1ー4 ソフィア1
お読み下さりありがとうございます
1ー4 この回は侍女のソフィア視点に
なっていますが、主人公の意識が
ない間のお話です。1ー3からの
続きになっています。
フェルーナ様とラングイットが口論になり、彼女は苦しそうな表情で思いを吐き出した。
彼女が退出しようと、扉を開けようとしたときにラングイットが腕を掴んだ瞬間、光で目がくらんだ。
「フェルーナ様!」
私の目の前でフェルーナ様の全身が強い光を放つと、そこにいる誰もが近寄れなかった。
私は光の壁のようなものに抗いながらも手を伸ばすが届かない。
フェルーナ様の腕を掴んでいたラングイットは、その光に弾かれたのだろう。
飛んだ体は壁にぶつかると床に転がった。
そんな中、いち早く駆けつけたのが、公爵様とカルヴァイン様だった。親子揃って光に抗うと、公爵様が悲しみの表情を浮かべながらフェルーナ様を抱きかかえた。
公爵様はルイザを呼び、フェルーナ様を抱えたまま「私室へ運ぶ」といって出ていった。
カルヴァイン様は、床で転がったままのラングイットに今の状況を聞こうとするが、ラングイットは今の衝撃で意識がない。
「はぁー。ラングイットはしばらくの間、使い物にならんな」
すると、カルヴァイン様は私に状況の説明を求めてきた。
私は、食事の席での会話を覚えている限り細かく話す。
「そうか。ラングイットは拒絶されたか」
そして、カルヴァイン様はその場にいた使用人らを集め、今起きた出来事に箝口令を敷いた。
しかし、使用人らは箝口令を敷いたことより、フェルーナ様の今後を心配した。
もし、また同じ様な状況になったときの対処法を知りたいとか、気絶する前に使用人らが口を挟む許可がほしいとか。
「·····そうだな。またいつかこの状況が繰り返されるかもしれない。最低限の話だけは聞いておきたいよな」
そうして、カルヴァイン様は重い口を動かした。
使用人らに教えられたのは、フェルーナ様は魔力保持者であること。なのに、伯爵令嬢だったためと色々な事情で国の魔法使いに準じていないこと。今回の出来事は魔力暴走だったこと。この3つだけだった。
しかし、この3つの内容に、みんながカルヴァイン様に頭を下げた。多分、この内容は極秘だったのだろうと皆が気づいたからだ。
以上のことから、私たちが出来ることは公爵様かカルヴァイン様を連れてくることだけだと分かった。
ラングイットは魔力がまだ成長していないから、抗う力がないらしい。
残念なラングイット。あんたは魔力だけじゃなくて、大人としても成長できていないんだけどね。
私は、いまだ呆けているラングイットを横目にすると、深いため息を吐いた。
「ソフィア。一緒に行こう」
カルヴァイン様に呼ばれ、フェルーナ様の私室に向かう途中、彼は振り返らずに背を向けながら私に言った。
「今から話すのは、俺の独り言だ。王から箝口令が敷かれているから俺からは誰にも言ってはいけないことだ。···フェルーナの魔法の属性は『光』だ。ラングイットは『闇』の属性だ」
言うだけいった後で、彼は後ろにいる私を振り返ってニコリと微笑んだ。
「今、何も聞こえなかったよね。ソフィア、フェルーナを頼むよ。あの2人は、幸せになれると思うんだ。しかし、結婚した次の日にラングイットが拒絶されたなんて。ハハッ···笑えるよね」
そこ笑うとこ?今なら聞けそう。
「もしかして、昨夜カルヴァイン様がこちらに訪れた理由も、何かしらあってのことだったのですか?」
「ハハッ。どうだったかな?過去のことは覚えてないな」
返された言葉ではなく、彼の柔らかな表情がその答えを語っていた。
フェルーナ様の私室に入ると、ベッドの上に寝せられた彼女の顔色は蒼白に近い色をしていた。
その隣に座って、彼女の手を握りながら涙ぐむ公爵様。
『すまなかった』
公爵様は、フェルーナ様の手を握っていない方の手で彼女の顔にかかった紅茶色の髪を払うと、とても小さな声で彼女に謝っていた。
「父上、ここからは俺が代わります」
公爵様の肩に手を置くと、彼は席を譲り受けてフェルーナ様の手を握った。
