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1ー1 散々な日

お読み下さりありがとうございます。

誤字脱字、申し訳ありません。





···どうして?

  ここまで私が毛嫌いされるなんて?



 今から結婚式だというのに、これから一緒に神に愛を誓い合うはずの彼は不満そうな表情で目の前にある扉を睨んでいる。


 入場の時間になり、彼は扉から目を離さずに腕を差し出してきた。


 私は差し出された彼の腕に自分の腕を絡めた。


 彼の眉がピクリと動き、更に不快が増したのだと分かった。


 そして彼は、こちらを振り向きもせず言葉を発するのも面倒臭いというかのように口を開いた。


「この結婚は王命だから···と思っている」


 氷のような冷たい表情、冷たい口調で発せられた言葉に、これからの結婚生活が前途多難なことになると私は悟った。



◇◇◇



 そう、この結婚は王命であった。


 数日前に隣国との戦争が勝利で終戦し、それを祝って開かれた武勲祭でのことだ。


 勝利に導いた頭脳を讃えられたユリシーズ公爵家と、前線に立つ騎士団長として功績を収めた父シベルク伯爵家は非常に仲が悪い。


 両家は毎回些細なことで口論になることもしょっちゅうだった。


 しかし、今回の勝利が難しいと思われた戦いに悪手となりうるかと思いながらも国王陛下は、頭脳派のユリシーズと肉体派のシベルクにこの戦争を託した。


 そして勝利。タッグを組ませたことにより、あれよあれよという間に終戦に至った。


 色々な思惑があるのだろう。国王陛下は武勲祭でこの両家に王命を下したのだ。



「ユリシーズ公爵令息ラングイットとシベルク伯爵令嬢フェルーナの結婚を王命とする」



 国王陛下の言葉に、その場に居た誰もが驚愕しただろう。


 名前を呼ばれた私も、降って湧いたような突然の縁談に驚く余裕もなかった。



◇◇◇



 扉が開かれると、ありふれた結婚式の光景のようだが···敵対している家門が教会の屋根の下に集まったからといって祝福している様子はない。


 同時に、こちらを見る大勢の視線は、この場に居ることがとても不快だと言わんばかりの表情に見えた。


 その中で、一番不快に思っているのは多分新郎だろう。彼の氷のような冷たい対応に私の息まで凍りついたようで、ため息さえも出てこない。


 誓いのキスが省かれた結婚式が終わると、彼は馬車の中でもこちらを見向きもせず終始無言で披露宴会場へと移動した。


 披露宴会場へ二人で入場し、出席して下さった方たちに挨拶をし終えると、彼は私の手を払うかのようにしてユリシーズ公爵家が集う方へと向かっていった。


『···はぁー。出だしからこんなんじゃ、先が思いやられるわ』


 独りごちた後で、名前を呼ばれ振り返る。


「フェルーナ!」


「アルキス兄様···あっ、アルキス殿下」


 鮮やかな金髪に深いブルーの瞳の彼は、この国の第一王子アルキス殿下だ。


 子供の頃から王城へ行っていた私を、妹のように可愛がってくれている。


 子供の頃はわんぱくだった第二王子のサイラスが授業をサボる度に私を連れ回すと、いつも彼が迎えにきてくれた。といっても、迎えにきた彼も一緒になって遊んでしまうので3人でいつも王妃様に叱られていたのだが。


