我儘なんて言えない
目を覚ましてから1時間後、彼が息を切らしながら病室に入って来た。
「渚さん、大丈夫ですか?」
「今は薬が効いているから大丈夫です」
何とか彼を安心させようと笑顔を取り繕う。しかし、彼の顔は暗くなるばかりだった。
「もうすぐ………………なのですか?」
彼は言葉を濁して弱々しく尋ねてきた。私は声を出すことが出来ず、ただ首を縦に振るだけ。2人の間にどんよりとした空気が漂ってしまう。
「でも、まだ数週間は大丈夫だと医師が言っていましたから……」
こんな大嘘を吐いてしまい罪悪感はあるものの、彼を不安にさせたくないという気持ち、今すぐ亡くなるかもしれないという恐怖に向き合いたくないという気持ちが大きかった。
「なら、毎日出来る限り会いに来ますね。本当は試験放り投げたいのですがダメですよね」
「ダメですよ。私のせいで康太さんを留年させたくないので。それにいつも勉強にも頑張っている貴方にはこの努力を発揮して欲しいです」
彼とは同じ大学の同じ学部であるため、彼が大学に進学してからも勉強も教えていた。この大学は私立の超名門校で、学力も高いので少しでも気を抜くと置いていかれてあっと言う間に留年する。正直元々勉強が出来る私でも、勉強に付いていくのは大変だった。多くの勉強をして前期は見事何1つ単位を落とすことなく、優秀な成績を修めたのだ。彼も私と同様に元々勉強は出来るものの、やはり油断は出来なかったようで、念入りに勉強をしていた。その努力を間近で見てきたため、その努力を発揮して欲しいと心の底から思った。勿論本来なら出来るだけ長く傍にいて欲しいが、そんな我儘なんて言えない。私の僅かに残された時間よりも、彼の長い将来のための時間の方が大切だ。
彼は私の返答に少し不服そうだったけど、受け入れてくれた。私はその気持ちだけで嬉しかった。




