4ー2 仕事
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それから2日後、私は朝から商会へと出勤した。
ラングイットは私の体を心配していたが、このまま生温い暇な時間をダラダラ過ごすことほど苦痛なことはないのだ。
「本当に行くのか?まだ痛みがあるのだろう?」
「大丈夫です。痛みはほとんど無くなってきましたわ。心配して下さってありがとう」
「そうか。分かった。体調がよくないときは、すぐに戻ってくるように」
「はい。分かりました」
そう言った後で唇を重ねられると「今夜が楽しみだ」と耳元で囁かれ、私は顔を真っ赤にしながら馬車に乗ることとなった。
邸を出るときに馬車に乗る寸前まで私についてきたラングイットは、置いていかれる子供のような顔をして私を見送っていた。
使用人らも彼の私に対する豹変振りに慣れてきたのだろう。温かい目をしてその様子を見守っていた。
走り出した馬車の中から見る景色に胸を弾ませる。太陽の光が馬車に差し込み一日の始まりを告げるかのように小鳥が馬車の上を鳴きながら通過した。
王都に入ると見慣れたはずの建物が数日通らなかっただけなのに、懐かしさを感じさせる。
「おはようございます」
商会の裏口の扉を開く。
「フェルーナ様!大分早い職場復帰ですね!体調の方は大丈夫なのですか?」
サリーが机から扉に向かって顔を覗かせると、その前にいた私を心配そうに見る。
「えぇ。色々と心配をお掛けしてしまいましたね。ごめんなさい。私の仕事の予定変更も大変だったでしょう?」
「大丈夫ですよ。予定をズラしたのと私達が代わりに動いた件があります。その書類と予定変更の書面を確認していただけますか?」
「ありがとう。確認させていただくわ」
「でも、その前にモーニングティーを一緒にどうですか?色々と話をしたいことが山のようにあるのです」
彼女はそういうと、刻んだフルーツに蒸らし終わった紅茶を注いだティーポットをテーブルへと置き砂時計をひっくり返し、私の前に空のカップを2客置いた。珍しくソーサーにはティースプーンが置かれている。そして、給湯室から蜂蜜を持ってくると机ではなくソファーで話をしましょうと、サリーは彼女の机の上に置いてあったバスケットを取り、朝食をとる時間がなかったのだと笑った。
サリーがパンを頬張り始めたところで砂時計の砂が全て下に落ちると、私は空のカップにフルーツティーを注ぎ入れながら、先ずは自身の話を持ち出した。
「色々と迷惑を掛けました。ラングイット様と仲直り···というか二人で話し合った結果、今までお互い誤解し合っていたことが分かったの」
「そのようですね。先日、リグニクス伯爵様がお越しになったときに驚きました『私達夫婦のことで職場の皆さんに多大なる迷惑をかけてしまい申し訳なかった』と頭を下げられたのです。ラフィルが手ずからコーヒーを淹れてリグニクス伯爵様を饗したのにも驚きましたが。今までと雰囲気がガラリと変わって角が取れたような?感じがしました」
その内容に私は眉を少し下げた。ラングイットが頭を下げるなんて、今までの彼からは想像出来なかった。でも今の彼ならば分かる。私を守ってくれようと思っていたのだと。
多分、分からなかっただけで今までもそうだったのだろう。
それに、ラフィルがコーヒーを淹れた?何があっても手ずから淹れた飲み物を人に差し出すことをしないのに?
ラフィルは学生だったころ、コーヒーの虜になった時期がある。私がまだ学園に通う前の話になるが、彼はシベルク伯爵家でも皆によくコーヒーを手ずから淹れて振る舞っていたのだ。
ある日、新しく伯爵家の使用人となった者に、いつもの様にそれを振る舞った。その使用人がコーヒーを飲んで倒れたのだ。医師の診察によると、毒の反応が診られたとのことだった。
後から分かったことだが、その使用人の部屋から毒の入った小瓶が発見され詰問したところ、シベルク伯爵家の執事になるために今の執事とその息子である次期執事のラフィルを陥れるため、自ら毒を呷ったのだということだった。
その使用人はすぐに邸を出されたが、ラフィルは自分の行いのせいで彼の家アダルクス子爵家が火の粉を被ったことを悔やんだ。
そのことがあってから彼は他人にコーヒーもとより飲食物全てのものを振る舞うことを避けているのだ。
商会の仲間はこの話を知らないが、ラフィルが自分で飲む以外のコーヒーやお茶を淹れることはないことだけは把握している。
「そう。ラングイットがここで···突然の彼の訪問に、みんな驚いたわよね?私も邸で、彼が商会に行ってきたと聞いてとても驚いたんだもの。それと、ラフィルはどうしちゃったのかしらね?」
「それが、以前から彼らは知っていた仲なのでしょうか?お互い友人とまではいかないですが、砕けた口調で穏やかに話てましたよ」
「砕けた口調で···?二人は知り合いだったのかしら?聞いたことがないわ?」
「···サリー?食事も食べ終わったようだし、山のようにある話を聞かせてくれる?」
彼女の顎に付いたパンの食べかすをティッシュで拭うと、私はティーポットの残りのお茶をカップに注いぎ彼女に仕事の話を促した。
そして、サリーから語られる話は本当に山のようにあった。
その中でも、1番メインとなったのは商会の今後だ。私自身も薄っすらと頭の中で問題にしていたことだったのだが、直接口に出して話をするとなると今までの自分の言動に反省と後悔の色が隠せない。
