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2ー2 ラングイット1

お読み下さりありがとうございます





 王立学園に通っていた俺は特別科にて領地経営などを学んでいた。というのも、俺は公爵令息といっても二男だからだ。


 学園卒業後は、公爵家の分家が断絶した後の余っている伯爵位を継ぐことになっていた。

 伯爵位を継いでから2年間は公爵家から伯爵家へと通いにすることにした。老朽化した伯爵家を建て直すためだ。


 学園を卒業し、季節が二度ほど変わろうかという頃に隣国との戦争が勝利で終戦したと、父から伝えられた。


 功績を讃えた武勲祭では父の名も挙がるということで、兄と俺の分も武勲祭への招待状が届いたのだ。


 当日は、友人らと学園時代の話しに花が咲いた。  久々に会う友人らと盛り上がっていると、表彰の場にて我が家の家名が挙げられた。


 大喝采の中、この国オリディエン国の国王陛下が手を挙げると歓声は一瞬で落ち着き静かになる。


「ユリシーズ公爵家令息ラングイットとシベルク伯爵令嬢フェルーナの結婚を王命とする」


·····我が家の家名の後に

  俺の名を告げたような気がしたが?


「···う、嘘だろう?ラングイット、お前がフェルーナ様と?王命だって?俺はこのあと彼女に婚約を申し込む予定だったのに!」 


「まじかよ!みんな彼女を狙ってたんだぞ!」


「お、俺もだ!シベルク伯が戦争から戻ってくるまでフェルーナ様は婚約者を持たないということだったので、やっと昨日先触れを出したばかりだったんだ」


 次々に友人らから野次を飛ばされたことにより、国王陛下が口にした名は、やはり自分の名だったと確信した。ドクドクと胸が高鳴るのは、突然のことにビックリしたためだろう。


·····おいおい、待ってくれ

  急に自分の伴侶を決められるなんて



 思いもよらぬ出来事に、ただただ呆然としてしまう。


 シベルク伯爵家は、うちの公爵家とは敵対している家門だぞ?あり得ないだろう?国王陛下は何を考えているんだ?それに、シベルク伯爵令嬢は学園でも次から次へと男を侍らかしていた。そんな彼女と結婚しなきゃならないなんて···女性の扱いが皆無な俺には無理に決まってるだろう?

 友人らの言葉に現実味が増してきて、更に胸の鼓動が強くなる。


「絶対に無理だ·····」


 ポロリと口に出てしまった言葉に、友人達は平静を失ったような表情を俺に向け嘆息を漏らした。


「·····ラングイット。お前がそんなふうに口にするとは思わなかったよ。王命だから身を引くが、嫌なら直ぐ様離婚してくれ。俺が彼女を貰い受ける」


「そうしろよ。フェルーナ嬢の行いがどれだけ素晴らしいか知らないのか?彼女を否定するような奴には、サッサと去って欲しいね」


「あぁ、俺も同感だ。離婚が認証されたら、すぐに連絡くれよ。1番先に婚姻を申し込みたいしな」


···はぁ?何言ってんだ?



 彼らは冷ややかな態度で「離婚したら連絡くれ」などというと、その場から次々と離れて行った。


 未だ続く武勲祭での歓声の中、憂うつな気分で先に一人で馬車に乗り込むと学園時代を回想した。


 シベルク伯爵令嬢···彼女は艶のある紅茶色の長い髪を三つ編みで束ね、蜂蜜色した瞳が印象的な美しい容姿端麗な女性だった。


 とても美しい容姿は、学園中の誰もを惹きつけた。


 彼女は俺と同じ特別科に在学していたが、どういう訳か授業は半分も受けていなかった。専攻科の授業も受けているのだと、誰かがいっていたのを記憶している。


 休憩時間になると、どこかの令息らがいつも彼女の隣にいた。

 休みの日にも、王都で男と一緒にいたのを見かけたと、令嬢らがいっていたのを何度か聞いたことがある。それも、毎回男の名が違うのだ。

 彼女は、毎回違う男に微笑みを向けていたのだ。淑やかな笑顔の下にはどんな素顔が隠されているのかわからない。



···そんな彼女が俺と?



