立春と言えば––
あれから彼に余命のことを告げないまま、私は彼と付き合い続けていた。
勿論彼と一緒にいるのは楽しいし、何より心地良い。ついその居心地の良さに甘えてしまっていた。しかし、あの日から前よりも楽しむことが出来ず、余命のことを早く告げなきゃと常に思っていた。
「あ、そう言えば今日は節分ですね。恵方巻きとか売られていますが美味しそうです」
節分という言葉を聞いてつい戦慄してしまう。節分とは季節を分けるという意味。そう冬と春という季節を分けるという意味だ。今の暦だとまだ冬で、実際にまだ肌寒く感じる季節。しかし、昔の暦だともう春であり、立春と言われる。もう少しで春が来る。それは彼と付き合い始めてもう少しで2季が経つことを示していた。本来なら数ヶ月の予定だったし、そんな長い間秘密を隠して彼と付き合い続けていることにどうしようもない罪悪感を感じてしまう。本当のことを告げるなら今だと勇気を絞って言おうとした時、彼からこんな質問をされてしまった。
「渚さんは、豆まきとかしたことあります? 僕は親が駄目だと言ってさせてくれたことがないんですよ」
こんな状況で真面目な話を出来るわけもなく、私は彼の質問に答えることにする。
「私のところでは毎年豆撒きはしていましたよ。と、言っても本当に豆をばら撒くだけでしたけど」
「良いですね。楽しそうです」
これは単純に、『鬼は外、福は内』と豆を蒔いて、自分の病気が治るようにただ願掛けしていただけだ。正直豆撒きを楽しいと思ったことは1度もない。恵方巻きもただ願掛けでその方位に向いて食べていただけだった。
他の行事も似たような感じで、ひな祭りはしっかりと最後まで成長出来るように願うだけ。七夕は短冊に健康になれますようにと書いて願い、素麺を食べるだけ。クリスマスのプレゼントは幼い時は健康になりたいと言って親を毎回困らせていていた。
医師でも薬でも治らないと言われて、藁にもすがる思いで願掛けをしていた。結局どれも今のところは全く効果なかったみたいだが。
そんなことを思うと気持ちが沈み、尚更彼に余命のことを言うことなんて出来なかった。
時間だけが刻一刻と過ぎていく――。