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———それでは、自己紹介をお願いします
———歌乃響、好きな事は歌うことです
———清宮美月、私もヒビキちゃんと同じで歌う事が好きです
———社柑奈、えー………自分を変えたくてここに来ました
———%&◎×!?…%ー<
———皆野莉衣奈、見てくれる人たちの心に残るようなアイドルになりたいです
「…………」
莉衣奈が目覚めると狐の顔が覗き込んできていた
「どうしたの?」と尋ねるとイズナは遠慮がちに
「リーナちゃんが泣いていたから」
「………え」
言われて目元を触ると、確かに涙が流れていた
ぼんやりとだけど、先程の夢のせいかもしれないとつぶやく
「1期生が初めて顔合わせしたときなんだけど、5人居たはずなのに、1人だけ思い出せないの」
「リーナちゃん、ヒビキ先輩、美月先輩、カンナちゃん…………ん?」
「私もそのコの事が思い出せないの」
イズナも頭を抱える、彼女も思い出せない様子だった
2期生であるイズナも、1期生の次には付き合いが長い
それについこの間クリスマスライブもしたし、一緒に食事もした
忘れるはずがない
「だぁーすまねぇー!! 先輩なのに思いだせないよー」
「二人とも覚えてないってのも怖いけど、ごめん、私から話しておいてだけど、ここからの脱出を考えよう」
モヤモヤした気持ち悪さはあるけれど、現状を整理することにした
「この家の全部の窓から確認したけど、囲まれているね」
「この剣はリーナちゃんが使うとして、狐の自分に何ができるかな」
イズナは壁にかけられている剣に視線を向けた
小さい身体で大型犬のようなサイズの獣に挑むのは無謀に思える
剣術の基本すら知らない莉衣奈が剣を使ったところで、闇雲に振り回すことしか出来ないだろう
取れる方法はひとつだった
「昨日数時間歩き続けて思ったんだ、普段よりも体力がついてるんじゃないかって」
「特に休憩とか挟まなかったもんね、自分も抱えていたってのに」
「ダンスレッスンとかジムとかで体力には自信はある方なんだけどね」
莉衣奈は床に置かれた漬物石だと思われる石を片手で抱きかかえた
ズシリとした感覚はあるが、剣と同様に片手で問題なさそう
そして頭にはイズナがしがみ付く
家の扉を開け放ち、一斉に獣たちが注目してくる
正面に漬物石を投げつけ、獣たちがそれを避けてできたスペースに全速力で駆け出す
正面突破だ
二人はそのまま村を出て森の中へと入っていった
どこをどう通ったか分からないが、走り続けた
山道を駆け上がって辿り着いたのは
少し開けた広場で、大きな岩もあった
崖があって下を覗くと、流れの速い川
莉衣奈が川を挟んだ向かい側に視線を向けると
「………………」
「………ぁ、———美月ちゃん!!!」
叫んだ時には姿が消えていた
10メートル以上の距離
目測で測った事はないが
確かに清宮美月だった
「リーナちゃん下!」
「ぁッッ」
思わず踏み出した右足は崖スレスレの位置で
体重をかければ踏み外しそうだった
勢いよくバックしたものだから尻餅をついた
「っぶなかった〜」
「リーナちゃん、後ろ、マズイ」
「え?」
振り返った先には、先ほどの獣よりも
更に大きなケモノがそこにいた
ヒトを2、3人乗せて走れそうな背中
黒い毛に赤い目、鋭い牙
「親玉、かな」
「こんだけデカいならボス、なんじゃないかね」
二人とも引き攣った顔しか出来ない
立ち上がり剣を構えてみる
後ろは崖で落ちれば川
高さ何メートルなんだろう
普通ならただじゃすまないだろうなと
莉衣奈は思った
先に動いたのはケモノの方で
恐怖で怯みそうになった
莉衣奈は上段から剣を振り下ろすが
軽く避けられ
次第にケモノの動きが速くなり
目で追えなくなって来ていた
「リーナちゃん後ろ!!」
「———っっつ」
イズナの掛け声で振り返りザマに薙ぎ払う
しかしコレも避けられ左腕を爪で引き裂かれた
今までに体験した事のない痛みが襲う
「早すぎるよもう!」
どくどくと血が流れ
泣きそうなのを堪えながら
莉衣奈はケモノを睨みつける
初めてバッティングセンターに行った時を思い出した
120キロで空振りしまくった記憶
(一緒に行った、同期のヒビキちゃんとイズナちゃんは快音響かせてたっけな、二人はもっと速いやつだっけ)
次第にボスの周囲に、先ほどの獣たちが数頭集まって来ていた
剣術初心者じゃここが限界か
「………イズナ、ちゃん」
「リーナ、ちゃん?」
剣を背中の鞘に戻して
左腕でイズナを抱き抱える
そのまま後退していって
崖から飛び降りた