「まさか、昨日の今日でこんなことになるとは―。ソフィア、邸から妻を連れてきてくれ」
公爵様がため息を吐くと公爵夫人を連れてくるように言い、私は本邸へと急いだ。
「奥様。旦那様が――」
「分かりました。すぐ行きます」
公爵夫人も、事が重大だと察した様子で私の言葉を最後まで聞かずに一緒に別邸へと来てくれた。
「あぁ。フェルーナ。こんなことになるなんて···。カルヴァイン、どきなさい。私の魔力を最低限まで注ぎます。後のことは任せましたよ」
奥様が手を握りしばらくするとフェルーナ様の顔に赤みが戻ってきた。
奥様が「そろそろね」といった後で、赤らんだ顔の瞼がピクピクと動く。ゆっくり瞼が開かれると中から蜂蜜色の瞳を奥様が捉えた。
左右に体が揺れ始めた奥様を公爵様が抱きかかえると「話は、また後日に」といい、二人は部屋を後にした。
しばらくすると、彼女は虚ろだった瞳に光が戻るかのように瞼をパチパチと上下に動かした。
「ソフィア?ルイザ?···どうしたの?」
大きく目を見開きフェルーナ様がこちらを覗き込んでいる。そして私とルイザの名を呼び、何もなかったかのような表情で私たちに微笑んだ。
「ご、ごめんなさい。私たち、ラングイット様とフェルーナ様が対峙していたときにも何も出来なくて···倒れた後も何もできませんでした」
何かしたくても何も出来なかった。悔しい。力になれなかったことが悔しい。
「目の前に貴女達がいてくれることが、私には一番嬉しいことだと、どう伝えたら伝わるかしら?」
柔らかく微笑むフェルーナ様から発っせられた言葉は、温かな風が私を包み込み心を優しく撫でられたような気持ちになった。
その後で、カルヴァイン様がこちらの様子を伺いながら、先ほどフェルーナ様が倒れてからのことを報告し始めた。
「公爵様と公爵夫人が?···そうでしたか。後ほどお礼をお伝えしなくてはなりませんね」
しばらく俯いて何かを考えていた様子のフェルーナ様が、1つだけカルヴァイン様に教えてほしいことがあると言い顔を上げると、不安な表情をカルヴァイン様に向けた。
「1つだけでいいのかい?俺に応えられるかは分からないけど――」
「ラングイット様の魔法の属性をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なぜ?属性を明かすことは難しいな」
「公爵家の皆様は、私の属性を承知しているのにですか?」
「···敵わないなー。本当ならラングイットから直接聞いてほしかったんだけど。想像通りだと思うよ」
どうしてだろう。先ほど戻ったはずの彼女の顔色が、どんどん青ざめていくのだ。
蜂蜜色のキラリとした瞳も、暗くなっていくような気がした。
そして、フェルーナ様は窓の外に目を向けると誰とも目を合わせることなく、胸の思いを言葉にした。
「そうでしたか。それが私がここに嫁ぐことになった理由でしたか。フフッ···ハハッ···。一生寄り添って幸せになりたいだなんて、なんて滑稽なんでしょう。この2日間の出来事から推測できましたわ」
「どんな推測をされたの?貴女は、間違えていない。滑稽なんかじゃないよ。ラングイットと幸せになれる」
「私をただの伯爵令嬢だとお思いでしたか。私は、王妃様に近い知識を備えていますわ」
彼女は視線を戻し、厳しい表情をカルヴァイン様に向けた。
「言葉でお伝えした方がいいでしょうか。推測したのは、桃色の髪に藤色の瞳。そう、聖女候補です。その方は愚行によりアンチ魔法へと属性が変わっているのですね。そう『聖』から『悪』へ。愚行の内容を聞くと、その方は魔力が放出している状態みたいですわね。聖と悪の魔法、魅了が放出しているのですね。魔力が強く、放出された魔力に抗える公爵家。お預かりした令嬢の魔力に抗うことが出来なかった次男。そして次男は『闇』属性。更に、闇は悪へと引き寄せられる。そこへ『光』の登場ですわ。光で闇を打ち消すことで、悪から遠ざけることが出来ますわ」