 とてもじゃないが、理解できない。もしかしたら、いい間違え?いや、そんなことはないだろう。


 彼らがシベルク伯爵令嬢に婚約を申し込む算段をしていたことにも驚いた。みんな、そんな素振りをしていなかった。彼らの顔を見る限り、冗談ではないらしい。



「王命の···結婚か···」





 その日の夕食の席では、国王陛下から通知が届いたと執事がいう。父は食事の前に封書を受け取りその場で開封した。

 深く溜息を吐きながら視線が俺に向く。


「3日後、ラングイットを登城させるようにという内容だ。今日の···王命の件だろう」


「···3日後ですか。分かりました」


 顔をしかめて父に返事を返すが、父はこの件に関して何も言う素振りもない。敵対しているシベルク伯爵の令嬢をユリシーズ公爵家に迎え入れるのを拒みもしないのは、俺が伯爵位を継ぐため、関心がないのだろう。



「ラングイットが俺より先に結婚するとは···それも、人気のある魅力的な女性とだ。羨ましいよ」


 カルヴァインはニヤリ顔で俺を馬鹿にしているのだろうか?


「え?ラングイットが結婚?結婚なんて、急にどうして?···私は聞いていないわ」


 驚愕の顔をこちらに向けて声を荒げた女性は、カルヴァインの婚姻相手になる予定のリリアンヌだ。


 リリアンヌは、3年前にユリシーズ公爵家で預かることになった。元ラリエラ男爵の令嬢だ。


 元ラリエラ男爵夫妻は、事故で一人娘を残して他界してしまった。男爵夫人は断絶した伯爵家の令嬢だった。


 私の母と親友だった男爵夫人の娘は、両親を一度に無くし行く宛がないところ、ユリシーズ公爵家、そう我が家に住まうことになった。


 ユリシーズ公爵家にリリアンヌが来てからは、それまで娘がいなかった父と母はとても彼女を可愛がった。


 彼女が淋しくないように、毎朝朝食をすませた後でガゼボで家族仲良くお茶を飲む時間を作った。学園の授業が終わると、リリアンヌの待つ公爵邸に急いで帰り、兄妹3人で茶菓子を食べながら楽しい時間を過ごした。


