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3ー2 伯爵邸

お読み下さりありがとうございます



 カレンが帰ったその日から、私は1時間早い時間に仕事を切り上げている。そして、帰りの辻馬車の中で屋台やテイクアウトをしたもので簡単に夕食を済ませて邸へと帰るようにした。


 邸に戻るとすぐに入浴をして、その後で軽い睡眠作用のあるお茶を飲み寝台へと入る。ラングイットと顔を合わせるのを避けるためだ。


 私の行動を不審に思っているのか、私が起きると彼はソファーで寝ていた。




 この3日間、どうにかラングイットと会話をせずにやり過ごしたが、さすがに今日は一緒に領地に行くため朝から声を掛けることにした。


「ラングイット様。起きて下さいますか」


 すぐに出発できるように用意をしてからラングイットを起こすと、彼は目を擦りながら欠伸をした。


「領地へは何時頃に出発する予定でしょうか?私は準備を終えていますので、すぐにでも出発できます」


 淡々と言葉を並べて予定を聞くと、彼はソファーから起き上がり、すぐに準備をするといい自分の部屋へと戻っていった。


 私は彼が部屋から出たところで、ルイザが先ほど届けてくれた籠の中からサンドイッチを取り出し咀嚼した。


 朝食を一緒にとるのは控えたい。それでなくとも昼食と夕食は一緒だろう。そう思うと今から気が沈む。


 サンドイッチを食べ終えると、ルイザに「ラングイット様が準備を終えたら私は外で待っていると伝えて」と言伝をし、急いで邸から外に出る。


 しばらくすると、ラングイットが邸の扉から出てきた。急いで用意をしてきたのだろう。邸内を走って来たのか、彼は息を切らせながら私の前に立った。


「待たせてすまなかった。朝食だが――」


「朝食なら私は先にいただきましたので、ラングイット様はお召になってきて下さい。それから出発しても間に合いますわ」


 ニコリと微笑み、彼が朝食をとる間に散歩をして待っていると言うと、彼は一度邸内に戻っていった。


 なんとなく、彼には散歩をすると言ったが気がのらず、私は馬車を待てずに厩舎まで歩いて向った。


 厩舎につく手前で停まっている馬車があり、御者が馬車の自席に座ったところで声をかけると、今から別邸前に移動するところだという。

 私は馬車に乗り込むと、歩いてきた道を今度は馬車で戻って行くことになった。


 邸前に着くと、ラングイットは私を探しているようだった。

 御者がすでに私が乗っていることを伝えると、彼も馬車に乗り込み私の対面に座った。


 馬車が走り出すと私は外の風景に視線を向けた。いつも仕事に行くときは、王都に向うために南に位置する正門をくぐって行くのだが、伯爵領は反対の位置にあるらしい。馬車は北へと歩みを進めた。


 お互い、しばらく無言でやり過ごしていると口火を切ったのはラングイットだった。


「このところ、体調がよくないと侍女から聞いているが、今日は大丈夫なのか?」


「はい」


 極力会話を減らす努力をする。


 一瞬だけ彼に視線を合わせ返事をすると、私はまた窓の外へと視線を戻す。


「それと、3日後の学園の卒業式だが。以前に話した通り、今回は重大発表があるということで高位貴族の参加が求められている」


「俺は、リグニクス伯爵当主として、フェルーナはリグニクス伯爵夫人として行くことになるのだが、結婚してから初めて夫婦での参加だ。装いなどで足りないものがあれば至急用意させるが、どうだ?何かあるか?」


「全て用意してありますわ」



「そうか。···今向かっているのは、あとひと月程で完成する私たちの伯爵邸だ。外壁も終わり、あとは内装工事が終われば入居できるようになる」


「·····予定より早く完成するのですね」


「あぁ。早く移り住みたくて、急遽人員を増やしてもらったんだ。フェルーナも義両親が近くにいると気を使うだろうし·····『俺も早く二人きりで過ごしたい』」


 最後の言葉は声が小さくてよく聞き取れなかったが、なぜかその後ラングイットは熟れたトマトのように顔から首まで真っ赤になると私から顔を背けた。


 小一時間馬車に揺られていると、途中休憩を挟むということで伯爵領に入る手前で一度馬車が停まった。馬車を降りると目の前にはグリーンに近い色をした透明度の高い湖があり、自然豊かな景観が広がっていた。


