4ー3 2人の王子
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久々の出勤に、サリーとの山のような話をした後で私は王城へとやってきた。
医務局へと向かって渡り廊下を歩いていると前から騎士様が、こちらに向かって歩いてくる。
私がペコリと頭を下げると騎士様も軽く頭を下げた。
「フェルーナ様。ご無沙汰しております」
騎士様に声をかけられ顔を見る。よく見れば彼は第二王子の護衛騎士の一人だったはず。
「こんにちは、お久しぶりです。こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」
この先には医務局しかない。どこか怪我でもしたのだろうか?私が首を傾げていると護衛騎士様は優しく微笑んで右手を前に出した。手には茶色い紙袋が握られていた。
「サイラス殿下の飲み薬です」
サイラス殿下の飲み薬?風邪でも引いたのかと尋ねると、昨夜から発熱しているのだということだった。
「発熱?···その飲み薬を見せていただけますか?」
紙袋を受け取り中を覗くと、紙に包まれた粉薬が三包入っていた。紙袋の中に手を入れ、それを軽く握る。薬効が良く効くようにと光魔法をかけると紙袋を護衛騎士に返した。
「紙袋の中が薄っすらと光ったような?」
「光った?私は気がつきませんでしたが?···サイラス殿下に早く元気になって下さいとお伝え下さい」
そして、護衛騎士様と別れ医務局へと再び歩き出した。
医務局に着くとパドリック医師らは休憩中だったようだ。焼き菓子を片手に医師たちが扉から現れた私に視線を向けた。
「なんだ、フェルーナ様でしたか。一段落ついたところなので、一緒にお茶でもどうですか?」
「なんだ、とは?誰かいらっしゃる予定だったのでしょうか?」
「あっ、すみません。先生に来客の予定があり、約束の時間までまだ時間があるので休憩しようとしたところにフェルーナ様が現れたので···」
先生とは、パドリック医師のことだ。
一人の医師が慌てた感じでそう言うと、奥の扉からパドリック医師が顔を出した。
「ふむ、フェルーナ嬢ではないか。今日は手伝いに来る日だったかな?」
顎に手を添えながら首を傾げると、パドリック医師はお茶に誘ってくれた。
私は先に、先日の診察の手伝いを無断で連絡もせずに休んでしまったことを詫びた。医務局に知らせたくても、商会の人間で王城に顔パスで入場出来るのは私しかいないのだ。
「気にせんでもよい。無断だと思ってはいないよ。ここの場所が場所だけにな」
そういって医師は目尻のシワを深くして優しく微笑むと手ずから淹れてくれたお茶を差し出した。
「ありがとうございます。今日はパドリック医師にご相談があります」
「相談?なんだね?」
「実は、近々うちの商会に新人が二人入社するのですが、辺境の地の治療院の医師を目指しているらしくて――」
「ふむ。では外科の知識と薬の調合などを教えればいいのだな。そういうことなら任せておくれ」
パドリック医師は喜んで引き受けてくれた。
来客の予定があるということだったので、私はお茶を飲み干すと席を立った。
医務局からの帰るときに騎士様から声をかけられた。先ほど医務局につく前に薬の袋を持っていたサイラス殿下の護衛騎士だ。
「フェルーナ様、アルキス殿下からお茶のお誘いをしてくるようにと言いつかっております。この後、ご予定の方はございますか?」
「アルキス殿下が?···分かりました。今からでいいのですか?」
「はい」
そして騎士様の後ろに付いて歩いていった先はサイラス殿下の私室だった。
騎士様が扉を叩くと入室が許可され中に入る。サイラス殿下の部屋のソファーで優雅にお茶を嗜んでいるアルキス殿下とベットに横になっているサイラス殿下。
私が入室するのを確認すると、サイラス殿下は護衛の騎士様を下がらせた。
そしてベットから下りると彼はそのままソファーへと座り、私も座るようにと促した。
「サイラス殿下。どういうことですか?もしや···仮病?だなんて言いませんよね」
「サイラスの薬に魔法を使った結果だろう?」
なぜがアルキス殿下にバレている。
「グッ···」
「それで?フェルーナは何を飲む?と言っても自分で淹れてくれ」
「···分かりました」
「そういえば、卒業パーティーでフェルーナの姿を見かけたが、夫婦仲睦まじくて声をかけそこねたよ」
「はぁ。···それで?呼ばれたわけは何でしょうか?」
「そう、急かさなくてもいいだろう?久しぶりに3人水入らずでの茶の席だというのに」
アルキス殿下の言葉の次に、サイラス殿下が口を開いた。
「フェルーナ。薬、ありがとうな!···それで、ソフィアの件なんだけど――」
「出会いの話はソフィアから聞きました。それ以降の話にして下さいますか。私、暇ではないのですわ」
「ペットみたいだろ?構いたくなるって感じ?機嫌によって左右される感じ?食い物に釣られる感じ?面白くて、飽きないかと思ってさ!」
「「はぁ?」」
その内容に私とアルキス殿下は呆れた。なになに?ソフィアは動物だったかしら?
