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3ー8 初めて

お読み下さりありがとうございます。




 卒業式が終わると、私は母様と二人でリグニクス伯爵家の馬車に乗り込んだ。


 会場から出たところで、今夜は王都にある宿屋へ泊まることになっていると母様から聞き、ラングイットが夕食を一緒にどうかと両親を誘ったのだ。


 学園を後にし王都にあるレストランへと向う際、父様とラングイットが先にシベルク伯爵家の馬車に乗り、リグニクス伯爵家の馬車には母様と私で乗ることになった。


 馬車の中では母様が、私の家出した日の夜と次の日の夜にラングイットが訪ねてきた様子を教えてくれた。


「ユリシーズ公爵家当主まで連れてくるとは思わなかったわ」


「え?公爵様までシベルク伯爵家に来たの?知らなかったわ」


 なんてことだ!私は手紙を残していったではないか!


「まさか、家の邸内でユリシーズ公爵様を見ることになるとは···本当に驚いたわよ。父様なんて、公爵様がお帰りになった後は笑いが止まらなかったのよ」


 父様ったら、最低ね。公爵様もイヤイヤ来邸したんだろうに。早いうちに謝りに行った方がよさそうだ。


「次の日は、彼は一人で来たわ。ドレスを抱えてね!申し訳ないと、頭を何度も下げていたのよ。フェルーナが今着ているそのドレスよ。とても素敵なドレスでしょう?貴女に似合うと思ったし、彼の雰囲気を纏ったようなドレスなのだもの。娘のために彼が作らせたドレスだと直ぐに分かったわ。でも、どうなることかと心配していたけれど、先ほどの二人の姿を見て肩の荷が下りました」


「心配かけてごめんなさい」


「そうね。そう思うなら、近いうちに一度帰って来なさい。アレンが煩いのよ、ユリシーズ公爵家に乗り込んでやるって!あの子のシスコンは病気よね?」




 レストランでの食事の席では、軽くワインを嗜みながら楽しいひとときを送ることが出来た。

 周りの席で食事を楽しんでいる人達は、ほとんどが学園での来賓席にいた貴族達だった。皆さん気を使ってくれていたのだろう。私達4人のテーブルには、皆様からの優しい視線が届けられていた。



 ユリシーズ公爵邸に戻った時間は夜9時を過ぎていた。

 別邸前に急いで執事が迎えに出てきたが、ラングイットは馬車の中で熟睡中だった。


「ラングイット、起きて。着いたわよ」


「あぁ、今、起きる」


「このところ、旦那様は睡眠をされていなかったのです。今日は奥様がご一緒なので気が緩んだのでしょう。奥様は、先に邸にお戻りになって下さい。旦那様の事は私がお連れいたし――」


「起きた、起きたから。大丈夫だ」


 そう言って、ラングイットは首を左右に振った後で馬車から降りようと立ち上がると、瞬時に振り返り私を見た。大きく見開いた空色の瞳が私を捉えると、目を細めて顔をほころばせる。「ほっ」彼の息が漏れ出ると安心したかのように「降りよう」と優しく囁かれ私は理性が飛びそうになった。か、かわいい。




 私室に入ると侍女頭のエリスさんが入浴の準備を終わらせたところだった。

 エリスさんは茶色の髪に紫色の瞳のいつも美しい佇まいをした女性だ。旦那様が庭師として働いているのだとソフィアが言っていた。エリスさんは伯爵令嬢だったのだが、男爵令息だった旦那様と恋に落ち結婚したらしい。