「とっても、美しい景色だわ」


「今は新緑の季節に入ったが、紅葉の季節もとても美しいんだ」


 湖のほとりでは木々の葉が青々と茂り、草花は自身を主張するかのように色鮮やかな花を咲かせていた。


 その景色に目を奪われていると、前方から2台の馬車と馬に跨った騎士らが近づいてくる。そして、私たちの目の前に停まった馬車には、なんと王家の家紋が入っていた。


 馬車から降りてきたのは、この国の第一王子であるアルキス殿下だった。


 鮮やかな金髪がフワリとした風になびくと深いブルーの瞳が細められた。


「こんな場所でリグニクス伯爵夫妻と会えるとは···これは神の思し召しだろうか、つい先ほどまでリグニクス伯爵夫人の話で盛り上がっていたところなのだ」


 そういって、やんちゃな子供のように私に顔を向けると片目をつぶった。


「アルキス殿下に新参者の伯爵家の話をしていただけるとは、恐縮至極に存じます」


 ラングイットが敬意を表する礼の形をするのを見て、私も瞬時にそれに倣った。


「丁度、フェルーナにお礼が言いたいと言っていた友人が馬車の中にいるんだ。会ってくれる?」


「はい。···ご友人ですか?」


 アルキス殿下が馬車の中を覗き込むと二人の騎士様が降りてきた。


「あっ!」


 私は淑女らしからぬ言葉を発すると、二人の騎士様が優しい表情でニコリと微笑んだ。


「私は、アルキス殿下の近衛騎士を任せられているティール・ワイズと申します」


「同じくハグイック・ソベルクと申します」


···ワイズ?ワイズ公爵家の令息?

···ソベルク?ソベルク侯爵家の令息?


 白銀色の長髪を首の後ろで1つに束ねアルキス殿下と同じ深いブルーの瞳から王族の血族であることを伺えたワイズ様は、騎士様というよりは文官というような柔らかな印象を与える美男子だ。

 ソベルク様は茶色に金混じりの髪色で、美しいエメラルドのような透き通った緑色の瞳のやんちゃ風な好青年で、ニカッとした笑顔が好感度を上げる方だ。


「えーと。申し訳ございませんが、お二人共。大切なお話がありますので、ちょっとあちらに移動しましょう」


「アルキス殿下。すぐ戻りますので、お二人をお借りいたしますわ。ラングイット様とここでお待ち下さい」


 二人の騎士様を連れてラングイットとアルキス殿下から見える範囲内で声が聞こえない場所まで移動すると、私は立ち止まり彼らに声をかけた。


「突然お連れしてしまい申し訳ございません。実は、私が王城に出入りしていることをまだ夫には伝えていないのです」


「なぜ?隠していらっしゃるのですか?悪いことをしているわけではないのですから、お話された方がいいのでは?」


 ソベルク様は首を傾げたが、その問に私は首を振った。


「結婚して伯爵夫人になったことで···夫に反対されてパドリック医師の手伝いができなくなるかも知れないと懸念してのことです」


「なるほど。そういった理由でしたか。私共にとっては非常に有り難いことなので、フェルーナ様が医務局に来れなくなると、怪我をしたくなくなりますね」


「???···それより、ソベルク様の腕の傷はその後どうですか?縫い合わせたところが引きつったりしていませんか?」


「フェルーナ様、私のことはハグイックとお呼び下さい。傷は縫い合わせた跡も分からないほどになりました。不快に思うところもありません」


 騎士服の袖をまくり上げ縫合した傷を見せてくれると、縫った場所は傷跡も薄くなっていた。


「綺麗に塞がりましたね。よかったです」


「ワイズ様は、お顔の傷の具合はどうですか?」


「どうか私のこともティールと呼んでいただけますか。家を継ぐことはないので姓より名前で呼んでいただけると嬉しいです」


 長身のティール様は膝を折ると顔を私に近づけ髪をかき上げた。髪の生え際にできた傷はまだ赤みがさしている。


「ティール様はもうしばらく薬を塗り続けた方がいいと思います。薬はまだ残っていますか?」


 残りわずかだということで、パドリック医師に塗り薬を処方してもらうように告げ、薬が無くなるまで治療を続けるように話した。


 そして、残してきた二人の場所まで戻り出すとティール様に「馬に跨った騎士らに顔を見せてやって下さい」と言われて、私は馬車の前後で待機している騎士様らに視線を向けた。

 すると、私の視線に気がついた騎士様たちが一斉に手を振りだした。


 あっ!彼らは···私はすっかり忘れていたが、パドリック医師の患者のほとんどが騎士団の人たちなのだ。

 ということは、そのほとんどの騎士様たちと私は面識があるはずだ。

 この場にいる騎士様全員。私が一度は診たことがあるであろう顔が勢揃いしていたのだ。


 彼らの朗らかな雰囲気に、私はニコリと微笑みながら胸の前に手を持ってくると騎士様たちに向かって小さく手を振った。




 アルキス殿下と騎士様らと別れてから、建設中の伯爵邸まで30分くらいの距離を馬車に揺られただろう。

 ラングイットは、アルキス殿下と別れた後から機嫌がよくないらしい。別れ際に、殿下はシタリ顔を私に向けた。多分、それに関係しているのだろうか?対面に座っている彼は、両腕両足を組み顔は不愉快といわんばかりの表情で外の景色に視線を向けていた。


