表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第一一話

「ついでに言えばね、愚妹、あの国は普通じゃないのよ。普通は、婚約していたり結婚していたりする人に、恋をしてはいけないの。次から次に妻を増やす私たちの父親は、普通じゃないの」


 厳しい表情を作ったルフィナ先生にそう言い含められたクレールは、むうと唇を尖らせる。


「いや、そのくらいは……、さすがにあたしだって、わかってるし」


「そんな事言って、愚妹は実際婚約者のいる方に手を出そうとしたじゃないの! しかも、リュシエンヌ様に冤罪までかけて排除しようとして!」


「だ、だってみんなが『アレクシス殿下も君のことを愛している』『彼の心を癒すことのできる君が王妃になるべきだ』って言うんだもん! それに、『ルサージュ公爵令嬢は君を排除しようとしている』『愛の試練だ』とかも言われて、だからあたしは、『そうなんだ! なにくそー!』って思って……、はい、突っ走りました。ごめんなさい」


 必死に言い返していたクレールだったが、どこまでも冷たく見下げるルフィナ先生の視線に負け、最後はシュンと頭を下げた。


「愚妹、そのみんなというのは、具体的に誰なの?」


 ルフィナ先生の問いかけを、私が拾う。


「家の派閥や様々な思惑を理由にクレールさんを焚きつけたのだろう人物を、実際にこちらで複数確認しておりますわ。クレールさんは全く悪くない……とも言い難いかもしれませんが、クレールさんは責任を問える歳ではありませんもの」


「焚きつけた人物については、調査と裏付けを行った上で、きちんと対応させていただく予定だ。そちらに、責任は取らせる。少なくとも、その者らはもう二度とクレール嬢に接触はできないので、そこは安心していただきたい」


「……アルベール王国内の事情に、私どもが干渉するわけにもいきませんね。かしこまりました。愚妹に対する寛大なお心に、感謝申し上げます」


 我が父による補足も受けたルフィナ先生は、冷静な表情で頷いた。

 と、思いきや。

 キッと厳しい眼差しに戻って、クレールを叱りつける。


「けれど愚妹、あなたは反省なさい! いくら人に言われたからって、それをそのまま信じるんじゃありません! あなた、いくら一三歳にしたって、幼すぎるし夢見がちすぎるし、同年の者の中でもかなり頭の悪い方よ!?」


「はい……、あたしはばかです……」


「愚妹は『自分はお姫様だ』と思っていたようだけど、あなた、皇女らしい振る舞いなんて一つも身に付いていないじゃないの! 敬語もまともに使えないし……」


「ま、まあまあ。クレールさんにとっては、この国の言葉こそ外国語なわけですし。クレールさんだってきっと、母国語であれば……ねえ?」


 シュンとしょげかえったクレールをなおも責めるルフィナ先生に、思わず私がフォローに入ってしまった。

 しかしルフィナ先生は、厳しい表情で首を横に振る。


「いいえ残念ながら、この子は帝国の標準語ですらどうにも庶民言葉というか、下町なまりがあります。授業の度に指摘しましたがとうとう全部は直りませんでしたし、帝国であっても地方の言葉まではわからないようです。とにかく、皇女としては全く足りておりません」


「はい……、あたしはばかです……」


 クレールによる悲しい合いの手が、またも入ってしまった。


 クレールの母はこの国の出身だが、クレール自身は生まれも育ちも帝国で、三年前にこの国にやって来た。

 そんな彼女がこの国の言語で敬語を上手く操れずとも、仕方ない部分はあると思うのだが。

 むしろ、これだけこの国の言葉を喋れているだけでも十分偉い方では。

 確かに皇女としてはと言われればルフィナ先生のおっしゃるとおりではあるけれど、やはりここまで言ってはかわいそうなのでは……。とそこまで考えて。

 ああ、私たちに同情させるために、あえてこの場でクレールを厳しく叱ったのかと気づく。


「姉君としては、厳しい評価になってしまうのでしょうね。けれど仮にそうだとしたって、大部分は周囲の大人の責任によるものでしょう。これまでクレールさんの周囲には、無責任に甘やかし増長させ、その増長を利用しようとする者たちが多かったのではありませんこと?」


