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1ー6 花束

お読み下さりありがとうございます




 王妃様はお茶を一口飲んだ後でカップをソーサーの上に戻すと、頬から力が消えたように重い口を開いた。


 始まりはリリアンヌのご両親、元ラリエラ男爵夫妻の葬儀の話だった。


 元ラリエラ男爵夫妻は、事故で一人娘を残して他界したらしい。

 葬儀に参列したユリシーズ公爵夫妻。両親を亡くしたリリアンヌの容姿を見て公爵様は驚愕した。


 王家と公爵当主、大神官だけに伝えられている聖女の姿をした少女。リリアンヌは桃色の髪に藤色の瞳で、正に伝えられてきた容姿そのものだった。


 ユリシーズ公爵は、葬儀後すぐに登城し両陛下へと報告した。

 国王陛下は、異例の事態に大神官を呼び寄せ、リリアンヌの魔法属性を調べることにした。


 そして、大神官から告げられたリリアンヌの属性は『聖』と『悪』だった。


 『聖』と『悪』の属性はアンチ魔法の属性同士、この先どちらかの属性が消滅する。


 『聖』の魔法の魅了は、神殿などで民の信仰心などを得て、聖女の慈愛を高めると治癒魔法を使えるまでになる魔法だ。


 反対に『悪』の魅了は、己の欲のための魔法で、国を揺るがす脅威となる破壊魔法へと成長する。


 そして、まだ魔力が少なかった彼女は、これからの成長で属性が決まることになる。


 更に、両親を一度に亡くしたためか彼女の魔力は体内で安定できずに漏れていたという。


 以上のことから大神官は、リリアンヌに最善の生活環境が必要だと国に求めたのだ。


 両陛下はユリシーズ公爵にリリアンヌの保護と監視を言い渡した。王家の次に強大な魔力保持者の家系、公爵家ならばリリアンヌの漏れ出ている魔力に影響されることはない。それと、リリアンヌの母親の友人であった公爵夫人が母親の代わりとなるなら、慈愛の心も成長するだろうと思ってのことであった。


 このときは、ユリシーズ公爵家でもリリアンヌの保護は喜ばしいことになった。


 次期聖女が、次期ユリシーズ公爵夫人となれば家門は繁栄するからだ。そのため、リリアンヌを保護するかわりに学園卒業後に長男のカルヴァインとの婚約の了承を国王陛下に申し出たという。


 そうしてリリアンヌはユリシーズ公爵邸に住まうことになったのだ。


 しかし、目論見は外れてしまった。


 ユリシーズ公爵家で保護したリリアンヌは、2つの顔を持っていたのだ。


 公爵邸では天使のような少女だった。


 学園に入学してからのリリアンヌは、公爵邸以外の場では娼婦のような言動が見られるようになったのだ。


 王家から公爵邸へ派遣した侍女2人と、護衛騎士ら3人からの毎回の報告は酷い内容だった。


 毎回の報告内容にユリシーズ公爵夫妻も頭を抱えていたが、それ以上にショッキングな事態が起こった。


 そう、ラングイットが魅了に掛かるようになってしまったのだ。


 リリアンヌの公爵家の外での言動に『悪』の属性に磨きがかかって魔力も増えていたのだ。


 成長がとても緩やかな『闇』属性のラングイットは、リリアンヌから漏れ出ている魅了の魔力に抗う力が押され始めた。


 公爵夫人は両陛下、大神官を交え話し合った結果、ラングイットをリリアンヌから引き離す手段として別邸に住まわせ始めた。


 しかし、リリアンヌの魔力成長速度の速さには、それだけでは間に合わなかった。


 どうしたものかと考えていたところに終戦の知らせが届いた。


 出征先から戻ってきたシベルク伯爵。国王陛下が褒美は何が望みかを聞くと、今は思い浮かばないので後日にと言葉を濁す。

 シベルク伯爵が出征中の間のフェルーナの様子を王妃様が話していると、伯爵はさっさと伯爵邸に帰って娘の婚約者をあてがってやらねばと談笑していた。


 シベルク伯爵にフェルーナの婚約者を国王陛下があてがうと話すが、伯爵は首を横に振ったが、すぐに何人かの候補を見繕うのでそこから選ぶようにと王妃様が話せば、渋々承諾したのだとか。


