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第五話

 あらあら、まあまあ。

 まだ、自分たちの立場がいかに危ういのかわかっていない人がいたなんて。


 糾弾をされた私自身は、そんな風に一周回って関心を覚えたくらいだったのだけれども。


「ベルナール、君はどこまで僕らを失望させる気なんだい?」


 心底呆れきったらしい声音で、アレクシス殿下がそう仰った。

 ……これは、ちょっとかなりまずいかもしれない。


「お言葉ですが殿下、ルサージュ公爵令嬢こそ、皇女であるクレールに非道な行いを繰り返したのですよ! 中には、帝国との関係を明確に悪化させるような行為も含まれておりました! それを考慮に入れず一方的にクレールを糾弾するなど、道理に反します!!」


 待ちなさいベルナール。火に油を注ぐような真似をしないでちょうだい。

 そんな私の願いも虚しく、無礼にも私をビシリと指差して、ベルナールは言い切った。言い切ってしまった。


 すると当然。

 真冬のように痛いほど冷え切った空気と、春の盛りのようにやわらかく暖かな声が、私の隣、アレクシス殿下から同時に発される。


「僕のリュシエンヌが、そんな下手を打つわけがないだろう。あまり君らを責めすぎても哀れかと見逃してやるつもりだったのに、仕方がないね」


 駄目だ。これはまずい。かなりまずい。

 アレクシス殿下は、激烈に激怒していらっしゃる。俗っぽく言えば、ブチのギレだ。


「ベルナール、そこまで言うのならば、今この場で、リュシエンヌがしたと君が思っている非道な行いとやらについて詳らかにすると良い。彼女に一切の非がないと判明した暁には、リュシエンヌを愛する僕は厳しく君の責任を追及させてもらうけれど。その事を、覚悟した上でね」


 どこまでも穏やかな声音で、この上なく品の良い微笑みまで浮かべ、アレクシス殿下はそう命じた。

 殿下のその平穏そうな様と物騒な発言内容の落差は、めまいを覚える程だ。

『リュシエンヌを愛する〜』の辺りで父も『当然我が家としてもそうする』とばかりに頷いてしまっており、父も名誉毀損として争う気なのだろう。


 あーあーあーあーあー。

 どうするのかしらこれ。


「……っ! しょ、承知いたしましたとも。私はそんな脅しになど、屈しませんからね。殿下がいかにあなた様の婚約者を庇おうとなさっても、勝つのは正義なのですから!」


 どうしようもないわね、これ。

 キリリとした表情でアレクシス殿下にそう宣言したベルナールに、私は早々に匙を投げる。

 どうしてベルナールは、こうも自信満々にいられるのかしらね?


 先ほどのパーティで殿下は私の味方であるという立場を明らかになさった。私と両陛下と公爵家に話を通したことも、マントに書かれていた通りだ。

 つまりは、昨日までに殿下に知らされていた私の犯した罪とやらの情報だって全てこちら側に共有されている。

 そして我が家主体で調査精査し、殿下はその報告を受けた上で、『僕のリュシエンヌが、そんな下手を打つわけがない』とおっしゃったというのに。


 彼らの主張は非常にお粗末で、真相としてはくだらない物だった。

 あるいは、殿下にも知らせていなかった新たな事実がなにかあったりするのかしら……?


「なによりの重大事から話させていただきましょう。ルサージュ公爵令嬢は、公爵家寄子の子爵家出身であるショヴァン師を利用し、クレールの母の形見の品を奪い取ったのです! そしてその品こそは、皇帝陛下の御名入り紋章の刻まれた指輪だったのですよ!」


 なんだ、その事か。

 ベルナールから衝撃の新事実のように明かされたのは、既に知っていたこと。

 正直がっかりさせられてしまった。

 私は内心の落胆を隠しながら、あくまでも冷静に返す。


「クレールさんが皇女である証明ともなるそんな重要物を、本当に私が奪い取ったのだとしたら大問題ですわね。もし皇帝の紋入りの品を粗略に扱ったのだとしたら、確かに国際問題にもなりかねません。その件に関しては……、そうね、クレールさん自身からその時の状況を話してもらおうかしら?」


「えっ!? あ、あたし!? あ、はい……」


 ぽけーっとしていたところに呼びかけられたクレールは、ビクリと小動物のように跳ねた。

 集まった視線と注目、それから『言ってやれ!』とでも言うかのような彼女の義兄ベルナールの視線に居心地悪そうにしながら、彼女はおずおずと語る。


「えっと、何ヶ月か前、去年の年末くらいにあったことです。……その日は、ママが死んだ日、だったんです。あたしどうしても悲しくって、寂しくって、その日はずっとママの指輪をしていたかったんです。それなのに、二時間目のショヴァン先生に見つかって、ムリヤリ指輪をとりあげられてしまって……!」


「そう。クレールさんは、学園に、指輪を、してきたのね。授業中も身に着けていて、そしてショヴァン先生に取り上げられた、と」


 亡き母を慕ってというのは可哀想ではあるが、私はしっかりと問題の部分を確認した。

 するとクレールはぱっと顔を上げ、その大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべながら、切々と悲痛な声で叫ぶ。


