2ー4 ラングイット3
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申し訳ございません。
次の日から、毎朝彼女が馬車に乗って邸を出て行くところを自室の窓から確認するが、毎日どこに行っているのか聞く勇気は持てずだ。
夕食の時間は彼女が食事をするときを見計らい、彼女と顔を合わせて食事をするようにした。そこまでしないと、彼女と邸内で会うことが出来ないのだ。会話が出来る唯一の時間。不思議とそのときが1日の1番の楽しみの時間になっていった。
そして、結婚生活がひと月を過ぎた。
領地視察に時間を費やせば、いつの間にか執務室の机には大量の書類が山積みになっていた。
書類に埋もれながら処理していくが一向に減る様子もない。本来ならば伯爵夫人となったフェルーナの仕事でもあるのだが、今のところは俺と執事の手伝いで十分やっていけている。
とりあえず、伯爵家に移り住むまでに書類をどうにかするとして、家の基盤も作らなければなるまい。
そして、彼女が安心して社交会でもいられるよう、最高位の伯爵家を目指さなければ。
フェルーナとの新婚生活を満喫するのは伯爵家へ移り住んでからになるな。
そう自分に言い聞かせ、書類に筆を走らせた。
ある日、伯爵領へと出ていた俺は、夕食の時間が終わるころの時間になって邸へ戻ってきた。
邸の前では珍しく、今夜は執事以外の侍女らの姿も見受けられる。
馬車から下りたところで扉前にいるはずの護衛の姿が見られず執事に声をかけると、フェルーナの護衛として本邸まで同行させたと言う。
「今の時間に本邸へ?」
すると、昼過ぎに本邸から言伝があり公爵夫妻から呼び出されていたと言うことだった。
それを聞いて、俺は邸には入らずそのまま本邸へと向った。
本邸に着き使用人にフェルーナが何処の部屋に呼ばれているのかを確認すると、急いで応接間へと移動した。
応接間の扉をノックしようとすると、『ダンッ』と何かを叩いた音に続き「はっ?なんだそれ?」カルヴァインの怒鳴るような声が聞こえた。
尋常じゃない声にひとまず俺は、扉を少しだけ開くと中の様子を確認することにした。
「···国王陛下に願い出たのだ。貴女の父上にも約束した」
次に聞こえてきたのは父上の声だ。
「そうでしたね。私は一生寄り添って生きられる相手との婚姻を願っていました。しかし、この結婚ではそれは叶わないのです。幸せと両陛下も公爵夫妻もいいますが、幸せの形は結婚だけではありませんわ」
父上の言葉にフェルーナが冷ややかな声音で返事をすると、カルヴァインは笑い出し馬鹿にするような口振りで彼女に告げた。
「ハハッ。何をいっているのですか?残り二ヶ月の間に子を授かるかも知れない。それに王命での結婚だったにもかかわらず、離婚となれば貴女の次の嫁ぎ先まで閉ざされます」
その内容に俺は驚愕した。
『離婚?』は?意味が分からない。
「私とラングイット様は白い結婚生活ですの···ですから、同衾しておりません」
彼女は自信満々にそう言葉を返した。
もしや、彼女がそれを望んでいた?なぜだ?最近は顔を合わせてもニコリと微笑んでくれるし、喧嘩もしていない。なぜ?
「それに後者の件ですが、実家に戻るつもりはありません。平民となり国外へ出ますので心配していただかなくても大丈夫ですわ」
その後で彼女がいった言葉は離婚後のことだった。先まで考えていたなんて。なぜだ?
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!同衾していない?一度も?」
「えぇ。もしかして、ラングイット様が私のことが大嫌いなのをカルヴァイン樣はご存知なかったのですか?···まさか?公爵様も知らなかったのですか?」
は?
え?
俺が彼女のことが大嫌い?
どうしてそうなる?
は?
なぜだ?
俺はこんなにも貴女に惹かれているのに
父上が「この話は煮詰めてからまた後日に」といったところで、フェルーナが席を立った。
俺は慌てて隣のゲストルームへ移動し、彼女が去ってから応接間の扉を開いた。
そこには、両親と兄が俯いて何やら話している姿があった。
「今の話はどういうことですか?」
心臓が鳴り止まぬ内に自分の口から出た言葉は、怒りを孕んだドスの効いた声音だった。
すると、カルヴァインが扉前にいる俺のところまでくると胸ぐらを掴んできた。
「ラングイット。ちょうど良かった。お前に聞きたいことがある」
怒っているのは俺なのに、カルヴァインは鋭い眼光で俺を見据えてきた。
「お前が好きな女は誰だ」
「は?いきなりなんだ?」
「いいから応えろ。聞き方を変えるが、フェルーナ嬢のことは好きか?嫌いか?嘘をつくなよ。お前が発した言葉により、今からお前の未来が決まるからな」
は?
