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3ー3 傷心

お読み下さりありがとうございます




 私は邸を飛び出し馬車に乗ると御者に行き先を問われ、王都に入ってすぐの辻馬車乗り場に向かうように告げた。

 御者は、向かう先に不思議そうに思った様子だったが、ゆっくりと王都に向かって馬車を動かし始めた。


 辻馬車乗り場で邸の馬車を降りると、私は王都の中心へ向かって歩き出した。次の辻馬車乗り場まで歩くつもりだったのだ。しかし、歩き出した私はトランクが思いの外重いことで中々前に進めずにいた。すると、それを見ていた王都の警護団の人に声をかけられた。


「お嬢さん。どうされましたか?」


「実は、先の辻馬車乗り場まで行こうとしたところ、トランクが重くて――」


「なるほど、では私が持ちましょう」



 辻馬車乗り場までトランクを抱えてくれた警護団の方にお礼を告げて馬車に乗ると、彼はしばらく馬車に手を振って見送ってくれた。


 商会前で辻馬車を降りると、一階の薬を販売している店内へと入った。


 いつもは裏の研究室から入店しているためか、店員は入口から入ってきた私をみて驚いていた。

 トランクを預けた後で、上の階にある事務所へと移動すると帰る用意をしているマルクの姿があった。


「フェルーナ様?まだ仕事をしていたんですか?」


「いいえ、今日はリグニクス伯爵領に行っていたため仕事を休んだのよ。それよりマルクにお願いがあるの」


 マルクは何も聞かずにトランクを5階まで運んだ後、今夜はラフィルがシベルク領に戻っているため夜は二重に鍵をかけてから寝るようにと言って帰っていった。




 翌朝、私はラフィルが出社するのを今か今かと待っていた。


 サリーが淹れてくれたお茶を飲み干すころにようやくラフィルが事務所の扉を開いた。


「おはよー·····あっ、フェルーナ様!昨夜はシベルク伯爵家では、夜中にてんやわんやの大騒ぎだったんだ」


「ん?どうして実家がお祭り騒ぎ?何かあったの?」


「違う!お祭りじゃなくて、大騒ぎ!何かあったのかって?ユリシーズ公爵当主と、フェルーナ様の夫であるラングイット様が夜中に訪ねてきたんだよ」


「ん?どうして?」


「フェルーナ様がいなくなったからだろ」


「いなくなった?私はラングイット様にお手紙にて帰る日時を伝えてきました。それで、てんやわんやとは?どうなったのですか?」



 実家にフェルーナ様が戻ってきていると信じて疑わない二人だったが、アレン兄様の慌て振りを見て私が邸にいないと判断すると必ず見つけ出すと言い帰っていったという。


 その後で両親とアレン兄様に、カレンとラフィルは「商会の部屋を使用できるように整えたばかりだ」と話をしたのだとか。


 父様は「フェルーナ、中々やるな!」といい、母様は「家に戻ってくればよかったのに」と二人は寝室に戻っていったという。


 しかし、アレン兄様は「今から商会に迎えに行く」といって最後まで譲らなかったが、カレンが一言「嫌われたいなら迎えに行けばいいのでは?」それが兄様を冷静にさせたらしく、カレンを見据え黙って何かを考えるているようだったが、その後でシュンと肩の力が抜けたように私室へと戻っていったという。


「それで?なんで昨日だったんだ?もう少ししてから出てくるはずじゃなかったのか?」


 ラフィルは腕を組んで、ソファーに座ったままの私を見下ろすと呆れ顔で聞いてきた。


「なんとなく?」


「はぁ?」


「だって、これといった事はないのよ」


 昨日一日の出来事を大まかに話した後で、私はラフィルに訴えた。


「理由が分からないの。分からないまま流されそうで怖いのよ」


 いつも、切れ長のラングイットの瞳は冷ややかな目で私を見ていた。態度も口調もそうだ。結婚してからひと月の間いつも冷たかった彼。なのに、突然急に優しくなったのだ。何かあったとしか考えられない。いつもの彼の態度が180度変わったのだ。急に一緒に寝るといいだし、優しい微笑みを向けるようになり、私に触れてくる。白い結婚だと言っていないと私を甘い瞳で見つめてくる。今の私には、そんな彼と一緒にいる時間は苦痛でしかない。何を考えているのか分からない。


