4ー4 教育
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王城から戻る途中で商会近くにある露店通りに寄ると、私の昼食に揚げたてのソーセージパンとシュガーパンを買う。
その隣の店では数多くのフルーツがツヤツヤと光り輝いていて、お土産として事務所のみんなで食べるようにボイルフルーツを何種類か購入した。ボイルフルーツは果物を甘く煮たもので、紅茶ととても合うのだ。
商会の前で馬車を降り、裏口へ回る。
扉の前にはラフィルがいて、外から丁度戻ってきたらしく扉を開いたところだった。
「ラフィル」
後ろから声を掛けると「なんだ?もう出勤してきたのか?」もう少し体を休めてから出勤すればよかっただろうと彼は、大きく目を見開いてから呆れ顔を浮かべる。
事務所に入室するとサリーから『戻り16時予定』と書き置きされたメモが置かれていた。そして、久しぶりにラフィルと2人きりでの昼食をとる。
「どうして、ラフィルは手作り弁当なのよ!私もそれがいい」
「はぁー?俺の分しかないからな。交換する気もないけどな」
文句を言いながら揚げパンを食べ終わると、ラフィルが眉を下げて、黙ったまま私をずっと見つめている。
「ラフィル?」
「フェルーナは、これからラングイット様と一緒に伯爵夫人としてやっていくって決めたんだろう?」
ずっと聞きたかったのだろう。ラフィルは真剣な表情で直球を投げてきた。
「あっ、うん。」
「ラングイット様は、伯爵になったばかりだ。今は無理をして、一人で伯爵の責務を果たしているみたいだが?フェルーナも伯爵夫人として、そろそろラングイット様と肩を並べていかないとな」
「今朝もサリーと、少しその話をしたわ。···今···色々と考えているから···」
「はぁ?考えて?何を?」
「商会だって、まだ起動に乗ったばかりだし。もう少し考えてから――」
「フェルーナ。考えることじゃないだろう。フェルーナは伯爵夫人なんだ。最優先は伯爵家だろ?伯爵家の夫人としてやれることをやるんだ」
「えっ?」
「商会なんか、誰かに任せればいいだろう?フェルーナ、高位貴族の夫人として夫を支えろ」
「じゃぁ、商会は?誰に任せるっていうの?」
「はぁー。崖っぷちに立ちすぎだぞ?もっと周りを良く見ろよ。皆、一人前になってるよ。言い方は悪いが、フェルーナが居なくても大丈夫だ。任せるなら適任者がいるだろう?」
「適任者?それは誰?」
適任者と言われても、やっと私が立ち上げた商会なのに、手放せと言われていると同じこと。胸が張り裂けそうになる。
「···アレンだ。アレンなら上手くやってくれるさ」
アレン兄様の紅茶色の髪に蜂蜜色に緑がかった瞳が私の頭をよぎる。
「アレン兄様?兄様だって、次期伯爵家当主よ!」
「伯爵家当主を継ぐにしても、元伯爵様だってまだまだ若い。アレンには元伯爵様がいる。その中に商会を加えるのは余裕で可能だ。でも、ラングイット様は新伯爵家当主だ。今からどんどん大変になる。社交会でもこれから地盤を作らなきゃならないだろう」
「それにアレンなら、フェルーナだって息抜きに商会に来れるし、フェルーナじゃなきゃ出来ないことだってあるんだから、全く手を引けと言っている訳では無い」
「まぁ、一番はアレンなら何が何でもフェルーナのものを守り抜くと思うからな」
「そうよね。私がこんなんじゃ···伯爵家も商会も中途半端になってしまうかも。ラングイット、私、アレン兄様に聞いてみる」
「余計なこと言って悪かったな」
「ううん。ありがとう」
「あぁ、それと。サリーから聞いたか?第二のフェルーナを雇うって件」
「えぇ、聞いたわ!その方の気が変わらない内に雇いましょう」
「あぁー。それ、カレンだから。半年後に結婚するから商会の最上階、俺とカレンで住んでもいいか?」
「え?カレン?···半年後にぃー?」
「住むのは全然かまわないけど···じゃぁ、私からのお祝いとして最上階を改装するわ。うん。名案ね」
「改装?そのままでいいよ。月の家賃も考えておいてくれ」
「えぇっ?家賃?いらないわよ。その変わり···建物の警備費と相殺ってことにしましょう」
ラフィルとカレンは早い内から婚約していて、確か今年で12年くらいになるはずだ。
幼い頃からずっと仲良しだった二人の結婚話に私は心が舞い上がるほど嬉しくなった。
帰り道、久しぶりに花売りをしているララの姿を見ると私は馬車を止めてもらう。籠にはカラフルな花が咲き乱れている。
「ララ!···久しぶりね。元気だった?」
「あっ、フェルーナお姉ちゃん!うん。元気よ!···だけど、あとちょっとで花売りが出来なくなっちゃうの。お花畑に建物を建てるって···だから、お母さんの花屋も花がなくなるからお店を続けられなくなっちゃうんだ」
「···そうなのね。とても残念だわ」
「うん。まだ場所は決まっていないんだけど、家はお父さんがいないから、お母さんが次の仕事と住むところを探しているの。王都では仕事が見つからないって、だから多分遠くに引っ越しするから会えなくなっちゃう。今まで沢山お花を買ってくれてありがう」
「ふぅん。···ララ。今からお母さんと会えるかしら?」