未来?
何いってんだ?
カルヴァインの真剣な眼差しが何かを語っているようで、先程の盗み聞きをしたフェルーナとの『離婚』という言葉が思いだされた。
「好きな女?···フェルーナだ。好きか?嫌いか?などと、どういうことだ?彼女は私の妻だ。誰にも···カルヴァインには渡さない」
「···愛しているのか?」
「当たり前だろう」
「リリアンヌのことは?どう思っているんだ?好きか?嫌いか?」
「は?リリアンヌ?俺はリリアンヌのことなど何とも思っていないが?」
俺の返答に、食って掛かってきたのは父上だった。
「この、バカモン!」
は?意味が分からない。
俺が呆けていると父上と母上が何やら言い合っていたが、それを横目にカルヴァインが口火を切った。
「実は、ラングイットとフェルーナ嬢の結婚は、ユリシーズ公爵家が勝戦の褒賞の代わりに国王陛下に願い出たことだ」
「褒賞の代わりに?···どういうことだ?」
俺の疑問に応えたのは父上だった。いつもの威厳ある風格の公爵当主という皮を剥いだかのような父上を見たのは、これときが初めてだった。
そしてこの後、俺は父上の話に耳を疑った。
ことの始まりは、ユリシーズ公爵家でリリアンヌを保護したことだった。そもそも、うちで彼女を保護することになったのは王命だったからだという。
ユリシーズ公爵夫妻が葬儀に参列した際の話を聞いて、国王陛下が動いたのだ。
なぜなら、この国に現れる聖女は、桃色の髪に藤色の瞳を持つ乙女なのだとか。この事実は、王城にある封印された書物にしか載っていないということだった。
聖女は、聖女となる聖属性魔法を唯一持てる器の人間で、魔法は己の中に与えられたもの。
火、水、土、氷、風、闇、光の属性は精霊が与えてくれるが、唯一神が与える属性魔法が聖だ。
しかし、同時に神は試練をも与えた。神の与える試練とは、誘惑である。結果、試練に打ち勝てば、聖女となり聖魔法を取得できるが、誘惑に負けてしまうとアンチ魔法「悪」の属性となってしまう。
そのため、魔力の強い公爵家に迎えることで、彼女のことを観察することになったらしい。
そこに思いもよらぬことが起こった。俺が闇属性の使い手で、まだ魔力が少なかったためにリリアンヌのだだ漏れている魅了に抗えなくなっていたということだった。
闇と光の属性保持者は大変珍しい。しかし、その分魔力の成長も遅い。
リリアンヌは、神の試練を乗り越えられずに乙女を失ってしまった。いや、己の欲望が強すぎたのだ。このままでは、俺がリリアンヌの悪の奴隷になってしまうと悩んだという。闇と悪は相性がいいからだ。
それを掻き消すことが出来るのが光だ。フェルーナの強力な光の魔力により、俺の成長途中の闇を掻き消すことは安易に出来る。
フェルーナは、学園を卒業するころには魔力成長をほぼ終えていた。彼女は子供の頃から好奇心が旺盛で、学園に入学すると薬学を学び人との触れ合いを重視し行動していたからだ。それが自身の光属性の成長を促していた。
つまり、ユリシーズ公爵家はリリアンヌの『悪』に引っ張られはじめた俺を救うために『光』のフェルーナとの結婚を望んだのだ。
終始無言で、長い間父上の顔を見ながら話を聞いていた。
どうして俺が彼女の伴侶に?王命が言い渡されたときの疑問が脳裏によぎる。
違ったのだ。俺が彼女の伴侶に選ばれたわけではなく、彼女が俺の伴侶に選ばれたのだった。
「···フェルーナは、このことをいつ知ったのですか?」
首を左右に振りながらカルヴァインは苦笑いをすると、残念そうな表情を浮かべた。
「結婚式の2日後だ。夕食時に彼女が倒れた日を覚えているか?あのとき、ラングイットと口論になったとソフィアから聞いたよ。そして彼女は魔力暴走を起こしたんだ」
強大な魔力を感じ、父上とカルヴァインは別邸へと急いだ。魔力暴走を無意識に自身で食い止めるという偉業を成し得た彼女は、命の火が消える寸前だった。