 王命結婚の理由でさえユリシーズ公爵家に利用されてのことだったのに、今度は夫が私を何かに利用しようと考えているとしか思えないのだ。


 確かに私は彼を慕っていた。しかし、結婚して絶望に変わった。彼との結婚生活に希望がすべて消えてしまった私は、彼との生活を捨てるための準備をしてきた。


 結婚してからずっと辛かった。立ち直るために、辛い日々の中で気持ちの整理をつけてきたのだ。


 それなのに――。



「はぁー。フェルーナ様の気持ちをラングイット様に伝えたことはあるのか?一度二人でじっくり話し合った方がいいと思うぞ」


「話したところでなのよ。私はトラウマになっているから。多分、彼が何をいっても信じられない。疑うことしかできないからこそ、彼の隣には居られない」


「そうか。···ほら、元気だせ!今日は孤児院へ行く日だろう」


 可愛くラッピングされた焼き菓子が入っている籠をラフィルはテーブルの上に置くと、一つだけ豪華なラッピングに目が留まる。


 リボンには『今日も一日笑顔で頑張れ、カレン』と書かれていた。


「うん。とりあえず、仕事に行ってきます!今日は、孤児院と王城へ行ってくるから、帰りにカレンにお土産を買ってくるわ」

 


 事務所の扉を開くと、日が高く街は人で溢れる時間になっていた。


 次の日、私は体調を崩してしまった。

 

 商談が入っていたのだがサリーが私の代わりにマルクに同席すると言ってくれたので、今日は仕事を休むことにした。


 朝から降り出した雨の音が、疲れている心と体に染みわたる。ベットで横になっていると、具合が良くないためなのか一人きりで部屋にいるためなのか、不安が押し寄せてきた。


 ここ数日間を思い返すと、自分の言動はとても褒められたものではない。後先考えず、その場の勢いで行動してしまっていた。ラフィルの言葉が胸に突き刺さった。『自分の気持ちを伝えたことはあるのか?』···彼への気持ちを伝えたことはない。『じっくり話し合う』···あぁ、いつも感情的になってしまって話し合ったことなどなかった。


···彼はどう思っていたのだろう?


 私だけが被害者だと思っていた。彼も同じように思っていたのかも知れない。彼も王命結婚の意図を知らされていなかったのだから。

 敵対する家門同士だから、ユリシーズ公爵家の人間だからと彼の言動を決めつけて、彼の気持ちを聞いたことがなかった。



「フェルーナお嬢様。入りますよ」


 ドアが開くとカレンが入室してきた。


「体調はどうですか?」


「カレン。どうしてここに?」


「家出したお嬢様が不憫で···嘘です。明日行われる学院の卒業式にお呼ばれしているのでしょう?一人で準備出来ると思ってたんですか?昨夜、ラフィルがお嬢様のドレスを持って行くから用意して欲しいといっていたので、私も急いで用意して来たのです」


「カレン。ありがとう」


 とりあえず、先に体調を治しましょうと言いながらカレンは朝食を作りはじめた。


 カレンが朝食を作り始めると、水の音や包丁で食材を切る音などが心地よく、カレンの存在が柔らかに伝わってくる。瞼を閉じながらそれに耳を傾けていると私はいつの間にか眠りについていた。