「確かに、貴女は聡いな。ならば『闇』と『光』がそれだけではないことも解っているはずだ」
もう一度顔を背けたフェルーナ様にカルヴァインが苦い顔をして、それだけではないだろう?と彼女に語りかけた。
「そうですね。しかし、この場合では後者ではないことは十分理解できていますわ。どうしてラングイット様のお相手が私だったのか、ようやく理解できました。わざわざ王命まで···。とりあえず、いままで王家にお世話になった分の恩返しとして、ラングイット様が正気に戻るまではこのままこちらで生活させていただきます。その後は、私が自由にすることを約束して下さいますか?」
窓から視線を外し、フェルーナ様はカルヴァイン様を虚ろな瞳で見据えると自由になりたいと首を傾げた。
「つまり、自由とは何でしょうか?」
「フフッ···。ここを出て、仕事をするにしても、新たに恋愛するにしても、公爵家の皆様に邪魔されたくないのですわ」
「私は、その約束は出来ない。父上に直接話をしてもらえるだろか」
「分かりました、そうします。しかし、ラングイット様にかかっている魅了は、無理矢理解除しようとすると精神疾患を一生引き起こすでしょう。なので、このことを私から彼に一切お話することはありません。···それと、昨日に引き続き今日も想像を超える出来事が有りすぎて疲れました。そろそろ、独りにさせていただけますか?」
独りになりたいといいながら、窓の外に視線を戻したフェルーナ様の肩が震えていて、私は彼女から離れたくなかった。
「フェルーナ様。お茶だけでもお持ちしてよろしいでしょうか?」
私の声に、彼女は肩を跳ね上げたがこちらを振り向いては下さらなかった。
「ソフィア。ありがとう。気持ちだけ受け取りますわ。···お願い。···独りにさせて」
続けて絞り出したような彼女の声にカルヴァイン様は、ばつが悪そうに扉から出るとそのまま本邸へと戻っていった。
私たちはフェルーナ様の私室から出たが、しばらく扉の前から動けなかった。少しすると、彼女の泣き声が聞こえてきたのだ。
公爵邸にきてからまだ2日目、そんな中で彼女に独り泣きなんかさせたくなかった。
いつも素敵な微笑みを見せてくれる彼女に私は何を返せるだろうか。
今夜は、フェルーナ様の近くにいてあげたい。私ができることは扉の外で、私の名前を呼んでくれるのを待つだけだから。
次の日の朝、私はマリアナの声で起こされた。
『ソフィア。起きて。ねぇ、起きてよ』
目を開くと、こげ茶色の髪に寝癖のついたマリアナが紫の瞳の瞳を丸くしていた。
『あっ、起きた。どうしてフェルーナ様の私室の前で寝ていたの?』
小声で問いかけてくる彼女に、私は首を振って『後で、教えるわ』そう告げてから、今日はこのまま私がフェルーナ様の朝の当番をしたいと願い出た。
『えぇー。私、今朝は張り切って来たのにぃ。分かったわ。じゃぁ、後でね』
マリアナは、フェルーナ様付き侍女の初出勤日だったんだ。でも、彼女はすぐに何かあったのだと察してくれたのだろう。いつもだったら、愚図るから。
深呼吸してから扉を小さく2回ノックし、一呼吸置いた後、私は扉を開いた。
『おはようございます』
「ソフィア?おはよう」
「フェルーナ様。お、起きていらっしゃったのですか?というか、お着替えまで···」
「あっ、気にしなくていいのよ···ん?このやり取りは、昨日ルイザとしたばかりだわ」
「私は、いつも早起きだから朝は自分で用意するのよ。私の朝食としてパンを2つと水筒に温かい飲み物を入れたものを厨房にお願いして貰えるかしら?それと、7時に邸を出るので馬車の準備をするように伝えてくれる?」
「はい。でも、こんなに早い時間から、どちらへ行かれるのですか?」
「フフッ。仕事よ!」
「···仕事ですか?わ、私もついて行きたいです。今日、学園も休みだし。あっ、な、何でもないです」
「えっ?いいわよ!一緒に行きましょう!ソフィアに手伝ってもらえるなんて嬉しいわ」
「えっ!あ、は、はい。では、私もすぐに着替えてきます。嬉しいです。ありがとうございます」
超感激!言ってよかった!