「そうです! 返してくださいっ! あれはママがパパ様にもらった、あ」

「それ以上馬鹿を晒さないでちょうだい! 愚妹!!」


 ピシャリと、教室の隅々にまでしっかりと響くような太い怒声で遮ったのは、クレールの異母姉にして()()()()、ルフィナ先生だった。


「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、あなたはどこまで愚かなの、愚妹。皆様、失礼いたしました。この件に関しても、愚妹クレールが全面的に悪いということを私が認めます。申し訳ございません」


 深々と頭を下げたルフィナ先生に、ベルナールが食い下がる。


「なっ、授業に指輪は不要だとしたって、しまっておくようにとでも指導すれば良い! 無理矢理に奪い取るなどあり得ないでしょう! しかも、指輪はまだ返還されていないのですよ!? そんな不当な行為を行ったショヴァン師はルサージュ公爵家には逆らえない立場、公爵家の命令があったと考えるのが自然です!!」


「黙りなさい、ベルナール・ダルデンヌ。男性の皆様に説明させていただきますと、同じ学園であっても、実は男子校舎と女子校舎では規則が一部異なるのです。女子校舎においては、一切の装飾品の持ち込みが禁止されております。講師が発見した場合には即時没収、学園の金庫にて保管と、規則で定められておりますのよ」


「……!?」


 ルフィナ先生の堂々とした説明に、ベルナールは目を見開き絶句した。


 男子校舎にはそういった規定がないというのが、むしろこちらからすると意外だったのだが。

 何も言わずとも男子が装飾品をわざわざ学園に身に着けてくるようなことはそうないからかしらね。

 それとも、この規定ができた発端の事件が、女子校舎内で起きたことだったからかしら。そしてその事件のあらましを外部に漏らさないため男子校舎側にすら事件の事は知らせず、となればいきなり規定を設けるわけにもいかず、とか?


 ふう、と疲れたようなため息を一つ吐き出してから、ルフィナ先生は続ける。


「同僚である私の目から見て、ショヴァン先生は非常に公明正大で規則を重視し厳粛に遵守なさる方です。公爵家の働きかけがあったとしても規則を曲げるようなことはなさらないでしょうし、同様にクレールの泣き落しも効かなかっただけのことでしょう」


 そうそう。ショヴァン先生は私が幼い頃から面識のある方だが、だからこそむしろ厳し目に評価をつけると宣言されたし実際にそうされた。そんな方だ。

 他の講師なら、母の形見だの今日は母の命日だの言われたら見逃してしまうかもしれない(実際一限目はそうして乗り切ったのだろうな)が、あの方はそうしなかった。

 それだけのことだろう。


「け、けれどそれならばなぜ、指輪は取り上げられたままなのです? おかしくはない、でしょうか……?」


 幾分かトーンダウンしているものの、なおも諦め悪くベルナールは疑問を呈した。

 問われたルフィナ先生は、ピッとクレールに視線をやり、彼女に問う。


「ねえ愚妹、取り上げられた際に、そしてその後も何度かは、返却手続きについての案内があったわよね?」


「……なんか、むずかしそうな紙はもらった、けど。で、でも、あの紙、すっごくむずかしいのよ? かたちとらいれき? あと自分の物だってしょうめいとか? を書けって……。ママ死んじゃってるのに、あたしがパパ様の子だって言っちゃいけないのに、そんなの無理でしょ? だからあたし、何度も何度も泣いて泣いて返してってお願いしたわ。なのに、ちっとも返してくれなかったの……」


「当たり前でしょう、愚妹。返還時に確かに確かな持ち主に返すために、全て必要な項目でしかないの。むしろ、形状も明記できない、来歴は明かせない、購入証明も人から受け継いだ証拠も出せない、ただ泣き落としてこようとする上にどうもなにかを隠していそうなあなたなんて、盗人と疑わない方がおかしいわ」


「えっ、ええ!? そんな……」


 ガーンと顔に書いてあるような、衝撃を受けたような顔でクレールは固まった。


「そもそも、女子校舎にこの規定ができた理由が、過去に生徒間での盗難騒ぎがあったからだもの。盗品ではないかというのは、一番に気にされるところよ。……あなたには任せておけないわね。指輪の返還手続きは、すぐに私が行うわ。多大なご迷惑をおかけしたショヴァン先生にも、丁重にお詫びをしなくては……」


 フィオナ先生はそこまで言うと、うう、と苦しげに眉根を寄せ、腹の中央上部、ちょうど胃のあたりを擦っている。

 おかわいそうに。あの辺りにダメージを受けたのだろう。


 しかし、ショヴァン先生も、胃の痛くなるような思いをしたことだろう。

 ショヴァン先生は、なにもクレールを困らせてやろうなんて考えてはいなかっただろうに。きっと、ただ生真面目に職務を遂行しようとされただけ。

 なのに、取り上げたのは厳つい紋章の入ったいかにも由来のありそうな指輪、持ち主らしき女生徒はただ泣くばかり、そのまま何ヶ月も経過し、学年が変わってしまうまで長期化なんて。


 一限目の先生って、もしやクレールの泣き落としに負けたというより、なにか面倒な事になりそうだと危機回避したのかしらね?

 けれど、ショヴァン先生は真面目な方だから、わかっていたところで見なかったことになんてできなかったのだろう。

 挙げ句、正義面したクレールの義兄ベルナールがしゃしゃり出てきて、冤罪までふっかけられるところだったなんて。


 うん、私からも、ショヴァン先生に何か労いの品でも贈っておこう。

 私も卒業したことだし、世話になった御礼も兼ねて、なにかすごく良い物を。

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