 次に瞼を開くと、伸びをした後で大きな口を開きあくびをする。


 ふと、ベットの前にある綺羅びやかなドレスに視線が奪われた。


『素敵なドレスね···でも、これは?私はこのドレスを持っていなかったわよね?』


 ベットから下りると、ドレスの前で気がついた。このドレスは、黒を基調に空色が組み合わさっている。そう、彼の色だ。


 邪魔にならない程度のレースが上品にあしらわれていて、さり気なく入ったゴールドが全体を引き締めている。デザイン自体が素晴らしかったのだろう。


 それと、ドレスの隣にはそれに合わせた靴とアクセサリーが置かれていた。

 靴はヒールの高さが通常の半分にも満たなく低く作られたものだが、足首が隠れるブーツタイプのもの。

 アクセサリーはイヤリングとネックレス。散りばめられたダイヤの中心に大粒のアクアマリンが鎮座しているかのようだ。


 アクセサリーの後ろにリグニクス伯爵家の家紋の封蝋がされた封書があった。私はそれを開き手紙を読んだ。


「あっ、フェルーナお嬢様。起きられたのですね。お薬を飲む前に、軽くお食事をしましょう」


 そういってカレンは、トレイの上に私の好物のベーコン入りのホワイトシチューとパンを用意してくれた。


 食事を終えると薬とカップに注がれた薬草茶を渡され「一階の薬師らが特製の薬を作ってくれました。それと、特製ブレンド茶を一緒に飲むようにということでしたわ」ニコリとカレンは微笑んだが私は実験台にされたのだと悟り、それらを一気に飲み干した。


 その後、大事をとってもう一度ベットへもどり横になった。


「カレン。このドレス···」


「フェルーナお嬢様が寝ている間にラフィルが運んでくれたのです」


「私の持っているドレスの中に、このドレスは無かったわよね」


「はい。昨夜、リグニクス伯爵様がシベルク伯爵邸へとお持ちになった品々です」


「え?」


「遠いところ、二晩も続けて来邸されてシベルク伯爵家ではてんやわんやでしたよ」


「お嬢様が明日着ていくドレスだと思いこちらに持ってきました。夫婦でのご出席する場は初めてだとお伺いしたので、色を合わせたものになるでしょう?」


「···そう」


「家出した妻のために片道3時以上掛けて···フェルーナお嬢様は、とっても愛されているのですね」


「·····」


「ん?お嬢様?」


「···謝ら···なきゃ。カレン。私···ラングイットに謝らなきゃ···」


「そうですね。私もそう思います」


「どう謝れば許してくれるかしら?」


「ん――。ごめんなさいの後に、仲直りのチュッですね!」


「無理だわ。まだ、そういうことをした事がないのよ」


「お嬢様、笑えない冗談です···えっ、本当に?···では、チャレンジして下さい」


「無理よ。まだお互いの気持ちを確かめたこともないのよ?今回は、彼と向き合って気持ちを伝えようと思っていたの」


「ん――。では、お慕いしていた気持ちを伝えるだけで許してくれますよ!」


 そろそろ、結婚して2か月にもなろうかというのに、頬を赤らめながらモゴモゴと話すこの状況は好ましくないとカレンは呆れた表情で私を見下ろした。





「準備万端」


 私が独りごちると、それを横目にカレンが溜め息を吐く。


 お気に入りの紅茶色した髪をアップにセットしサイドに薄く流した髪を巻き毛にして大人っぽく演出した。蜂蜜色の瞳が映えるように茶色のアイラインで色気が出ないギリギリの太目ラインを書き、ドレスに合わせ唇を淡いローズの色でプルンと艶を出すだけに留める。うん、完璧。

 ラングイットが用意してくれたイヤリングとネックレスが部屋のライトに照らされ虹色に光を放っている。


「カレン?完璧でしょう?」


 私がその場でクルリと回転して見せると、カレンは再度溜め息を吐く。


「一番大事な物を忘れていますよね?」


「ん?一番大事な物?何かしら?」


「リグニクス伯爵様と仲直りするのに、必須アイテムなのですが?」


「あっ!」


 部屋の隅に置いてあるトランクを開く。

 ガサゴソと下着を出した後で、それを見つけ出した。


「これね!」


「よく分かりましたね。っていうより、それを一番先に装着されなかったフェルーナ様の心が心配です。本当に伯爵様に心から謝る気があるのですか?」


「あ、あります。任せて!多分大丈夫よ」


「はぁー。多分ですか」


 そうして私たちは、予定していた時間より早くユリシーズ公爵邸へと向ったのだ。



 ドレスと一緒に届けられた手紙には、学院へ向う予定の時間より3時間前に出発したいという内容が書かれていたからだった。




誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

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