 伯爵邸に到着すると、ラングイットは邸の中の部屋を私に説明すると言い、一部屋一部屋を順に回る。彼の後ろをついて歩きながら一応聞いてはいたが、この邸に住む予定のない私には興味のない内容だ。


 一度ぐるりと全部の部屋を見て回り終えると、ラングイットは私に全部屋の壁紙や調度品などを決めて欲しいと言ってきた。


「フェルーナが快適に過ごせるよう、自分の好みの邸にしてもらってかまわない」


 この邸に住む予定のない私にそう言われても···とりあえず、ユリシーズ公爵家の本邸と同じ色合いなら間違えはないだろうと思い、


「でしたら、全部屋アイボリー色でいいかと思います」


「ん?全部屋?」


「はい。統一されている方が落ち着くかと思うのですが」


「なるほど、ではそうしよう」


「それと、家具などは完成してからお決めになった方がいいと思うのです」


「そうだな。調度品は完成してから一緒に選ぶとしよう」


 その後は、ほぼ完成したという庭を見て歩こうと言われ外に出た。まだ庭木しか植えていないが、花木や草花などは私の意向に沿ったものを植えようと考えているのだと、彼はここに来てようやく笑顔を見せた。


「話は変わるが、3日後に参加する学園の卒業式に向かう際に足りないものはないか?あれば、このまま王都へ立ち寄ってから帰ろう」


 ん?彼の顔が赤らんできている。


「先程も言いましたが?全て揃っていますので、大丈夫です」


「では、何か欲しいものなど一緒に見て回らないか?」


 あっ!更に耳まで赤く染まりだした。


「お気遣いありがとうございます。何も欲しいものもないので、今日はこのまま帰りましょう」


「はぁー。分かった。では、途中で昼食を食べてから邸に戻ろう」


 右手で顔を覆い俯きながらそういわれ、途中で食べても帰ってから食べても、今日はずっと彼と一緒の食事になるので腹は括ってある。


「はい」


 

 私の返事に、彼の顔を覆っていた手がゆるりと私に向かって伸ばされる。その手は私の手に重ねられるとくるりと回転し手を繋いできた。


 どうやら、手を繋ぎながら庭を散策するらしい。もう片方の手で私の腰を優しく引き寄せながら彼の隣に立たせると、目を細めて微笑みながら石畳でできた庭の小道を歩き出した。


「先ほどの湖でのことだが、貴女は騎士の方々とは仲がいいのだな。シベルク伯爵家の関係での知り合いの方々なのか?」


 繋がれた手に痛みが走った。彼は無意識に握った手に力を入れたのだ。


「いいえ。家は関係ありません。皆様とは、私個人との関係ですわ」


「個人との?」


「はい。何か問題でも?」


 私の答えた言葉に、彼の表情が歪んだ。


「いや···フェルーナの気さくな笑顔を俺は初めて見た。彼らに向けられた貴女の笑顔は、自然と内側からでた笑顔だった」


「申し訳ありません。淑女として、私が欠けていましたわ。以後気をつけます」


「そうではなくて···。では、俺の前では未だに淑女であり続けているのはなぜ?」


「·····」


「夫である俺には、仮面の下に隠された貴女の真の笑顔を見せたことがないですよね。なのに彼らには···貴女は残酷だ」


 顔を歪ませ怒りを現したかのような、それでいて苦しそうな表情で私を鋭い目つきでじっと見る彼。


「·····」


 私には、返す言葉が見つからなかった。





 帰り道、昼食を途中で済ませてから邸に戻ってきた私は、私室に入るとお茶を淹れてくれたソフィアに馬車の手配を頼んだ。


 彼女が部屋から出ていくと、急いで筆を走らせる。それを封筒に入れると、次に下着をトランクの空きスペースに詰め込んだ。


 扉を開きソフィアが戻ってきたところで、帰る時間が夕食には間に合わないので外で食事をしてくると厨房へ言伝を頼む。


 そして、書いたばかりの手紙を渡し1時間後にラングイットに渡して欲しいと言うと、彼女は首を傾げたが「わかりました」何も聞かずに受け取った。


「それと、明日から学園の卒業式が終わるまでは貴女たちをお休みにするわ」


 ゆっくり準備をするようにと言うと、ソフィアは休みは要らないと言ったが、私は首を振り卒業式には私も出席するから最高の3人の姿を見たいと返し、ルイザとマリアナにも伝えて欲しいと話す。


 そして、先ほどの手紙をラングイットに渡し終わった後で今日は下がるように言うと、彼女は厨房へと言伝を伝えに行った。


 アクセサリーを耳と首から外し、クロークルームからワンピースを取り出し着替える。靴もヒールから歩きやすいショートブーツに履き替えると、階段を下りてエントランスから邸の扉をくぐり、トランクを持って私は馬車に乗り込んだ。






 

誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

m(_ _)m

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