 今では遊び回る事はなくなったが、二人とは時折一緒にお茶の時間を楽しんでいる。優しい兄のような存在だ。


「兄様のままでいいのに。どうして一人でいるんだい?新郎はどこに行ったんだ」


 首を右に動かしてユリシーズ公爵家がいる場所に視線を向けると、アルキス殿下もそちらに顔を向け呆れたような表情を浮かべた。

 その後で、彼は私の手を取った。


「フェルーナ。母上に君を呼んでくるように言われたのだが···。フッ···顔が真っ赤だぞ」


 それもそのはず。私達の周りにいる誰もが第一王子の行動に驚いていた。

 繋がれた手は、恋人繋ぎと言われている繋ぎ方だ。


「と、とりあえず、王妃様のところまで連れていって下さい」


「では、お姫様。参りましょうか」


 何食わぬ顔のアルキス殿下は貴族らをかき分けながら会場内を進む。そして、王妃様の元に付いたときには、私は羞恥の感情が最高峰に達し全身汗でビッショリになった。


「フェルーナ、とっても綺麗よ」


 王妃様は柔らかく微笑むと私の手をとった。その後で隣の席へ座るように促された。


「改めて、結婚おめでとう。貴女の花嫁姿を見ることができて、とても嬉しいわ」


 王妃様は、大貴族が集まるこの日に私との一番の思い出の品のアクセサリーを付けてきてくれていた。そう、私がデザインしたものだ。

 胸元にあるネックレスと耳を飾るイヤリングを触りながら一段と柔らかな表情をした母のような微笑みに、私は涙が溢れ肩が震えた。


「祝って下さり、ありがとうございます」


 その様子に、王妃様は私の肩を引き寄せ自分の肩にもたれかけさせた。


『フェルーナ。そのまま聞きなさい』


 王妃様は優しく小声でそう言うと、更にとても小さな声で呟くように言う。


 私は、次に言われたその言葉に衝撃を受けると同時に頭が混乱した。


 王妃様との話が終わるころ、実兄のアレン兄様が王家の席まで私を迎えに来た。

 私と同じ紅茶色の長髪に蜂蜜色に緑がかった瞳は、目を細め柔らかな表情を浮かべている。いつも優しい彼は、私の自慢の兄様だ。



「学園時代の友人らが、フェルーナが来るのを首を長くして待っているよ」


 私はアレン兄様の手をとり、王妃様の元から友人らが待っている場所へと移動した。



「今日は、来てくれてありがとう。みんなと会えて嬉しいわ」


 扇を開き、何やらヒソヒソ話をしている友人らに後ろから声をかけた。


 みんな扇を閉じると満面の笑みを向け、祝いの言葉をかけてくれた。しかし、何だか様子がおかしい。


 開口一番に口を開いたのは、マディリアル候爵令嬢のミライ様だった。赤茶色の髪に流行りの珊瑚の髪飾りを刺し、丸い深緑の瞳を私に向けた。


「フェルーナ様、あちらをご覧になって下さいますか?」


 ミライ様が示した先は、ユリシーズ公爵家が着席しているテーブルだった。


 そこには、一人だけユリシーズ公爵家の色を纏っていない桃色の髪に藤色の瞳をした令嬢がいて、微笑みながら食事をしている様子が伺えた。


「あの桃色の髪の令嬢をご存知ですか?」


 続けて、険しい表情をしたリングニン伯爵令嬢のアデリーン様に尋ねられる。


 桃色の髪の令嬢は、多分父様から聞いていた令嬢だろう。ユリシーズ公爵家には、保護している令嬢がいるといっていたような。


 そして、王城へ両陛下に呼ばれた際にラングイット様から告げられた「桃色の髪に藤色の瞳·····」彼の思い人であろう人物。


「私も、今日初めてのお会いしましたが、3年くらい前からユリシーズ公爵家が保護している令嬢が、珍しい桃色の髪をしていると父様から伺っておりますが」


「その理由をフェルーナ様は存じ上げていらっしゃいます?」


 タナトゥス候爵令嬢のナタリー様はいつもの可愛らしい表情とは違い、絹のような白銀の髪を耳にかけると眉間にシワを寄せて厳しい表情を浮かべながら青い瞳を曇らせた。


 ユリシーズ公爵家のことを何も知らない私は「いいえ」と首を左右に振ると、友人らは更に険しい表情になる。


 すると、ルヴェンデン公爵令嬢のガーネット様が澄んだ紅色の瞳を見開き、扇を開いて口元を隠した。


『聖女候補ですわ』


 ガーネット様の話は続く。


『学園で最終学年のかの方は一般科にて勉学に励んでいらっしゃるそうです。しかし、風紀を乱しているみたいですわ。彼女を取り巻く男性の中には、すでに婚約者様と婚約解消をされた方がいらっしゃるとお聞きしています』