「……まあ、それも一因だろうとは、思いますが」


 私に尋ねられたルフィナ先生は、不承不承と言った様子で頷いた。


 そう、子どもを利用しようとした大人が悪いのだ。

 なんなら、扱いやすいようにと、クレールに深く考えさせないように多くを教えないようにしていた可能性すらある。


 それと、愛情を求めもがいていたのだろう彼女にきちんと親愛を注いでやる人間が足りなかったのも、良くなかったと思う。

 母君を喪い父親はアレで、養子に入った家は最初からクレールを利用するつもりであった。どれほど愛に飢えさせられたことだろう。

 なのに、幼気な少女に寄って集ったのは下心丸出しの馬鹿ばかり。恋は盲目とも言う。

 馬鹿どもが捧げたのは、クレールを心から想いその将来まで考え、厳しい事も言ってやるような愛ではなかったと見える。

 しかし、ここまで指摘しまうのは、さすがに無礼だろう。

 馬鹿どもは我が国の人間であるので、国の恥をさらすことにもなりかねないし。


 なのでそこには触れずに、私は語る。


「クレールさんは、そこから脱する道をようやく得たところだと、私は考えますわ。愛を持って『愚か』だと言ってやり、厳しくも温かく彼女を育て直してくれる方の下でなら、きっと正しく成長していけることでしょう」


 ルフィナ先生は愚妹愚妹と言っているが、愚妹とはなんてあたたかな呼称かと思う。

 愚かな部分すらも妹の特徴として認め、それを矯正しようとしている姿勢を幾度も見せてもらった。

 国外退去ともなればルフィナ先生は当然王立学園の講師の職を失うのに、弟妹に恨み言の一つも言っていない。

 皇女として育った身で、クレールのために頭まで下げた。

 なんて愛情深い方か。この方の下であれば、きっと。


「ダルデンヌ伯爵家とクレール嬢の養子縁組については、その申請に虚偽の記載があったこと、また養育状況の不備により、無効とされるだろう。……ついては、クレール嬢の新たな保護者となる人物が、必要かと思うのだが」


 私と同じ思いを抱いたらしい我が父が、わざとらしくそう呟いた。

 すぐに察してくれたらしいルフィナ先生は、ポンと手を打つ。


「それなら……、愚妹クレール、あなた、私の養子になったらどう? 私ならあなたくらいの年の子がいても良いし、血の繋がりもある。あの父に子として認めろと談判するよりは、迅速かつ確実にあなたの身分を確保できると思うわ。私が使っていた部屋で良ければ、『パパ様のお城』にだって住めるわよ」


「パパ様のお城は、もう、いいかな……? なんか、そんなステキじゃないみたいだし……。ていうか、ルフィナ……様は、まだ独身でしょ。こんなでっかいコブ付きになっちゃったら、なんかよくないんじゃないの……?」


「元々結婚する気はないから問題ないわ。むしろ、年々ゾッとするほど条件が悪くなっていく婚姻話が途絶えれば、嬉しいだけよ。……そうだ! 見合いにあなたを同伴すれば、前向きな人には『娘狙いだろう』と言ってやれて、それ以外には『娘を大切にしてくれない人とは……』と言ってやれるじゃない! 良いわ。すごく良い。あなた私の子になりなさい。決定よ」


 ひたすらに戸惑っている様子のクレールを置き去りにして、ルフィナ先生は速やかにそんな結論を出した。

 まだ首を傾げながらも、徐々にクレールの顔は、嬉し気な照れ笑いの顔になっていく。


「え、ええ……? そ、それなら、よろしく? で、良いのかな? ルフィナ……ママ様……?」


「ママは……、なんかちょっと嫌ね。それはあなたの本当のママだけにとっておくと良いわ。ルフィナお母様とお呼びなさい」


「えへ、えへへ……。わかったよ、ルフィナお母様! 老後のお世話はあたしにまかせて!」


 とうとう弾ける笑顔になったクレールは、誇らしげに胸を張った。


「それをあなたにさせる気はないけど、私が死んだら一応はある財産を継いでもらって、身の回りの品の処分なんかをお願いしたいところね。老後の世話も、人の手配はしてもらうかも。それらを安心して任せられる程度には、きちんとあなたを育てなくては。……厳しくするわよ?」


「うん。あたしばかだから、もうビシッとおねがい」


 キャッキャと笑いあうルフィナ先生とクレールを、パーヴェル皇子がどこか複雑そうな表情で見つめている。


「えらく大きな姪ができたものだが……。となると、今後は【おじさま】と呼ばれてしまうのだろうか……。どうにか【兄様】のままでいられないものか……」


 パーヴェル皇子の大きすぎる独り言はすごくどうでもいい内容だったので、クレール含めみんなにスルーされていた。私も無視した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