 その後すぐに両陛下は、ユリシーズ公爵夫妻と話をしたらしい。

 この国の聖女となるはずだと信じて疑わなかった王と公爵家は、この国を滅ぼす聖女となるリリアンヌに対抗できる光と闇を必要としたのだ。


「王家と大神官だけが知りうる話をするがゆえ、公爵夫妻が今から聞くことは一切口に出すことを禁ずる」


 それを皮切りに公爵夫妻が知り得た内容が、フェルーナの魔法属性だった。


 夫妻はシベルク伯爵に何度も懇願した。


 助けてほしいだけではなく、必ず幸せにすると。

 そして、国の未来の為に光と闇の融合を願った。


 シベルク伯爵は苦悶した。しかし、何度も頭を下げる公爵夫妻の親心が、自分と同じ子を思う心に共感したのだろう。今、この世に光属性を持つ人間は自身の娘しかいないかったのだ。必ず幸せにさせることを条件に最後には了承したのだ。


 そうして王命として言い渡したのは、フェルーナのこれからの人生を国が守ると約束したという証にしたかったからだ。


「私からの話は以上です。聡い貴女のことですから、早いうちに気がつくとは思っていましたが、まさか式を挙げてすぐだとは···。でも、間違えないでほしいの。私たちは、貴女の幸せを考えた結果の王命結婚を言い渡しました」


 王妃陛下は、終始毅然とした態度で話を終えた。


「フェルーナの今の思いを聞かせてくれるかしら?」


 次の言葉を発したときには既に表情が揺らいでいて、王妃様の複雑な思いが王妃という仮面を剥がしたのだろう。私を見つめる瞳に不安の色が見え隠れしていた。




「今の王妃陛下からの内容と、昨夜の公爵邸でのことからの今の思いになりますが――」


 今の自分の気持ちは、結婚前から変わっていないと告げた。


「私は、政略結婚であっても一生寄り添って幸せに生きられる相手との婚姻を願っていました。私が譲歩すれば、それを少しでも返してくれることで先の未来を思い描くことも出来ましょう。しかし、この結婚では私が100歩譲ったところで、それは叶わないのです。 お互いが譲歩する位置にまで達することができそうにありません」


「···フェルーナ」


「両陛下のご恩に報いるためにも、ラングイット様の魅了が取り除かれ約3ヶ月後に伯爵邸に移住するまでの間はこのまま公爵邸で生活しようと考えております」


「その後も、既に考えているのですね」


「はい。まだ、昨日今日の考えなので浅はかで申し訳ありませんが、ラングイット様が伯爵邸へ移住する際に···私は平民になろうと考えています。商会も他国へ進出しようと思っていたので丁度いいかと。先ずは、生活していく中で考えを明白にしてからまた王妃様にお話致しますわ」


「フェルーナ。平民になるだなんて···。私は貴方にこの国で幸せになってほしいのです」


「幸せにですか?この状況では、無理ですわ。私がラングイット様と離縁すれば王命で結婚した以上、この国の貴族としての生活は無理ですもの。自分の幸せは誰が育んでいくのですか?···そう、自分ですわ。フフッ、ご心配なさらないで下さい。自分のことは自分でどうにでもできますわ。それとは別に、私の魔法属性が必要なときはすぐに駆けつけますわ。この国を守りたいと思う気持ちは王妃様と同じですから――」




