったお兄ちゃんことベルナールは、顔を耳や首まで真っ赤にさせ唇を噛み締めた。


「た、確かに、少し冷静でなかった事は認めましょう。というのも、そう、形見の品を奪われたクレールがあまりに哀れな様子だったのです。……けれど、そう、それだけではありません! ルサージュ公爵令嬢による他の度重なる嫌がらせ及び加害行為があったが故に、つい指輪に関しても同様に考えてしまったのです!!」


 反省なのか言い訳なのかと思いきや、ベルナールはなおも私を責めるつもりらしい。ずいぶん諦めの悪いことだ。

 無駄にがんばればがんばるほど、罪と追及が重くなるだけでしょうに。

 ちょっと楽しくなってきちゃったわ。

 ちょっとわくわくする私を尻目に、ベルナールは滑稽なほどに胸を張る。


「およそ一ヶ月前、クレールは学園生徒会棟の玄関ホールの大階段より突き落され、ケガをしました! 幸いにも数日で消えたアザ程度の軽傷で済みましたが、大階段は絨毯が敷かれているとはいえ石造り。一歩間違えば、クレールは死んでいたかもしれないのですよ!? そして下手人はルサージュ公爵令嬢の配下、ドローネー子爵令嬢だったのです!」

「まさか、それを、言ってしまうのか……」


 ぽそりとアレクシス殿下が呟かれたことも気になるが、まずは高らかに一ヶ月前の事件とやらを語ったベルナールだ。

 いやいやいやいや。

 何言ってんだこいつ。


「ベルナール・ダルデンヌ、あなた何を言っているの? ドローネー子爵令嬢は、確かに私の親しくさせていただいているお友だちよ。家格を比べてしまえば明確に上と下である間柄でもあるわ。でもそれよりなによりまず、ドローネー子爵令嬢はベルナール・ダルデンヌの婚約者じゃない。私の配下などという説明は、適切でないのでなくって?」


 何言ってんだこいつと言いたかったが、どうにか精一杯の淑女らしさで包み込んでから言葉にして発せた、と思う。

 いえ、けれど、よく考えたら。


「いえ、けれど、よく考えたら、あの子はベルナール・ダルデンヌなら階段の上から蹴り落とすかもしれないけれど、クレールさんに何かをするような子ではないわね。そもそもあの子、ベルナール・ダルデンヌのことなんてちっとも好きじゃないもの」

「えっ!?」

「嫉妬なんてあり得ないわ。性格だって陰湿どころか豪快で、浮気なんてされたら即婚約破棄を選ぶような子よ。いったいどういうことなのかしら……?」


 私はそこまで呟いてから、はてなんだかすっとんきょうな悲鳴が聞こえたな、という方を見た。


「え、好きじゃない? 蹴り落とすかもしれない? え? 私のことを?」


 するとベルナールがキョドキョドしていたので、あの子と前々から約束していた通りに言ってやる。


「ええ。あの子は常々、あなたに関して『腹が立つ顔をしている』『優秀ぶってるけど馬鹿でしょあいつ』『蹴り飛ばしてやりたい』『結婚したくない』『うちが同格なら……』と語っていたもの。あ、これに関しては私が勝手に暴露しているわけではなく『リュシエンヌ様には反論できないでしょうから、どんどん言っちゃってください! それであいつと婚約破棄にでもなったら万々歳です!』と本人から了承を得ておりますのよ」


「本当にその子と仲が良いんだね」


 後半はアレクシス殿下に向かって言えば、彼は面白そうに笑ってくれた。


「ええ。あの子が認めてくれるなら、私は親友と呼びたいくらいに思っていますわ。……だからこそ、納得がいきませんの。どうしてあの子が、クレールさんを階段から突き落とすなんてまねを?」


 私が首を捻ると、アレクシス殿下も首を軽く傾げながら答えてくださる。


「まあ、納得いかないだろうね。うーん、どこから説明したものか。実はその現場には僕もいたのだけれど……。ああ、まずはそうだな。クレール嬢、君から見たあの日の事件のあらましを、語ってくれるかい?」


「はっ、はい!」


 アレクシス殿下に呼びかけられたクレールは、緊張は感じられるものの元気な返事を返してきた。

 その並びではベルナールがぶつぶつと何か独り言を漏らしながら頭を抱えているのだが、彼女は気にしていないようだし誰も気にしなくて良いし私も無視しておきましょう。


「えっと、あの日あたしは階段をのぼっていると中で、忘れものに気づいたんです。で、逆におりていって、階段の下の方、あと三段くらいかな? ってところで上からお兄ちゃんに呼ばれて、振り向いたんです。そしたら、両手を前につき出したお兄ちゃんの婚約者さんがダダダダダッ! って来て、ドーンッて」


 そこでクレールはふるりと震え、きゅっと両手で自分を抱きしめるようにしてから、続ける。


「……すごい怖かったです。あ、落ちたのはぜんぜん。そんな高さなかったし、床も絨毯でふっかふかだったし。むしろ、婚約者さんの方が痛そうだったくらい。その……、婚約者さんの顔が、怖かったんです。すごいひっし? っていうか。ぎーって歯を食いしばってガッて目をひらいてて、怒っているかんじも、あったかなぁ……」


「クレール嬢からは、そうだろうな。その後はすぐベルナールをはじめとする幾人もの男子がクレール嬢に集って、やれ医務室だ医者だと大騒ぎしていたね。恐怖に震える君の肩を抱こうとする者、涙を拭おうとする者、肩を貸そうとする者、抱き上げていこうと言い出す者、なんだかんだと……」


 その馬鹿騒ぎを思い出したのか、アレクシス殿下が若干遠い目をされていたのを、私は見逃さなかった。


「残った僕はドローネー子爵令嬢の元へ向かい、騎士に頼んで彼女を医務室に運んでもらってそれに付き添ったんだ。彼女こそ、怪我の状態がひどかったから。なにせ彼女はクレール嬢よりも十段近く上から階段を駆け下りた……のではなく、転がり落ちたのだから」


 転がり落ちた……?

 それは聞き捨てなりませんわよ、アレクシス殿下。

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