『私も、聞いていますわ。元男爵令嬢だったとしても貴族教育を受けているはずですのに、基本的な挨拶も出来ないのだと···。更に、男性には体を密着させて会話を楽しんでいらっしゃるとか···。弟は特別科に在学しているので、その令嬢とは話をしたことがないといっていますが···名は確か、リリアンヌ様とお聞きしましたわ』


 アデリーン様は、夕陽色のオレンジの髪をふわりと揺らし首を上下に振り、弟が学園に通っているという彼女の、紅茶色の瞳の奥に不安の色が漂っている。


 友人らが話す内容に私は驚愕した。


『最高学年の一般科の令息令嬢らの婚約解消の話は、私もお聞きしています。申し出は、全て令嬢の方からだとお聞きしましたわ。低学年ならまだしも、高学年になってからの解消など···その後が大変でしょうに』


 ナタリー様は、彼女付きの侍女が専攻科に在学しているが、侍女の婚約者様が学園の一般科に通っているのだと心配を露わにした後、私に残念そうな瞳を向けた。


『フェルーナ様、気をつけた方がいいですわ。ほら、見て下さい···距離が近すぎますわ。私は、ラングイット様のあの様なお顔を見たことがありません』


 ガーネット様の艶のある金の髪が揺れると同時に、私に向けられた言葉にもう一度ユリシーズ公爵家のいるテーブルに視線を向ければ、ラングイット様は聖女候補だという令嬢と寄り添い蕩けるような瞳で彼女を見ていた。


「気をつけようもないのです。理由はわからないのですが、私は嫌われていますから」


 ラングイット様から視線を逸らさずそう言うと、4人の令嬢は貴族の結婚とは···を知り尽くした友人なだけあり、一斉にため息を吐いた。


 友人らが話す内容にユリシーズ公爵家へと嫁いだ私は、王命だったからといって軽率に結婚を受け入れてしまったことを今更ながらに後悔したのだ。



 披露宴も中盤がすぎると、ラングイット様は不機嫌そうな表情を浮かべて私たちのところへやってきた。


「そろそろ貴女は邸へ戻っていい」


 それだけを告げて踵を返すラングイット様に、友人たちは待ったをかけた。


 そして、貴族令嬢であるはずの彼女たちが感情を隠すことなく彼を非難し始めた。


「ラングイット様。お伝えしたいことがございます。フェルーナ様もまた貴方と同じ、王命で結婚したのですわ。ご自分だけが被害者だとでもお思いですか?羨ましいわ···ご自分のことだけしか考えなくていいだなんて、ご両親の教えは素晴らしいですわ――」


 先頭を切ったのは、ルヴェンデン公爵令嬢のガーネット様だ。マディリアル候爵令嬢のミライ様も後に続いた。


「フェルーナ様が可哀想過ぎます。今の命令のような口調もどうかと思いますわ。夫婦は対ですのよ。どちらが偉いとかではありませんわ。もしかして?公爵家では、夫の方が偉いとの教えなのですか」


「公爵令息であるラングイット様の言動には、呆れました。ご自分の披露宴の席で新婦を前に···。最低限のマナーは必要ですわ。公爵家の席でのことなのに、目の前の席でご覧になっているご両親からのお咎めもないみたいでしたが、そちらの公爵家は変わった教育方針をされていますのね」


「出席している貴族らの前で、はしたないですわ。婚姻前から愛人がいたかのようで···。ラングイット様が、新郎ではなくて男娼のように振る舞っている姿が印象的でした。皆さんの目には、この披露宴がどう写っていたのでしょう。ナタリー様と同様に、私もユリシーズ公爵家ではどのような教育が成されているのかお聞きしたいですわ」


 公爵令息を相手に、伯爵令嬢のアデリーン様までもが彼を責め咎めた。


 最後にルヴェンデン公爵令嬢のガーネット様が見下したように微笑みながら「今後の家同士の付き合い方に、支障が出ないとよろしいのですが···」とガツンと一言。


·····カッコいい!