その後、私はマリアナに学園を休む旨を伝えてもらえるように頼むと、厨房ではルイザから聞いていたらしく、朝食の入った籠を渡された。
「ソフィアも何処かに出掛けるのかい?」
厨房で籠を預かりながら「今日はフェルーナ様と一緒に行くの」ルンルンと笑顔でいうと、私の分だともう一つ籠を持たせてくれた。
スキップしながらエントランスに向かう途中でラングイットが前から現れた。
「籠を2つも持って、ワンピース?今日は、学園じゃないのか?」
「今日は今からデートなの!」
「デート?ソフィアに相手がいるだなんて···。楽しんでこいよ」
「失礼しちゃうわ。楽しんでくるわ!フェルーナ様と!」
すれ違いざまに、わざと相手の名を言えば、ラングイットは瞬時に振り返った。
「は?フェ、フェルーナと?」
私は思う。
ラングイットが、こんなに気にしている女性はフェルーナ様だけなのだ。
リリアンヌのことは気にしているのではない。目の前にリリアンヌがいるときだけ、蕩けるような瞳になるのが私には理解出来なかった。
だって、好きな人のことなら会話に出てくるはずだもん。リリアンヌのことは、本邸にいたときから聞かれたことがない。なのに、フェルーナ様のことは毎回聞いてくるのだ。
披露宴のときもそうだった。ラングイットがトイレから出てきたところで出くわした。
『フェルーナは朝早くから起きていて疲れていると思うのだが、ソフィアはどう思う?』
『私もそう思うわ。貴族相手にずっと笑顔でいなきゃならないんだもん』
『そうだよな。そろそろ会場から出るように行ってくるから、ソフィアは扉の前で待っててくれるか?』
『分かったわ』
『それと、私室では俺が戻るまで一緒にいてやってくれ』
『そうよね。初めての邸だし、心細いわよね。了解よ』
『あぁ、頼む』
なのに、あの馬鹿!自分の気持ちに気がついていないのかしら?それに、フェルーナ様の前ではツンケンしてあんな態度ばかりとるし、わざと嫌われようとしているとしか思えないのよね?でも、あの馬鹿がそんなふうに考えることができる奴ではないし。多分、好きな子の前では緊張して喧嘩になってしまう。こっちだな。···子供じゃないんだから。
それに、昨夜の一件で分かったことだがリリアンヌの魅了か···ラングイットに言葉で伝えることは出来なくても、違うやり方で目を覚ましてやるか!
今日はフェルーナ様とのお出掛けを堪能して、明日からの学園生活で作戦開始ね。
そう心の中で決意すると私はエントランスの階段を急いで下りて、フェルーナ様の元へと心を弾ませ急ぎ足で向かった。
誤字脱字がありましたら
申し訳ありません。