それは、ラングイットと離婚する前提でことを進めていたことだった。他国への進出のために商会の仲間が隣国へと赴いているのだ。そして、私もしばらくしてから合流する流れで事を進めていた。
「このことに関しては、少し考えさせてくれないかしら。彼とのことも踏まえて時間をもらいたいの」
「その気持ちは分かります。ですが、私たちにも相談して方針を固めていきませんか?まだ、なんとも言えないのですがフェルーナ様がお休みの間にもみんなも色々と考えているのです。なので、ゆっくり話し合って今後を考えていきましょう。フェルーナ様一人の商会ではないのですから、一人で悩まないで下さい。それに、他国へ支店を出すということは、元々はフェルーナ様に王命が言い渡される前からの話でしたよね。当初の案で進めてもいいのでは?」
穏やかに微笑んだサリーは、その後でこの春の新入社員の話を切り出した。
今回は、学園の医学療法を学んだ卒業生を薬草を使った商品開発兼既存商品の薬作りをしてもらうために2名雇った。職場は一階になる。
それと、隣国マハル国にて商いをしているナタヨン商会アーリング侯爵家の三男が、入社予定となっていた。
学園で同級生だったジークの家のポス商会と繋がりがあった隣国のナタヨン商会。
デキが良すぎる三男が継承者の長男を蔑ろにし商会が分裂しそうだとポス商会に三男を引き取って欲しいという話から、うちの商会へと来ることになった期待の星だ。
ジークが言うには、どんな仕事でも頭の中で瞬時に計算して最短の道を選び結果をもたらす人物なんだということだった。即戦力とはありがたい人材だ。
先の二人のは、男爵家の次男と子爵家の次男で、家を継がない二人が目指しているのは辺境の地にある大きな治療院の医師になることらしい。この国、オリディエン国では辺境の地で5年間医師として続けられれば、国からの支援で開業できるからだ。
「新人の二人は、辺境領へ行くために商会で資金を稼ぎながら薬学を学びたいとのことでしたわよね?彼らには実地も学ばせましょう。シベルク伯爵領のオスマン医師に内科の知識を学べるように話してみるわ。それと、外科の知識はパドリック医師のところに私が登城する際に連れて行けばいいわね」
丁度この後で、王城の医務局へ行く予定となっているので、忘れる前にパドリック医師に伝えてみるつもりだ。
先ずは、最初の2ヶ月で薬草の調合を叩き込みながら薬を作ってもらい、その様子で医師らの治療法を直に教えてもらう方向で話すつもりだとサリーに言うと、彼女も頷いてくれた。
「そうだわ。経理の仕事が出来る人材も増やしたいのよね。そろそろ、ラフィル一人では手に負えなくなってきているわ」
「経理ですか。難しいですね。大金を動かすので、それに慣れた人材じゃないと···次の卒業生まで待つしかないですかね」
「一度、友人たちにも相談してみるわね。紹介して貰えれば助かるのだけど」
思いの外、この一年間で薬草を使った薬が安値で販売できることもあり、うなぎ登りの売上をあげている。シベルク伯爵領の薬草畑を昨年3倍の面積に増やしておいて正解だった。今年に入っては、近辺の子爵領や男爵領にまで薬草畑を広げることが出来た。薬草は、雑草と同じくらいの生命力があるため天候に左右されず来年からは収穫の量が大幅に増える予定だ。
収穫した薬草はそのまま買い取ることはしない。良く洗い、乾燥させるまでの工程を農家の方々に頼んでいる。勿論、その分上乗せして買い取る。
薬や化粧品の容器なども大量に仕入れることで、ポス商会からの仕入値も大幅にダウンした。
それと、今までは王妃様が化粧品の広告お茶会でしてくれていたことから高位貴族達のご愛用品として浸透して来たのだが、この春からは高級化粧品と中級化粧品に分け店舗での販売を計画している。
この件はマルクが担当しているのだが、商会で店舗を持つことになるとかなりの資金がかかるため、ジュエリーショップや衣裳店などに陳列する予定になっている。
「春からの予定に押しつぶされそうね」
私がそう呟くと、サリーがクスッと笑った。
「フフッ、フェルーナ様の負担を減らす案が出ているのですよ」
「わ、私の?」
「そうです。まだ形にはなってはいないのですが···以前フェルーナ様がソフィア様を連れていらっしゃったときの様子から、みんなで話をしていたのです。最初はフェルーナ様と一緒に仕事をしてもらう助手として行動してもらい···第二のフェルーナ様を作ろうと!流石に行動の範囲は狭まりますが、1名確保できてます。その方は、なんなら孤児院に持って行く菓子等も私が作って差し上げられると言うし、子供達の読み書きも教えて下さると···更に!」
「さ、更に?」
「貴族令嬢なのですが、これから旦那様になられる方にも了承を得ております!」
「えぇー!···そんな貴族令嬢がいるのですか?旦那様も了承してるって?信じられないわ!」
「フフッ···私を甘く見ていましたね!どうです。雇っちゃいますか?とても慈愛に満ちている女性ですわ!マルクもラフィルも首を縦に振りましたし。後は、フェルーナ様次第ですので――」
「うん。雇いましょう」
「あらあら、即答ですね!分かりました。この件は私にお任せ下さい」
そう言ってサリーは満面の笑みで頷いた。
この後で、その人物に私は驚愕することになるのはまだ先の話し。
誤字脱字がありましたら
申し訳ございません