 王城から商会へと戻ってくる途中、馬車の中でのソフィアの様子がおかしいことにきがついた。


 多分、王妃様との話の内容が原因だと私でもわかる。


「ソフィア。商会に戻る前に休憩して行きましょうか」


 王都にある公園で馬車を停めてもらい、二人で散歩をすることにした。

 公園に入ると、昼食代わりにホットドックと山葡萄の果実水を買い、ベンチに並んで座ると私はそれにかぶりついた。


「ソフィアも食べて!」


「フェルーナ様ったら、お口の周りがケチャップだらけですよ」


「食べ終わったら拭くわよ」


 2個づつ買ったホットドックをペロリと完食すると、私はソフィアに謝った。


「ソフィア。王城でのことで気が伏せっているの?私のせいね···ごめんなさい」


「謝らないで下さい。確かにショックでしたが――」


 私はソフィアの頭をひと撫でしてから言葉を続けた。


「ラングイット様に嫌われていることには、どうしようもないもの。私は、嫌われ続けながら結婚生活ができるほど強くないわ。お互い別の人生を歩んだ方のが幸せになれるはずよ。ラングイット様の幸せと、私の幸せが別の相手だっただけよ。ごめんなさい。私、こう見えてかなり辛いのよ。本音をいうと、両陛下が王命を下す前に、先に内容を示してくださっていたら?とか、何も知らせず勝手に決めた人達が私の幸せを願うなんて口にされると笑っちゃうわ。本当なら、今すぐこの国から、公爵邸から出ていきたい。ラングイット様の前から消えてなくなりたいわ。どうして、私だけが辛いのよ」


「フェルーナ様···泣かないで下さい。違うのです」


「泣いていないわ。ソフィアに愚痴ってしまってごめんなさい。もうこの話は終わりにしましょう」


 ベンチから立つと「フェルーナ様!まだ終わりにしません。聞いて下さい」ソフィアが泣きながら私の腕を引いた。


「私はファンクラブ会員の名にかけて、フェルーナ様の心をお守り致します。ラングイットのこともそうですが、フェルーナ様が誤解している部分もあるのです。少し時間が掛かりますが、必ず私がフェルーナ様が納得してくださる結果にしてみせます」


 そういって、彼女は握りこぶしを胸の前に作ると瞳をキラリとさせてから空を見上げた。


「ソ、ソフィア?」



 一度商会に戻ると、午後からは仕事を休ませてもらい、ソフィアと王都でショッピングを楽しんだ。


 王城で出された菓子を緊張して食べれなかったという彼女と、王都で流行りのスイーツ店へも行く。食べてみたいスイーツが多すぎて何種類か注文すると、1つを二人で分けながらたくさん食べることができた。


 楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまった。帰り道、辻馬車に乗りながら公爵邸へ向かいだすと、昨日の怪我をした女の子が花束の入った籠を片手に路肩に立っているのが見えた。


 馬車を停めてもらい「ララ!」女の子に声を掛けると満面の笑顔で私の名を読んだ。


「あっ!フェルーナお姉ちゃん」


 馬車から降りて、ララの足を確認する。


「ララ、大丈夫なの?まだ痛いでしょう?」


「全然痛くなくなったよ。フェルーナお姉ちゃんに会えたら渡そうと思った花があるの。はい!これよ。売り物じゃないからね」


 渡されたのは赤いジニアの花束だった。種から育てた自慢の花だとララは愛らしく微笑んだ。


「まぁ!ララありがとう。嬉しいわ」


「うん。お母さんが、この花だっていったの。花言葉はね、難しいのだけど幸福っていうんだって!お姉ちゃんに会えたことが幸せだってお母さんにいったら、ピッタリの花が咲いているって!」