「まぁ、一番は人のために頑張れるってところが他の令嬢たちと違って気になったんだけど――」
ヘラヘラと笑った後にサイラス殿下は穏やかな表情で話し出した。
初めてソフィアと会話をしたのは現地視察に行ったとき。それはサイラス殿下が馬車での移動中、ソフィアとカルヴァイン様の会話を聞いていたときのこと。彼女は友人のために情報を仕入れ、行動した。自分だけではどうにも出来ないことを知り、どうにか出来る人を頼った。
自分には何の得にも成らないのに。
その一生懸命だった姿が気になったのだと話す。今は恋ではないと思う。ただ自分以外の奴に、なびかれるのは正直嫌な気持ちになる。婚約者探しはこれからだと言う彼女に、なぜかモヤモヤした気持ちになったのだとか。
サイラス殿下は自分が頰を染めながら話をしていることが分かっていないらしい。これは多分···初恋なのだろう。
「そう。ソフィアから聞いたのですが卒業式後、まだ二人で話もしていないらしいじゃない?サイラス。ソフィアが今どんな気持ちでいるか分かる?貴方は王子よ。一人で浮かれて、相手に不安を与えているのが分からないの?二人で、今後のことも話し合いなさい。この件は、家同士の問題外よ。だって、貴方がそれを望んだ結果でしょう?ソフィアを子爵家から引き剥がし伯爵家へと後ろ盾を頼んで、横暴よ。何の相談もなしに自分の運命を変えられて···今、彼女がどんな思いでいると思っているの?他の男性ならこんなことにはならなかったわ。貴方は王子。貴族は拒めない。分かった!ここまで彼女の人生を勝手に決めたんだから、責任取りなさいよね。···ホホホ···あら?心の声が漏れ出てしまいましたか?まぁ、サイラス殿下はきちんとされている方だと思いますが――」
「ハハハッ!いやー、いつものフェルーナに戻ってくれて嬉しいよ。俺が、サイラスに言おうとしていた内容と同じ意見だったしね」
アルキス殿下は笑いながらそう言った。その後で、サイラス殿下は何やらモゾモゾと着替え出す。
「サイラス殿下?どうされましたか?」
「フェルーナ、ありがとう。また、何かのときは助言を頼むな!俺、今からソフィアのところへ行ってくる」
凄い!早すぎだろう。
瞬時に会いに行くとは···。
これは···初恋ではなく初愛?
「ソフィアが、今何処にいるのか分からないでしょう?」
「あぁ、大丈夫。あちこち探してみるよ」
「···全く、貴方は子供の頃のままなんだから!その場の勢いで行動するのを控えなさい!」
「んで!ソフィアは何処にいる?」
「はぁー。今日は邸に来ているわ。ラングイットも今日は執務で邸に居るから、了承を得てからにしなさいよ」
「分かった」
「あっ!それと、ソフィアに花束をプレゼントで持って行くと喜ぶわ」
「花束か。何の花が好きなんだ?」
「知らないわよ。花屋に置いてある全種類の花でも包んで貰えば?」
「うん。そうする!じゃぁ、行ってくる」
そう言って着替え終わった彼は髪も梳かさず部屋を出ていった。寝癖付いてるわよって教える時間もなかったわね。
そう思いながらサイラス殿下を少し呆れ顔で見送った。
「ハハッ、あぁ見えて気を利かせたんだ。···フェルーナ。幸せになれたようだな。ラングイット殿が羨ましいよ」
「アルキス殿下」
「実は、俺の婚姻が決まったんだ。来年の春、1年後に近国サライ国の王女と――」
「おめでとうございます。お祝いをしなくてはなりませんね!」
「あぁ、やっとだ。俺は1年後にこの国の民を守る為に王子としての役割を果たす」
「アルキス···兄様···。役割だなんて。そうであっても兄様は幸せになれますわ。幸せになって欲しいのです」
「ごめん。言い方が悪かったな。大丈夫だ。私は妃を大事にすると誓おう。その中でも幸せになれるように努力するさ」
「兄様――」
「···俺は2日後に婚約式を迎える。今日は、そのことをフェルーナに伝えたくて医務局に来ていると聞いたから、こちらに呼んだんだ」
「フェルーナ。俺の個人の生は明日を以て終了する。俺はこの先、王になる。そして、この国を生涯守って行くつもりだ」
「はい。私は、兄様が王になった国で幸せに生きて行きますわ。『光と闇が精霊神を呼び起こす』私達の子供も兄様の力になれるよう慈しんで育てていきます」
私は精一杯の笑顔でアルキス殿下に微笑んだ。彼も偽りのない優しい笑顔で私を見る。
その後で、アルキス殿下の深いブルーの瞳が潤うと私は退出を命じられた。
『フェルーナ!フェルーナの王子様は俺だよね!サイラスはフェルーナの王子様じゃないよな』
『フフッ!···私の王子様は、黒い髪に空色の瞳をしているの』
扉から出た私は子供時代を思い出していた。
今まで、アルキス殿下の私を写す瞳が、特別だったと気が付かないはずがなかった。
私は思い出を胸に仕舞うと蓋をした。
そして、馬車に乗り込むと王都に向かって馬車がゆっくり動き出した。
m(_ _)m




