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3ー4 ラングイット4

お読み下さりありがとうございます

 



 ここ数日、フェルーナの様子がかなりおかしい。夕食前には就寝しているのだ。体調が良くないのか不安になるが、侍女らは彼女は体調を崩していないと言っている。


 彼女付きの侍女3人は、学園の卒業式を目前にしているため、フェルーナが寝たのを確認するとすぐに邸を後にしていた。


 早い時間から、一人寝息を立てている彼女に会いに部屋を訪れると、彼女は寝言を言い出だした。今の俺は彼女の寝言を聞きに、寝入った彼女の部屋へと足を運んでいる。


『···どおして』


 毎回小さな声で発する寝言は起きているときの彼女とは真逆のようだ。その、脆くて儚い様子に俺が彼女の手を握ると、ピクリとした後で涙を止めてまたスヤスヤと寝息をたてる。


 何度も寝言をいい、何度も涙を流す彼女を一人きりで寝かせることはしたくなかった。


 ソファーに座ると俺は読書をしながら彼女の寝言を待った。そして、また手を握る。どうか貴女の苦しみが少しでも安らぐようにと。



 建設中の伯爵家に行く当日、俺は寝過ごした。いい訳になるが、昨夜は初の二人での外出に浮かれてしまい中々寝つけずにいたのだ。


 彼女と二人で乗る馬車に興奮している自分が恥ずかしい。目の前の彼女から柔らかな花の香りがすると、心が弾んで落ち着かない。俺も大概だな。


 しばらくすると一番最初に彼女に見せたかった景色の場所に馬車を停めさせた。


 馬車から彼女が降り立つと、艶々な紅茶色した髪がふんわりと揺れ蜂蜜色の瞳がキラキラと輝いた。


「とっても、美しい景色だわ」


「今は新緑の季節に入ったが、紅葉の季節もとても美しいんだ」


 遠回しに紅葉の季節も一緒に来ようと伝えたが、返事は返ってこなかった。


 慌ててはだめだ。急がずゆっくり彼女との距離を縮めればいいんだ。自分自身にそう言い聞かせる。すると馬車の音が近づいてくるのに気がつき、音のする方向へと振り向いた。


 前方から2台の馬車と馬に跨った騎士らが近づいてくる。そして、私たちの目の前に停まった馬車には、なんと王家の家紋が入っていた。


 馬車から降りてこちらに向かって歩いてくるのは、この国オリディエン国の第一王子であるアルキス殿下だった。『チッ』よりによって今この場所で王子が現れるとは、一気に気が沈むと舌打ちを打ってしまった。


 ···不運だ。


「こんな場所でリグニクス伯爵夫妻と会えるとは···これは神の思し召しだろうか、つい先ほどまでリグニクス伯爵夫人の話で盛り上がっていたところなのだ」


 アルキス殿下はそう言って口角を上げた。


「アルキス殿下に新参者の伯爵家の話をしていただけるとは、恐縮至極に存じます」


 敬意を表する礼をとるが、殿下の視線の先はフェルーナを捉えていた。俺は苦虫を噛み潰したような気持ちを抑え、冷静な表情を作る。


 殿下の馬車のから二人の護衛騎士が降りてきた。第二騎士団副団長のティール・ワイズ公爵令息と第二騎士団分団長のハグイック・ソベルク侯爵令息だ。

 この国で指折りの実力者が二人も目の前に現れたことで、俺は身の毛がよだつ思いだった。


 そんな彼らが優しい表情でニコリと微笑んだ。私は理由がわからず隣にいるフェルーナを見ると、彼女は驚愕の表情を浮かべている。


 その後で更に驚いたことに、二人の有名騎士を従えフェルーナは急いで歩き出した。


 口をポカンと開けたまま、その姿を見ていた俺にアルキス殿下はクスッと笑った。


「心配するな、3人は顔見知りだ。とはいえ、心配するよな。リグニクス伯爵との話の前に、フェルーナはティールとの婚約の打診中だったからな」


「···え?」


「ん?知らなかったのか?そなたも公爵家の令息だったろう?話ぐらい聞いていたのかと思ったが、失礼した」


「いえ。恥ずかしながら知りませんでした」


「して、どうだ?フェルーナを妻に迎えられて···羨ましい限りだ」


「はい。彼女はよくやってくれています」


「···そうか。新婚生活は上手くいっているのだな?」


「はい」


「···はぁー。では、私が耳にした話はでたらめだったのだな」


「どのようなお話だったのですか?」


「上手くいっているのなら、それでいいんだ。フェルーナには幸せになって欲しいからな」


「はい。幸せにします」


「最後に一つ言っておくが、フェルーナが他国に行くことは私が許さない。そなたの後釜を狙っている者は数多くいるからな。ユリシーズを除く6大公爵家の令息らが未だに婚約者を持たない理由はなぜだと思う?あぁ、応えなくていい。フェルーナが戻ってきたぞ」