「···?うん。会えるわ!お母さん、喜ぶと思う。初めてフェルーナお姉ちゃんに会ったときに怪我を治してもらったお礼が言いたいって言っていたし」
ララに連れられて向かった先には、小さな花屋だったが色とりどりの花が店の前に飾られていて、店構えのとても癒やされる雰囲気に街を歩く人達は一度は目に止めてから通り過ぎて行く。
ララに促され、店内へと足を運ぶと花冠を頭の上に乗せた可愛らしいお人形さんが出迎えてくれた。
カウンターの奥ではララが母親に話しをしているようだ。
「まぁ。フェルーナ様でいらっしゃいますか?お会い出来て嬉しく思います。ララがいつもお世話になっております。以前は怪我の治療まで施してしただきありがとうございました」
そう言って奥から現れたのは、ララとそっくりな茶色の髪にキラリと光る黄緑色の瞳をした母親だ。
「いつも元気を頂いているのは私の方です。仕事帰りに明るいララと会えるだけで元気になれるのですわ。ところで、ララからお話を伺ったのですが···王都からでは遠いのですが、住み込みの仕事ならございます」
私の言葉に二人は目を丸くして同じ顔でこちらを見つめる。
「仕事は花いうより、薬草を育てるのがメインになりますが···お母様には給金を、ララには給金の代わりに学校へ通う学費をお支払いいたします。住み込みの建物は、一軒家ではなく寮みたいなところになりますが、三食付きですわ。あっ···好きなときに厨房も使って大丈夫です。それと、入浴する場は部屋にはないのですが、男女別で入浴できる―――」
「是非。紹介して欲しいです」
丸くしていた目をキラキラと輝かせると同じ顔でこちらを見つめ、説明の途中でありながらも良い返事が頂けた。
「では、明日に書面をお持ちいたしますわ。先に伯爵領にも報せを送るので、引っ越しは···10日後以降ならば、いつでも入室出来るようにしておきますね」
「ちなみに、カーテンは何色がいいですか?ふんわりとしたお部屋のイメージに仕上げてもらいましょう」
そう言ってニコリと微笑むと、二人は大きく目を見開く。
「フェルーナ様?失礼ですが、その仕事場とはもしかして···」
「はい。私の家ですわ。そろそろ完成しますから、私もそちらへ行くことになります。丁度、薬草栽培が出来る方を探そうと思っていたので助かりました。ありがとうございます」
「ララ、向こうに行ったら一緒にお菓子を食べながらお茶を飲めるわよ!私、お茶を淹れるのが結構上手になったからご馳走できるわ!待ち遠しいわね!」
ちょっと強引過ぎたかも知れないが、二人が新伯爵家に加わると決まったところで私は一気に気分が高揚した。そして、カーテンの色をクリーム色と聞いたところで花屋にお客様が来店したのでララと先ほどの花売りの場所まで戻ることにした。
「フェルーナお姉ちゃん。本当にお姉ちゃんの家に行ってもいいの?お母さんと私は平民よ」
「うん。平民だって国民よ!貴族だって国民だし同じでしょう?何も気にすることはないわ。大丈夫よ。他の使用人たちも、そんなことを気にする人を雇ってはいないし。もし、何かあったら言ってくれれば皆が住みやすい環境にするから教えてね」
「そ、それと···学校に行けるの?」
「もちろんよ。ララはたくさん学んで大人になるのよ。ララにその気があれば、学校が終わったら学院へも行かせることも出来るわよ!そうね、不安になるのは分かるわ。私も今までずっと不安な日々を送っていたから。でも、不安じゃなくて希望を持って毎日を過ごした方が楽しいわ。だから、こう考えてみて!ワクワクしながらフェルーナお姉ちゃんのお家に行くの。新しいお家はどんなところだろう。お母さんと二人で食べるご飯は美味しかったけど、皆と食べるご飯はもっと美味しいはず。新しい花壇にはどんなお花の種を蒔こうかな。ね!そう考えると楽しみでしょう?私もララに一番最初に淹れるお茶は何にしようかしらとか、茶菓子は何がいいかしら···と考えて新しい邸に住むのを楽しみにしているわ」
「ハハッ!話をしているだけでフェルーナお姉ちゃんの目がキラキラしているみたい。ありがとう。私も楽しいことを考えるようにするわ!」
無邪気なララには毎回心が和ませられる。毎日公爵邸に帰る道のりはとても憂鬱だった。ララの笑顔に何度も救われたのは私の方。
馬車の窓からララに向かって手を振りながら私は心の中で「ありがとう」と彼女にお礼を言った。
馬車は門をくぐり邸宅前で停車する。
馬車を降りて邸に入るとエントランスの階段をラングイットが急いで降りてくる。
「階段を走ってはいけませんよ」
私の言葉に彼はピタリと動きを止める。
その後でゆっくり階段を降りて私の前までくると、柔らかに微笑み「おかえり。身体は大丈夫か」と言って私を抱き上げた。
部屋のソファーへと下ろされると、彼はまるで侍女のように部屋着を用意しだした。
「ラングイット。着替えは侍女を呼びますわ」
「えっ!ずっと待っていたのにか?」
「···では、着替えを手伝って下さい」
一瞬で瞳を曇らせる様子に私は出ていくようにとは言えなかった。
「フェルーナ。帰って来て早々に申し訳ないのだが···。私達の愛の巣に、余計な輩が陣取っているんだ。排除したくても出来なくて···」
···は?愛の巣?