 そして、フワリとした桃色の髪に藤色の瞳で微笑むリリアンヌは、我が家の宝物になった。




「急だったからな。リリアンヌにはまだ知らせていなかったな」


 俺の代わりに父が今日の出来事をリリアンヌに伝えると、彼女は泣き崩れた。


「そ、そんなの、横暴だわ!愛のない結婚なんてあんまりよ!ラングイットが、ラングイットが可哀想···だ···わ···」


「じゃぁ、リリアンヌがラングイットと結婚するかい?」


 カルヴァインの言葉に俺は怒りを覚えた。


 涙を浮かべたリリアンヌは一瞬言葉を失ったかのようだった。


「ユリシーズ公爵令息とシベルク伯爵令嬢を結婚させるのであれば、ラングイットでなくても···俺なら国王陛下は良しとするだろう?」


 含みのある笑みを浮かべ、カルヴァインが首を傾げた。


「そ、それは無理よ。私は、カルヴァインと結婚するのよ。だから私は、ラングイットとは結婚できないわ」


「なら、仕方がないね。ラングイットがシベルク伯爵令嬢と幸せになる方法を考えてあげようね」


「···そ、そうね。その人と幸せになる方法を考えましょう」


 そういって、彼女は甘い微笑みを俺に向けると、俺は藤色の瞳に囚われた。


「ラングイット!結婚前に、シベルク伯爵令嬢とデートをしたほうがいいと思うよ!」


 カルヴァインの声で、俺はリリアンヌから視線をズラすと手早く食事を済ませその場から立ち去った。


 リリアンヌが自分から離れないのを承知の上で、俺を使って楽しんでいるかのようで悔しかった。



 それから3日後、謁見の時間より大分早く王城へ着く。


 回廊を歩いて行くと渡り廊下に差しかかったところで右に見える庭園のガゼボから楽しそうな声が聞こえてきた。


 紅茶色の髪の女性と金髪の男性が笑い合っている。


···彼女だ。


 隣りにいるのは第二王子のサイラス殿下だった。


 その様子を遠目で見ていると、後ろから声をかけられ振り返る。


「やぁ。ラングイット殿」


 第一王子のアルキス殿下だ。鮮やかな金髪に深いブルーの瞳が俺を覗き込む。値踏みされているかのようだ。一瞬で、全身に冷や汗をかいた。


「君とこのように話すのは初めてだったな。堅苦しいのは苦手でね。砕けた口調でかまわない。君の兄とも、そうしてるんだ」


「はい。兄···ですか?」


 アルキス殿下は穏やかに微笑むと、ガゼボへと視線をズラした。


「カルヴァインは私の友人だ。···ところで、今日は陛下との謁見の日だよね」


「はい」


「フェルーナとの結婚を言い渡されたって聞いたよ。フェルーナは、私の妹も同然なんだ。まだ結婚はさせたくなかったよ」


 柔らかな表情でガゼボを見ていたアルキス殿下が俺に視線を戻すと、射抜くような瞳が突き刺さる。


「黒髪に空色の目か···。君、彼女を幸せに出来そうかい?あぁ、無理なら断ってくれてかまわない」


 そういわれた後で、アルキス殿下に連れられて俺はガゼボへ行くはめになった。


 殿下は、フェルーナ・シベルクを妹同然といっていた。彼女は、伯爵令嬢だ。王族とは、公爵や候爵家のような付き合いはないだろう。しかし、王命であるこの結婚を断っても言いという殿下に腹が立った。


···なぜ関係のない殿下に

  そんな言い方をされなきゃならないんだ?

 