   私もそちら側に行きたいです。



 そう思うが、支障が出ないようにしていただきたい。だって、私はこちら側に来てしまったのだから。


 友人らは言いたいことだけいうと、ラングイット様に背を向けた。そして、フェルーナ様が退席するなら私達もといい、最後に心配そうな表情を浮かべると披露宴会場を後にした。


·····あぁーいいなぁー

  みんなと一緒にこの場から去りたいよ



 ラングイット様は、顔を真っ赤にし拳を震わせながら彼女らを見送ると、踵を返し会場内へ戻っていく。


 王家主催に近いこの披露宴。彼女たちは、家に帰ると今日の出来事などを当主に報告する。高位貴族の令嬢らの言動に、ユリシーズ公爵家はどう対応するのだろうか。この成り行きを見ていた貴族らは、興味津々だっただろう。


 これから始まる結婚生活を思い描くと私は深いため息を吐き、彼の後ろ姿を横目に会場の扉を後にした。





 会場の扉をくぐると、扉の外で一人の侍女が立っていた。


「きょ、今日からフェルーナ様付きの侍女を仰せつかりました、ソフィアと申します」


 彼女は、茶色の髪を1つに束ね大きく見開いた緑の瞳から今にも涙がこぼれそうなくらい瞳を潤わせていた。


「では、ソフィアとお呼びしますね。·····不本意でしょうが、これから宜しくお願いいたしますわ」


 ソフィアに連れられて今夜から私室になる部屋に来ると、私は部屋の広さに驚いた。


「とても広いわ!素敵なお部屋ね」


 アイボリー色を基調とした上品な部屋は、扉から左壁面には暖炉がありその前には高級なソファーが鎮座していた。奥には鏡台、本棚等が並んで配置されていて更に奥の扉を開くと浴室がある。入口から向かって右側にクロークルーム。その奥には大きな天蓋付きのベッド。ベッドの向こう側にある扉は主寝室への扉になっていると言われたが、私にはそこは関係のない部屋になるため見なくていいだろう。


 しばらく部屋を散策した後で部屋着に着替えようとすると、ソフィアに先に入浴を勧められた。


 浴室の扉を開くと、バスタブに浮かぶ色とりどりの薔薇の花びらに心が弾む。


「カラフルで可愛らしいわ。仄かに香る薔薇の香りも素敵ね。今日一日で一番嬉しい出来事だわ」


 結婚式の日の一番が入浴だなんて、ポロリと口をすべらせてしまった後でソフィアをチラリと見ると、彼女は私を見つめて瞳を潤わせていた。


 やはり、シベルク伯爵家の人間は受け入れづらいのだろうか。


「私付きの侍女に不本意に決められたのでしょうから、私から侍女を変えてもらえるように話してみるわ。だから安心してね」


「え?いいえ、不本意なんかではありません。このままフェルーナ様の侍女でいさせてください」


 今にも泣きだしそうなソフィアに声をかけると、このまま続けたいと言ってくれた。


 聞けば、この薔薇を用意したことを私が喜んだことが嬉しかったのだと言う。

 ユリシーズ公爵家の本邸にある薔薇園にて、私付きの侍女ら3人で咲き誇った花を選んできたのだといいほんのりと頬を染めながら愛らしく語った。


 それと、ここは本邸の西側にある別邸で主人は私とラングイットの二人だけになるので、本邸に住んでいるユリシーズ公爵家の人達とは、こちらで会うことはないとのことだ。


「フェルーナ様に喜んでいただけて、光栄です。ファン冥利に尽きますわ」


「えーと···、ソフィアは無理矢理私付きの侍女にされたのでは?」


 すると、彼女は泡のついた手を大きく左右に振り慌てたように言葉を発した。


「え?ち、違いますわ!私は、立候補してフェルーナ様の侍女になったのです。ファンクラブ会員として当たり前ですが·····」


·····ファンクラブ?