「あっ、エリスさんありがとうございます」


「とんでもございません。フェルーナ様付きの侍女たちの卒業式はいかがでしたか?学園の卒業式に全高位貴族らの出席などは初めてのことでしたわよね?」


「国王陛下が、書面にて今日の出来事を各貴族に知らせると言っていたのですが···実際、見てきた出来事を話すと――」


 エリスさんに、大まかにリリアンヌの話をすると驚いていたが、エリスさんはリリアンヌの裏の顔を知っていたと言い、納得しているようだ。


「では、今本邸の方では使用人たちが大騒ぎをしていることでしょうね」


「そうね。別邸の使用人たちには関係な――」


「あー!そ、それよりも重大なことがありました!こちらの邸の方が大変なのですわ」


「こちらの方が?」


「は、はい。実は――」


 そう、すっかり忘れてた。ソフィアが第二王子の婚約者となったことを···。


 ソフィアに起きた出来事を詳しく事細かにエリスさんに伝えると、彼女は驚愕した。大きく開かれた紫色の瞳に口が開いたまま、時が止まったかのようだ。

 いつものエリスさんは、何処へ?私の知らない彼女を見た気がした。


「と、と、突然?どうして?何があったのですか?」


 エリスさんは取り乱した。私の両肩に彼女は両手を置くと、ゆさゆさと私を揺らし始めた。


「多分、ソフィアにも予想外の出来事だったようです。明日まで彼女は休みなので2日後にこの部屋に来て下さい。直接聞き出しましょう」




 エリスさんと盛り上がっているところにラングイットが入室してきた。


「フェルーナ、まだドレスのままなのか?」


「今から入浴するところなのです」


 すると、エリスさんは急に顔色を青くした。


「申し訳ございません。すぐにラングイット様の部屋の入浴の準備をいたします」


 そう言って、一礼してから急いで部屋を出ようとした彼女をラングイットが呼び止めた。


「エリス。入浴の準備はしなくていい」


「は、はいぃぃ?」


 呼び止められエリスさんが振り返ると、満面の笑みをしていた彼の姿に震えたような声を発した。


「代わりに、着替えをこちらに頼む」


「代わりに着替えをこちらに頼む?代わりにこちらに?···かしこまりました」


 エリスさんは驚き過ぎて、返事がオウム返しになっていた。分かりますわ!信じられなくて、動揺しますよね!


 そして、エリスさんが部屋を出ていくと、彼はそのままの表情で私に視線を向けた。そう、満面の笑みで。


「今日は、侍女らもいないことだし――」


「いない···こ、ことだし?」


「一緒に入ろう」


「···一緒に···入る?」


 スルリと腕を回されドレスの背中の紐を緩めると、彼は自分の着ていた上着を脱ぎ出した。


「えぇーと、展開が早すぎて――」


 私は驚き上手く言葉に出来ずにいると「俺は待ったよ」彼は柔らかな笑みで顔を傾げた。


 そうだ。私もだ。約2か月も待ったし、待たせた初夜だ。確かに恥ずかしい。でも、夫である彼に身を委ねるのだから後にも先にも今夜、私の全てを見られてしまうのだ。


「先に、入っていて下さいますか。私もすぐにドレスを脱いでから行きますわ」


 彼も恥ずかしいのだろうか、全身真っ赤になって頷くと先に浴室へと姿を消した。


 そして、私もドレスを脱ぎタオルを巻いて彼の待つ浴室へと向った。





 重い瞼を開き伸びをした後で、大きな口を開きあくびをする。

 ふと、自分の身体が軋むような痛みと、スースーと身体が寒いような気がする。


···はて?



 もう少し寝ようと瞳を閉じて寝返りを打った。ん?やはり身体が痛い。


「痛い」


「どうした。身体が痛いのか?」


 ん?瞼を開くと直ぐ目の前には空色の瞳がふたつ並んで私を見ているではないか。


 彼は私を引き寄せると、もう少しこのままでいようと言い私の額に唇を落した。


···すっかり忘れてた。昨夜私たちは――。

···すっかり忘れてた。寝間着を着ていない。


 彼と密着している身体を離したくてもしっかりホールドされていて離れない。体の痛みもあり、力も出ない。私がモゾモゾしていると、彼はまた瞳を開いた。


「どうした。起きたいのか?」


「あっ、眠いところごめんなさい。な、な、な」


「な?」


「身体がくっついていて、な、生々しいので離れた方がいいかな?と思ったのですが」


「え?生々しい?あっ、ごめん。生理現象だから気にするな」


 彼は一瞬で顔を赤らめて、今度は私の唇を塞いだ。


 しばらく二人でベットで横になった後で、ラングイットが私の部屋へ入浴の用意をしにいった。

 彼はタオルを持って戻ってくると掛けてある布団を剥いだ。赤面したまま私の体を観察したかと思うと、次にタオルを広げて私に掛けた。そして彼は、そのまま私を抱き上げるとお姫様抱っこをし、浴室へと移動した。