即座に父上は出来る限りの魔力を注いだが膨大な魔力保持者の彼女には全く足りず、続けてカルヴァインが代わるがまだ足りず、公爵家で最上級の魔力を持つ母上が、命からがらギリギリまで魔力を注いだところで彼女を死の淵から戻せたという。
そして、瞼を開いた彼女がカルヴァインに聞いたのは俺の魔法属性だった。彼女はとても聡い人で、そこから己の頭のなかだけで瞬時に全てを悟ったらしい。
「ラングイット。ごめんな。俺、フェルーナ嬢が生死を彷徨った直ぐ後で、彼女を壊れるくらい泣かせてしまった」
彼女は、それがここに嫁ぐことになった理由だったのかと言った後、一生寄り添って幸せになりたいだなんて、なんて滑稽だったのだろうと顔を歪ませたという。
そして、生気を亡くしたような顔で、俺が正気に戻るまではこのままでいるが、その後は自由にさせてほしいと――。
カルヴァインはその日から彼女と視線を合わせたことがないらしく、あの後で今日初めて「目を合わせてくれたよ」と俯きながら苦笑いを浮かべた。
そして、その話の続きが今夜だったのだ。
彼女は自由にさせてほしいといった内容を明確にしてきたのだった。
そして最後に言っていたのは、俺が彼女を大嫌いだということだった。···彼女が俺を大嫌いではない。
「分かった。ここからは、俺に任せてくれ。夫婦の問題なのに、当の本人が何も知らなかったなんて笑えるよな」
俺は···自分のことしか考えていなかった。
···俺も大概だな。
邸に戻ると、エントランスの階段を下りてくるソフィアに出くわした。
「今日は帰りがずいぶん遅かったのね。フェルーナ様、今夜はもう寝ちゃったわよ」
「そうか。なぁ、ソフィア。フェルーナは俺のことを嫌っているのかな?」
「突然どうしたの?嫌いな人とは、一緒に食事もしないと思うわ」
そう言って、ソフィアは首を傾げた。
ソフィアと別れ私室へと戻り入浴を済ませると、今日の知り得た膨大な情報に今更困惑しだした。
しかし、色々なことを思い出してみれば···
俺が学園を卒業すると同時に別邸を使用するようにと、父上に言われたのも?
「伯爵邸が完成するまでの2年間なら、完成するまでこのまま本邸でもいいのではないでしょうか?」
その問に父上は「駄目だ」と半ば強制的に決まったのだった。
どう考えても不可解だった。
別邸は敷地内にあるのに護衛まで何人も付けて、公爵家としてではなく伯爵家の使用人としての責務も教えられていた。
そして、公爵夫妻、兄、リリアンヌ、使用人。別邸には何事か無い限り伯爵家に属する以外の全ての出入りを禁止にしたのだ。
しかし、今更過去を振り返ったところでだ。もう既に···今、俺の隣にはフェルーナがいる。
俺はまだ、彼女に愛していると伝えていない。彼女が俺の前からいなくなるなんて、考えてもみなかった。
いい歳して、恥ずかしがってる場合じゃない。このままでは、いずれ彼女はいなくなる。そんなの···絶対に許さない。
その思いに俺の体の中の魔力が一気に暴れ出したのが分かった。魔力が体から漏れ出るのを抑え込み、体内で無理矢理だったがゆっくり循環させる。すると魔力は次第に穏やかになっていき、その後で定着した。それと同時に、自分の体の中が膨大な魔力で満たされた。
「急成長か···」自分でも分かった。俺は、最大限に達したのだ。そして、それが自分自身の自信へと繋がり束縛されていた鎖のようなものが外れた。自分の中で闇が満たされると同時に目から涙が溢れ出た。
毎晩のルーティンになってしまった夜中のフェルーナの寝顔観察。扉を開ける前に一度深呼吸をし、彼女の元へと歩を進める。
彼女はいつもの様に既に眠りについていた。
彼女に俺は、心の中で誓いをたてる。
『これからは貴女と共に』
彼女の額に唇を落とす。一度彼女に触れたことで、それでは足りない思いが溢れてくる。次に頬へともう一度。
名残り惜しいが、最後に頭をひと撫でしてから私室へと戻った。
次回、侍女のソフィア編になります。