「陣取っているとは?誰かお見えになっていらっしゃるのでしょうか」
「あぁ。昼前に来たのだが、ずっと居るんだ。帰る様子が一向に見受けられない」
「誰なのですか?」
その問いに彼は眉間にしわを寄せる。
「はぁー。サイラス殿下だ」
···なんと!サイラス?まだ居たの?
「サイラス殿下は来邸するなり、ソフィアを応接間へと連れて行き···はぁー···ずっと、イチャついてるようだ。いくら俺でも殿下相手に帰れとは言えない」
「分かりました。では、私が応接間まで行ってサイラス殿下にお帰りになるように言いましょう。護衛の方は何処にいらっしゃるの?」
「開けますわよ」
そう言って勢いよく応接間の扉を開くと、ちょっと服がはだけた二人を前に私は怒りが爆発した。
「サイラス!人ん家で何しているわけ?私はこんなことをさせる為に助言をしたのではないわ。先程も言いましたけど、貴方は王子。貴族は拒めない!一人で浮かれて···どんだけ頭が悪いのよ!貴方のせいで家の者が迷惑してんのよ!こんな弟の尻拭いばかりさせられるアルキス兄様が不憫だわ。さっさと出て行け!二度と家の敷居を跨がせないから」
「あっ、ごめんフェルーナ。悪かった」
「はぁ?これだけ迷惑かけといて悪かったで済むわけがないでしょう?貴方はどんだけ頭が悪いの?謝らなくてはならない相手は誰?私じゃないでしょう。家の当主はラングイット様よ」
サイラスは顔面蒼白にしながら恐る恐る視線をラングイットに向けると下げてはいけない頭を下げた。
「リグニクス伯爵。大変申し訳なかった」
「あ、は、はい」
ラングイットは、サイラスが頭を下げたことに驚いている。しかし、悪いことをしたサイラスが悪い。
「護衛の御二方?きちんとメモを取りましたか?」
「はい。一字一句間違いがないように努めました」
「ありがとう。そのメモを王城に帰り次第すぐに王妃様に渡すように。分かりましたね」
「はい。フェルーナ様の頼みであれば、サイラス殿下もメモと一緒に献上させていただきますが」
「献上?···フフッ。そうね、悪くないわね。サイラスも王妃様の前に突き出して頂戴」
「はい。もし宜しければ、フェルーナ様もご一緒に王城へ来られませんか?フェルーナ様の送り迎えは私が安全に努めますの―――」
「行かん!サッサと連れて帰れ!」
護衛の言葉に怒りを抑えられなかったラングイットは、私を抱き上げると応接間を後にした。
部屋へと戻ってきたところで、私は2人分のお茶を淹れる。
「ふふっ、ビックリしたわ。まさか貴方の口から『サッサと連れて帰れ』だなんて···」
「不敬罪になったら済まん」
「大丈夫よ。それよりお願いしたいことがあるの」
ララとララの母親を伯爵家で雇いたい旨を話すとラングイットは了承してくれた。明日、伯爵家に封書を出してくれると言う。
「この先、平民がコンプレックスになるようなことがあれば男爵位を得ることも可能だ。まぁ、何年か様子を見てからになるが、母親を養女にしてその子を男爵令嬢にするくらいなら俺にも出来る。学院の貴族令息の中で好きな相手が出来たときを考えると早い方がいいだろう」
なんと、彼は先のことまで考えて雇うと言ってくれるのだ。なんだか、そんな彼が急に愛おしくなる。あぁ、この人と結婚出来て幸せだ。
いつの間にか優しい表情をしていた彼に私は自分から唇を重ねる。離れた瞬間、彼の大きく見開かれた瞳に私がクスリと笑う。
そして今度は彼の方から唇を重ねてくる。ちょっと長いかなーと思っていると、彼は腕を背中と膝裏へと移動させた。
あぁ、私は何かを間違えたかしら?
私はそのまま彼に持ち上げられると、主寝室の中へ連れ込まれたのだった。
誤字脱字がありましたら
申し訳ございません。
m(_ _)m