 入浴後、ソファーまで抱きかかえられるとラングイットは呼び鈴を鳴らした。


 彼が食事を部屋まで運ぶようにエリスさんに伝えると、彼女は「用意ができ次第お持ちします」と言って部屋から出ていった。


 ラングイットが私の隣に腰を下ろすと、私の長い髪をタオルで挟みながらポンポンと水気を取り出した。


「···ラングイット。慣れているのですね」


 起きてからの手慣れた彼の行動は、至れり尽くせりでとても嬉しいのだが、彼の過去を想像してしまい胸がモヤモヤして何だか悲しくなっていくのだ。


「指南書の最終ページに書いてあった通りに行動している」


「え?」


「あぁ、この歳になって初めてのことだったので、フェルーナに痛い思いをさせてしまった。すまない」


「えっ?」


 なんと!ラングイットも初めてだったとは!滅茶苦茶嬉しい!


「正直にいうと、フェルーナが初めてだったと思わなくて···色々と比べられたら···などと考えていた。貴女の初めてが俺だと知って、凄く嬉しかった」


「えっ?···ど、どうして分かったのですか?」


「最中になんとなく、それと先ほど布団を剥いだときにシーツを見て――」


 それで、入浴前に布団を剥いだときに赤面しながらじっと見ていたのね。



 扉のノック音がすると、エリスさんが食事をワゴンに乗せて入室してきた。運ばれた食事を見ると朝からボリュームのある物ばかりだ。更にもう一台のワゴンが運ばれてくる。


「エリスさん?朝食の量が多過ぎませんか?」


 カトラリーをテーブルの上に準備しているエリスさんに尋ねると、エリスさんは顔を強ばらせ私を見て固まった。そして、私の問いに答えたのは目を丸くしたラングイットだった。 


「フェ、フェルーナ。朝食ではなく夕食だ」


···ん?···え?···夕食?



 なんと!起きたときにカーテンの隙間から見えた空は夕暮れ時?日の出前では無くて、日の入り前だったのね?ということは···連絡も入れずに仕事を休み、昨日から丸一日以上もカレンを放ったらかした。あーやらかしてしまったわ。


 両手で頭を抱え込み、突然の情報に鈍い頭を回転させた。


 その様子に、エリスがクスッと笑い「大丈夫ですよ。連絡済みです」と···え?どうして?どういうこと?···エリスって、超能力者?思考が読めるの?


 更なる情報で、私の鈍い頭は破裂寸前になった。


「お仕事のことですよね?朝一で、ラングイット様がフェルーナ様の仕事場へ行ってきたのですわ」


「あ、あぁ。···休むと言ってきた」



 頭の中に残された疑問に応えるようにラングイットが穏やかな口調で話しだした。


「先日、ソフィアに仕事場の場所を教えてもらっていたから――」


 結婚してから、私が1日も休まずに仕事に行っていたので、休みを伝えた方がいいと思い彼が王都の仕事場まで行って伝えてきたということだった。


「ありがとうございます。···あら?でも、ラングイットは先ほどまで一緒に寝ていましたよね?」


「戻って来てから、もう一度寝台に入った」


「ん?では、どうして――」


 そこまで言って私は話を止めた。思い出してしまったからである。

 真っ赤になった私の顔を見たエリスはクスッと笑った。


···超能力?エリスさんが怖い



「さ、冷めないうちに、頂きましょう」


 これ以上、エリスさんに頭の中を超能力で覗かれる訳にはいかないと勝手な想像をすると、食事のことで頭の中をいっぱいにすることに専念した。


 


 次の日の朝、いつもと同じ時間に目が覚めた。伸びをした後で大きく口を開けてあくびをする。


 いつもと違うのは、私の部屋のベットで彼が寝ていることと、体が痛くて動くのが辛いこと。



 あくびをした後で、彼の寝顔に結婚式を思い出し私は瞼を閉じた。

 

 あの日の私に伝えたい。


 私のことが大嫌いなはずの彼は、私のことが大好きだったのだと。



 本当ならば、このまま身支度をするところだが、今日も仕事は休みをもらっている。


 というのも、昨日ラングイットが休みの連絡をしに商会へ行ったときに、体調が良くないのでしばらく休ませると言ってきたらしい。


 せっかくなので、ゆっくり新婚気分を満喫しようと思っている。


 ラングイットの言葉に、サリーは大喜びで10日間の予定はすべて変更しておくのでゆっくり休んで下さいと目を輝かしていたのだと、彼は私の隣で柔らかく微笑んだ。






誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

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