第一二話
ともかく、クレールのしっかりとした引き取り先が見つかって良かった。
この子がまた誰かに利用されたりしたら、大変な事になるもの。
ルフィナ先生の下でならば色々と安心だ。
クレール本人自身自覚があるらしい未熟な部分も、今後はきちんと教育してもらえることだろうし。
良かった良かったと、部屋の空気がなんとなく緩んだその時に。
「クレール、君は本当に、ダルデンヌ伯爵家を出て帝国に行ってしまうんだね……。君と離れ離れになるなんて、身を切られるような思いだ……」
床に座ったままの男、すなわち今まではクレールの義理の兄であったベルナールが、わざとらしいくらいに哀愁を漂わせそう呟いた。
それに一瞬だけ不快そうな顔を見せたルフィナ先生は、次の瞬間には何か思いついた様子でニヤリと笑う。
「ベルナール・ダルデンヌ、そこまで言うのなら、クレールの侍従として私が雇ってさしあげましょうか? そんなにもクレールと離れがたいのならば、帝国までついてくればよろしいじゃないの」
「えっ!? いや、その、さすがにそれはちょっと……」
「ルフィナ先生、申し訳ありませんが、その提案を認める訳にはいきません。その者を国外に連れ出されては、こちらが困ってしまいますもの」
ルフィナ先生の提案にベルナールが戸惑いを見せもごもご言っていたところに、私は割り込んだ。
ベルナールは、何故か嬉しそうな表情で私とアレクシス殿下を見上げてから得意げに言う。
「そ、そうです! 私はこの国にもアレクシス殿下にも必要な人材! 大変申し訳ないのですが……」
「えっ?」
「いえ、そういうことではないのだけれど……」
「へっ? な、なぜアレクシス殿下は驚かれているのです? ルサージュ公爵令嬢、『そういうことではない』とは、いったい……?」
驚きの声をあげたアレクシス殿下と、口を挟まずにはいられなかった私。
並ぶ私たちを今度は不安げに見つめ、ベルナールは馬鹿な事を問うてきた。
アレクシス殿下は私と一瞬アイコンタクトを交わしてから、どうやらまだわかっていないらしい彼に、丁寧に説明していく。
「ベルナール、君をこの国から連れ出されたら困る理由は、国や僕が君を必要としているからではない。君にはこの国で罪を償ってもらわなければならないからだ」
「そういうことよ。私に不当な言いがかりをつけた件、あなたの婚約者ドローネー子爵令嬢にした事、ダルデンヌ伯爵家として犯した罪、全ての責任を問われなければならないわ。ああ、クレールさんの扇動もあったわね」
「そ、そんな……。考え直してくださいアレクシス殿下! 私はあなた様の側近! それをたった一度の過ちで見捨てるなど、殿下の度量が疑われることにもなりかねませんでしょう!!」
ベルナールは、顔を真っ青にしてそう訴えてきた。
床に座ったままの彼にそれをされると、非常に悲壮感が漂うのだが。だがアレクシス殿下はそんなのは気にもしていない様子で、呆れたようにため息を吐く。
「ベルナール……。これだけ長期に渡り、それも複数罪を犯しておいて、『たった一度』と言い張るのは無理があるだろう……? だいたい、君は僕の側近ではない。あくまでも、その候補だっただけだ。しかも、これだけの事をした君を今後も候補として残すわけがない」
「そんな! これまで私が一番殿下の側近くでお仕えしていたではないですか! 私は、いわば殿下の右腕! それを……」
「率直に言わせてもらうよ、ベルナール。確かに僕は、学園において君を重宝していた。けれどその理由は君が特に優秀だったからではなく、君が、僕と同級生だったからだ。学園では同じ年の者が使いやすい、それだけの話でしかない。そして僕らが学園を卒業した以上、それはもうない」
みなまで言わせず、アレクシス殿下は厳しい態度でそう断じた。
「な、な、な……」
言葉を失っているベルナールに、私からため息交じりに言ってやる。
「アレクシス殿下の側近候補は、年上にも年下にも数多いるのよ。当たり前でしょう? あなたよりよほど優秀な方も、たくさんいらっしゃるわ。ベルナール・ダルデンヌはせいぜい『これからの成長に期待』といったところだったのに、右腕とまで思い上がっていたなんて」
「あのー……。お兄ちゃんもだけど、生徒会のみんな、自分は将来の宰相だーとか未来の騎士団長だーとか言ってたんだけど、それって勝手に言ってただけ? ってことです?」
そこに、そろりと手を挙げ、クレールからそんな質問が飛んで来た。
アレクシス殿下と私は若干気まずさを覚えながら目を合わせると、殿下は爽やかな笑みを浮かべ、私はまじめな表情を作って答える。
「今後の努力次第で将来的にそうなれるかもしれない可能性を、一概に否定はしないよ」
「アレクシス殿下、ここはもうはっきり言ってしまいましょう。そうよ、勝手に言っていただけ。普通に考えて、そうそう都合よく同学年にばかりそこまでの才ある者たちが集まるわけがないでしょう。目標として掲げるのは良いけれど、確定した未来として自称していたというのはうぬぼれが過ぎるわね」
「うわぁ……。あれだけ自信満々だったのに、全部おままごとだったってことかぁ……。ダッサ……キッツ……」
ぼそりとクレールが漏らした感想を聞いた途端、ベルナールがガクリと崩れ落ちた。
よくやったわクレール。
ルフィナ先生はよしなさいとばかりにクレールの手の甲をぺちぺちと叩いているけれど、私は思い切り頭を撫でてやりたい気分だわ。