 話についていけず私は首を傾ける。


 ソフィアが言うには、私がまだ学園に在学中のときからファンクラブがあったらしい。その中の4大FCが、候爵令嬢のアイリーン様とユリアンヌ様、伯爵令嬢のマリアージュ様、最後が私のFCだと熱弁し始めた。


「私はフェルーナ様のFC会員です。王命とはいえフェルーナ様がユリシーズ公爵家に嫁いでくると知ったときは、胸が高鳴りましたわ」


 どこを見て話しているのか?天井を仰いで瞳を更に潤わせ始めた。その後で私に視線を戻して彼女は力説した。


「フェルーナ様!ユリシーズ公爵家に嫁いで来たのは運命ですわ!私ソフィアとルイザ、マリアナは、どんなときでもフェルーナ様の味方ですわ!何でも聞いて下さいね。ずっとお側にいさせていただきます」


 ちなみに私付きの侍女は3人で、ソフィアはユリシーズ公爵家の分家にあたるロイド子爵令嬢。万年無表情だというルイザはマルグリット伯爵令嬢。話出したら止まらないのがタラトゥス子爵令嬢のマリアナだということだ。


 二人は、披露宴で給仕の手伝いに行っているため紹介できるのは明日になりますと、嬉しそうに鼻を鳴らしながら、今度は私の体に優しくオイルを塗り始めた。


「そうなの?嬉しいわ。では、私はこちらに来たばかりで初めてお会いする方しかおりません。できれば、侍女の皆さんには同じ学園出身者ということで友人のように接して下さると嬉しいのですが」


「分かりました。フェルーナ様は、やっぱり尊いお方ですね。ムフフ!」


 髪を乾かして部屋着に着替えると、ソフィアが軽食を用意してくれた。


 小さなサンドイッチだが、ボリュームがありお腹が満たされた。


 その後で、彼女が淹れたてのお茶をテーブルに置くと私はそれを口へ運んだ。


 爽やかの中に薄っすら甘みがあるハーブティーだ。


「リラックスできるように、安眠効果のあるカモミールにフレッシュミントをブレンドしてみました」 


「美味しいわ!全身に染み渡って、強張っていた体が解放された感じよ。毎日飲みたいわ!また、お願いしてもいいかしら?」


 彼女は、目を細め柔らかな笑みを浮かべてコクリと頷いた。


 ずっと気を張っていたのだろう、ハーブティーを飲むと心と身体がゆったりとしてきた。そうして、目まぐるしかった今日一日のできごとを思い出す。その中でも衝撃的だったのが王妃様の内緒話だ。