 殿下の話の内容に、俺は自分自身に心底呆れた。

 彼は結婚前にも言っていた。フェルーナの幸せだけを望んでいたのだ。俺に釘を刺したのは、そういうことか。彼女を娶るだけの器がなかったのだ。だからこそ、殿下は俺の成長を望んでキツイ言葉を浴びせたのだ。


『···綺麗だ』


 彼女が戻りながら笑顔で手を振る姿に、ポツリと言葉が漏れた。


「···だろう?そなたのものだ。離さぬように」


「はい。精進します」


 しかし、頭で考え思うことと、心が感じる気持ちはままならない。

 自分に向けられたわけではない彼女の姿に胸が苦しくなった。



 アルキス殿下らと別れ領地につくまでの間、湖での殿下との話や今までのことを頭の中で紐解いてみた。


 本来ならば、今頃はフェルーナとの会話を弾ませているはずだったのだが。今の俺が口を開いてしまったら、多分不味い。結婚当初のように上手く言葉に出来ずに先走って、更には勝手に気持ちを押し付けてしまうだろ。


 原因は、俺には心の余裕がないことだ。


 せっかく二人で外出できたのに、冷静さを取り戻さなければまた彼女は離れていくだろう。

 



 そうこうしているうちに、建設中の伯爵家の前で馬車が停まった。


 とりあえず、邸についての話で会話を繋いで行こうと気持ちを切り替える。

 その中で、彼女を繋ぎ止めるためには?と頭の中を模索する。


 部屋の壁紙、調度品などを彼女の好みで決めて欲しいと言うと、


「全部屋アイボリー色でいいかと思います」


「ん?全部屋?」


「はい。統一されている方が落ち着くかと思うのですが」


 彼女は答えてくれた。


「家具などは完成してからお決めになった方が様子が把握できると思います」


「そうだな。調度品は完成してから一緒に選ぶとしよう」


 きちんと意見を伝えてくれる彼女は、邸に住んでくれるはずだと自分にいい聞かせながら、庭を見に外に出た。


 そして安心した俺は、次の言葉に期待を込めた。


「話は変わるが、3日後に参加する学園の卒業式に向かう際に足りないものはないか?あれば、このまま王都へ立ち寄ってから帰ろう」


「全て揃っていますので、大丈夫です」


「では、何か欲しいものなど一緒に見て回らないか?」


「お気遣いありがとうございます。何も欲しいものもないので、今日はこのまま帰りましょう」


 気が早かったのか、王都へのデートの誘いを断わられてしまった。

 

 気を取り直し、庭を歩く口実として俺は彼女の手に自らの手を重ねてから手を繋いだ。

 嫌がる素振りは見られない。もう少しいけるだろうと自問自答しながら次に彼女の腰を恐る恐る引き寄せた。彼女と視線が合うと微笑みながら石畳でできた庭の小道を歩き出した。


 しかし、その後がいけなかった。


「先ほどの湖でのことだが、貴女は騎士の方々とは仲がいいのだな。シベルク伯爵家の関係での知り合いの方々なのか?」


 気持が先走ったのだ。俺は無意識に言葉を発していた。握った彼女の手が、先ほど騎士の腕や顔に触れていたのを思い出してしまったのだ。


「いいえ。家は関係ありません。皆様とは、私個人との関係ですわ」


「個人との?」


「はい。何か問題でも?」


「いや·····フェルーナの気さくな笑顔を俺は初めて見た。彼らに向けられた貴女の笑顔は、自然と内側からでた笑顔だった」


「申し訳ありません。淑女として、私が欠けていましたわ。以後気をつけます」


「そうではなくて···。では、俺の前では未だに淑女であり続けているのはなぜ?」


「·····」


「夫である俺には、仮面の下に隠された貴女の真の笑顔を見せたことがないですよね。なのに彼らには···貴女は残酷だ」


 口に出したら止まらなくなった。こんなことを言うつもりではなかったのだ。


 彼女は、蜂蜜色の瞳を潤わせながら涙を堪えているかのように、俺の顔をじっと見つめたあとで振り返り一人馬車まで移動した。


 気不味い中、終始無言で邸に帰宅する羽目になった。

 執務室で、夕食の席ではフェルーナに謝ろうと考えて、どう話を切り出すか?と試行錯誤しながら言葉を導き出していたときのことだ。


「ラングイット。フェルーナ様から手紙を渡すように言われ預かったのだけれど···」


 扉のノック音の次に、ソフィアの声が扉の向こうから聞こえてきた。


···手紙?