 仔犬のように瞳を丸くさせて、私の姿を見ただけで喜んでくれたララの気持ちがとても嬉しかった。


 そして、売り物の花束をひとつ買うと、馬車の中から微笑んでこちらを見ていたソフィアへと渡した。


「今日は、ソフィアが一緒にいてくれて嬉しかったわ。ありがとう」


「わぁ。ありがとうございます。孤児院の子供たちからいただいた花と合わせると、すごく豪華です」


 私が彼女へと選んだ花は、小さな小花がたくさんついたカスミ草の花束だった。





 午後からソフィアと王都でショッピングを楽しんだ帰り、ララから渡された花束に胸を弾ませ邸に戻ってきた。


 部屋に着くと私はすぐに部屋着に着替え夕食の席につく。


 すぐに、ラングイットも入室してくると目の前の席に着席した。


 視線を合わせず食事を始めると、私は素早く食事を終わらせた。終始無言での食事に使用人らは複雑な表情を浮かべている。


「ご馳走さま。とても美味しかったわ」


 カトラリーを置くと気不味い空気の中、私は使用人らににこやかに微笑んだ。


「話がある。夜に貴女の部屋へ行く」


 突然のラングイットの発言に驚き、瞬きも忘れて彼をじっと見る。


 それをどう思ったのか、眉間にしわを寄せながらじっと見つめ返された。 


「···はい」


 私は彼の言葉に遅ればせながら静かに返事を返し、その場を後にした。


 私室に戻ってくるとサッと私は入浴を済ませた後、寝間着に着替えソファーにドサリと座った。


 明日の仕事の書類に目を通し始めると、侍女のマリアナがワゴンの上に用意された湯気の上がるポットからお湯を注いで茶葉を蒸らし始めた。


 それをカップに注ぐと、次にルイザがそれをテーブルの上に置いた。


 その後で今日はもう下がるように話すと彼女らは退室した。


 お茶を半分くらい飲み終えたころに主寝室の扉がガチャリと開かれてラングイットが入室してきた。


 彼はテーブルを挟んだ反対側のソファーへと座ったところで私は話が直ぐに終わらないことを察知し、彼の分のお茶を淹れることにした。


 茶葉を蒸らしはじめたところで中々口を開かない彼に私から声をかけた。


「お話とは何でしょうか」


「貴女もお茶を淹れられるのか?」


「一介の令嬢如き、当然ではありませんか」


「そうなのか」


 淹れたてのお茶を差し出すと彼はそれを口に含んだ。


「美味いな。しかし、変わった味のするお茶だな」


「薬草を使ったお茶です。心の不安を取り除く効果と安眠作用がある薬草なのです」



 ソファーに置いた書類をまとめ鞄にしまうと私も対面に座り直し彼の言葉を待った。


「話というのは、身体の具合を聞きたかったのだが。昨夜倒れたのにも関わらず、今朝も早くからソフィアと外出したと聞いた」


「早朝から外出できるくらい元気なので、心配なさらなくて結構です。昨夜は、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。同時に、朝からソフィアを遊びに連れ出したことも申し訳ありませんでした」


「謝らせるために言ったのではないのだが」


「他にも何かございますか?」


「あぁ。昨夜貴女が話していたことだが、結婚式の扉前での――」


「ラングイット様。忘れて下さい。申し訳けございませんでした。昨夜は取り乱してしまいました。私は、また今日から新しい一歩を踏み出しました。なので昨夜のことは忘れて下さいますか」


「そうか。貴女がそういうなら。しかし――」


「では、私は明日も早いので、この続きのお話は後日ということに」


「···それと、披露宴のあと貴女が寝てしまっていて――」


「···あっ···そのことについては、今お話した方がいいですね。お気になさらないで下さい。大丈夫ですので。これからも、わざわざお越しくださらなくていいですわ。侍女らにも伝えておきますので」


「な、何を?伝えるとは?」


「え?私達の白い結婚ですわ。ラングイット様のお心にいらっしゃる方にもお伝え下さい。以前ラングイット様に言われたことも忘れていて···申し訳ありませんでした」


「はぁ?俺が?何か言ったか?」


「えぇ『私は次男のため公爵位を継ぐことはない』と。子供も作らくていいということですもの。必然的に白い結婚のことだったのですね。それと、外出して戻りの時間も不規則ですので、夕食も別にしていただいても大丈夫です。私のことは、この邸に居ないものとして扱い下さい」


 本当は泣きたかったけど、満面の笑みでラングイットにそう返すことで私は虚勢を張った。


 そして、今にも涙が溢れそうな顔を見せたくなくて寝具に潜り込み、もう寝るのでお引き取り下さいと伝えた。



 彼はお茶を飲み干した後、無言で退室していった。




誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

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