『この結婚は、ユリシーズ公爵が国王陛下に願い出たものなの。公爵は、フェルーナのことを大事にすることを約束したわ』


···どうして私だったのだろう

···理由が分からないわ



 今は、それしか言えないと王妃様は言っていた。

 国王陛下と約束したということは、公爵様は私を悪いようには扱わないだろう。

 しかし、箝口令が敷かれていると言っていたのが気になる。


 まぁ、私が考えたところで自分ではどうにもならないことだろうが――。


 最後に言われたのは『結婚してもいつものように貴女らしく生きて行きなさい』だった。


···私らしく···か···



 だんだんと体がポカポカ温まり、瞼が何度も閉じようとしてきた。


「あぁー、フェルーナ様!まだ寝ちゃダメです!とりあえず、着替えましょう」


 急いでソフィアが用意した寝間着は···スケスケで風邪を引きそうなくらいだ。


「こ、これは···無理。絶対無理です。私が伯爵邸から持ってきた寝間着にして下さい」


 すると彼女は愛らしく「喜んでくれると思ったのにぃー」などとブツクサ言いながら私の荷物を漁った。


「ありました!···こ、これで寝られるのですか?」


 信じられない物を見たかのような表情で、私の寝間着を持ってきた。


「ふふっ、そうよ。寝るときは、いつもパンツスタイルの寝間着にしてるの」


 寝間着に着替えてベッドへ向かうと、またしてもソフィアに止められた。


「まだ寝ちゃダメです!ラングイット様がこちらに来るまで寝るのを我慢して下さい」


 ソファーに戻り、もう一杯のハーブティーを出されたが、来るはずのない人を待っていたら徹夜になってしまうのでは?と思う。


「ソフィア···少しだけ···すぐ起きるから···ラングイット様が···来たら起こしてくれる···か···しら···」


 横になったのが悪かった。眠さには勝てそうにない私は、そのまま瞼が下がり睡魔によって夢の中へと落ちていった。




◇◆◇◆◇




『コンッ、コンッ』


 フェルーナ様がソファーで寝落ちしてしまったので、テーブルの上にあるティーカップを音を出さないように片付け始めた。

 すると、部屋の扉からノック音が鳴った。


·····あれ?

  ラングイットの奴、主寝室のドアから

  入ってくるはずなのに?


 そう思いながら静かに部屋の扉を開けると、そこにいた人物に驚いた。


「カルヴァイン様?···どうかされましたか?」 


 カルヴァインは、ユリシーズ公爵家の長男でラングイットの兄だ。


 黒い短髪に鮮やかな碧眼でニコリとソフィアに微笑みかけると、彼はとんでもないことを口にした。


「ラングイットの代わりに来たんだよ。ソフィアは、退室してくれていいよ」


 そういって、カルヴァインは部屋に足を踏み入れようとした。


 私は、両手で彼の胸を押して入室することを拒んだ。


「·····私はラングイット様が入室するまでの間は、こちらに居るようにとご本人様から言い付かっておりますので、退室できかねますが――」


 見目は良いが、彼の腹黒さは熟知している。今、フェルーナ様を守れるのは私だけだと自分を奮い立たせ、ありったけの睨みを利かせる。


「それに、カルヴァイン様が入室されるということはリリアンヌ様に対して不実を働くことになります」


「チッ···いいから早く退け。お前は誰に雇われているんだっけ?ラングイットじゃなくて、ユリシーズ公爵に雇われていることを忘れていないかい?次期公爵になる俺の言うことを聞けないなら·····ラ、ラングイット!」


 振り返ると、ベッド脇からガウン姿のラングイットが現れた。主寝室の扉から入室してきたのだろう。


「·····カルヴァイン?別邸まで来て、何かあったのか?」


 ラングイットの登場に、大きく目を見開いたカルヴァインはひとつ溜息を吐くと首を振った。


「いや、何もない。ただ、義理の妹になった彼女の公爵邸での初めての夜にオヤスミの挨拶をしにきただけだよ」

「といっても、義妹殿は夫を待たずに寝ているみたいだけど·····義務を果たすつもりもないんだろうな·····では、私は帰るよ」


 カルヴァインは、鼻で笑うかのように言うだけ言うと踵を返して去っていった。


「ソフィア、遅くなってすまなかったな。明日も早起きなんだろう?上がっていいぞ」


 胸の前で腕を組みながら、ラングイットが私を見下ろした。


「ラングイット。カルヴァインがここに来た理由を私に聞かなくてもいいの?どういう話をしていたのか聞かなくてもいいの?」


「······」


「もういいわ。フェルーナ様は私達侍女3人で守るから――」


 そして私はラングイットの言葉を待たずに扉を出た。


 鋭い視線でカルヴァインを見た後、辛そうな表情でフェルーナ様のことを見た彼は、その後で今にも泣き出しそうな表情に変わっていたから。







予定では、30話くらいまでの

長編でお届けしたいと思っています。


宜しくお願いいたします。

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