 扉を開くと、不安そうな表情でソフィアが俺を見上げた。「はい。これよ」そういって手紙を渡すソフィアの手が震えているかのようだ。


「ソフィア、具合が悪いのか?」


「具合は悪くないわ。ただ、フェルーナ様の様子が···」


 口ごもるソフィアに、話の続きを促す。


「フェルーナ様は···フェルー···ナ様···」


 しかし、全く話にならない。


 その場で、渡されたばかりの手紙を開くと俺は大きく目を見開いた。


『学園の卒業式へと出発する時刻に、邸に戻ります。すぐに出られるように用意をお願いいたします。――フェルーナ』


「意味がわからない。ソフィア、どういうことだ?何があった?」


「私も分からないわ!ただ、フェルーナ様がトランクを持って馬車に乗り込んだのを見たのよ。そして、フェルーナ様の私室へ行くと、日中につけていたアクセサリーが鏡台の前に置かれていて、クロークルームを見るとワンピースをお召になられたみたい。それと無くなっていたのは下着が全部。他には何もお持ちになっていないと思う」

「今日は、ラングイットと伯爵邸を見に行ってたのよね?そこで、何があったの?ラングイット、フェルーナ様に何かしたの?」


「ソフィア、とりあえずフェルーナを見つけないと···。ソフィアは帰っていいぞ」


「いいえ、帰らないわ。何があるか分からないもの。今夜は仮眠室にいるから、何かあったら教えて」


「わかった」


 その後、すぐに本邸へと向かうと家族は夕食中だった。


「父上、食事中に申し訳ありません」


「あぁ、今食べ終わったところだ。すぐに行くから執務室で待っててくれ」


 俺の慌てた様子に父上は察してくれたのだろう。見たところ食べ終わったと言っていたが、食事は半分くらいしか食べていなかった。


「どうした。何かあったのか」


 執務室に向う途中で、父上に後ろから声をかけられた。急いで来てくれたのだろう。


「フェルーナが、邸を出たようです。シベルク伯爵家に探しに行こうと思うのですが、シベルク伯爵家に到着する時間を考えると門をくぐれるように父上の書状が欲しいのです」


「なんだと?···私も一緒に行こう」



 馬車の中では彼女が実家に帰っていることを祈った。


 シベルク伯爵家に着くと、彼女は戻ってきてはいないといわれた。最悪だ。では、彼女はどこに?どこに行ったというのだ。



 真夜中、日付けが代わって2時間が過ぎたころ。ユリシーズ公爵邸に戻ってきたが、彼女の姿は私室になかった。


 毎日見ていた彼女の寝顔。今夜も寝ながら涙を流してはいないだろうか。

 彼女の香りだけが残る部屋の中で、俺はソファーにドカリと座ると深い溜め息を吐く。


 扉の向こう側からソフィアが俺を呼んでいる声が聞こえた。「どうぞ」とソファーにもたれながらいうと、ソフィアは音を立てないように静かに扉を開けて入ってきた。


「フェルーナ様はいなかったのね」


「あぁ」


 悲観的な状況に、肘を曲げ頭を抱えている俺の姿にソフィアは落胆したようだ。


 しかし、ソフィアの一言で俺は希望を取り戻すことができた。


「朝一で、フェルーナ様のところに行きましょう。多分、あそこに居るはずよ。でも、約束してほしいの。フェルーナ様が居たとしても、ラングイットは私がいいと言うまでは声をかけないで。じゃないと、彼女はまたいなくなってしまうと思うから」


「···わかった。ありがとうソフィア。朝一だな。わかった。ありがとう。ありがとう」




 そして、主の居ない部屋に朝日が差し込んだ。


 ソフィアと馬車に乗ると、彼女は籠を持ってきた。


「それは?」


「朝食のサンドイッチよ。フェルーナ様はこちらに来てから毎朝馬車の中で朝食を済ませているのよ」


「···俺は···そんなことも知らなかったのだな」


 フェルーナは、毎朝馬車の中で食事を取りながら何を思っていたのだろうか。


 ソフィアから差し出されたサンドイッチを頬張ると、今更だが···そんな思いに涙が溢れそうになった。




誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

m(_ _)m

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