 疑問に思いながらアルキス殿下とガゼボへと足を運ぶ。


 ガゼボの中から、こちらに気が付いた二人が立ち上がった。


「楽しいお茶の時間に私達も参加させてくれるかい」


 突然でのこのメンツでの茶会とは、無理があるだろう。


 王子二人と、突然決まった結婚相手の前に俺は平静を保つ自身がない。


 それと、こんなに近くで彼女を見るのは初めてだ。近くで見る彼女は、とても美しかった。


 学園で見る彼女は、いつも髪を三つ編みでひとつに束ねていたが今日は束ねていない。

 ゆるくウエーブがかった胸下まである紅茶色の髪を片方だけ耳にかけ、蜂蜜色の瞳で俺を覗き込む。俺の胸の鼓動が彼女に聞こえないことを祈った。


 薄く施された化粧が相成って、妖艶な雰囲気を漂よわせた彼女が先に口を開く。


「改めまして。フェルーナ・シベルクと申します」


 ふんわりとした笑顔に俺は見惚れた。


「私とサイラスは席を外そう。謁見の時間まで、まだ時間もある。二人で親睦を深めるといい」


 注がれた紅茶を一杯飲み干すと、アルキス殿下はそう言って、彼女の髪を一房手に取るとそこに唇を落とした。その後でサイラス殿下も立ち上がり彼女の頭上に唇を落とす。

 両殿下は俺を牽制するかのようにチラリと見てからガゼボを去っていった。


···おいおい。

  彼女の未来の夫がいる前でわざとかよ



 なぜこんなに親しいのかと疑問に思うと同時に、イライラとした感情が湧いた。


「ラングイット様とお呼びして宜しいでしょうか」


「あぁ。私もフェルーナ様と呼ばさせていただきます」


「あの···結婚するにあたり、お互いのことを知った方がいいと思うのですが。質問など何かございますか?」


「···いや、何もない」


 彼女に名を呼ばれことで俺の心臓が跳ね上がる。初めてする彼女との会話に緊張しているかのように鼓動が波打ち始めた。


「では、私から質問させていただきますわね」


 頬を高揚させて彼女が私に微笑んだ。


 反則だろう。そんな表情を向けるなんて。


「好みの女性の特徴などございますか?」


「···好み?···桃色の髪に藤色の」


 俺は、やらかした。


 突拍子もない質問の内容に、瞬時にして思い出された顔の少女の容姿を口に出し始めてしまい直ぐに口を噤んだ。しかし、もう遅い。



 彼女は俯いたまま言葉を返した。


「···ラングイット様。浅はかな質問をしてしまい申し訳ありませんでした。ですが、先に聞いてよかったです。そういった方がいらしたのですね。妻となる私は応援は出来ません。しかし、心は自由ですから――」


 今にも泣きそうな声だった。

 しかし、言葉が気に入らない。


 聞いてよかったとか心は自由だとか、俺のことを何とも思っていないのだろう。


「それでも、この結婚を受け入れるのであれば、私のことも受け入れて下さい。私は夫になる方とは微笑み合えるようなそんな夫婦になりたいのです」


 王命だから仕方がないから結婚するといわれたようだ。俺だって王命だから―――。

 なぜかイライラが増してくる。


 顔を上げ無理矢理作った笑顔を向けてきたが、俺は彼女のその笑顔を不快に感じ目をそらした。そして、この後は無言の茶会となった。



 時間が近づき、二人で謁見の間まで移動し始めた。すると、場所の移動を宰相に告げられる。


 宰相自ら案内された場所は、客人用の応接間だった。


 席に促され淹れたての紅茶を口に含んだところで両陛下がお越しになった。


「貴殿が、ユリシーズ公爵令息の次男であるラングイット·ユリシーズだな」


「はい。本日、登城の命を受けましたラングイット·ユリシーズと申します」


 国王陛下の前に、アルキス殿下など比にならない視線の強さに恐怖を覚えた。体は硬直し、体から血の気が引いていくのが分かる。



「して、フェルーナよ。この結婚を王命としたことに異議はあるかな?」


「ありません」


「そうか。ラングイット·ユリシーズはどうだ?不服があれば聞こう」


「ありません」


 国王陛下は、金色に白髪交じりの髭を撫でると、王妃様をチラリと横目で見た。


 それを合図に王妃様が口を開く。


「ラングイット・ユリシーズ様、フェルーナ・シベルクを宜しくお願い致します。フェルーナ、幸せになることを祈っています」


 俺は信じられない光景に驚愕した。王妃様が俺に頭を下げられたのだ。


 その後で、次々と告げられる言葉には、更に驚きを隠せなかった。その内容は――。


 結婚式は3ヶ月後。


 結婚式と披露宴の資金は全額王家が支払う。


「ふむ。先ず、貴殿らがしなくてはならぬことは、結婚する旨を貴族らに通達することだ。両家には伝えてある。披露宴に関しての通達はこちらで行うから心配せんでいい。衣装を作るのに、明日にでも両家へ採寸を測らせに人を送ろう」



 王命とされた二人の結婚の意図を聞くことも出来ず、謁見は終了した。



 応接間を出ると、俺は肩を落とした。


「フェルーナ様。私は次男のため公爵位を継ぐことはない」


 彼女がどのようにこの結婚を考えているのかは分からないが、公爵位を継がないことを伝えておけば俺からは情報を得ることが出来ないと分かるだろう。


 彼女は俺が慕っている人がいると勘違いしたようだが、それでも結婚を受け入れた。


 仮面夫婦か?···これから先、彼女が俺以外の男に懸想することになったとしたら?彼女は、他の男に気があるのだろうか?心は自由ですからと言ったのは、俺にではなくて、彼女自身のことなのか?


 はぁー。全く女性の気持ちが分からない。


 どうして俺は『桃色の髪に藤色の』などといったのだろう。自分でも理解しがたいことだった。

 しかし、口に出してしまった以上彼女に取り消してくれと懇願したところで、一度耳にした言葉を忘れることはないだろう。




誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

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