第二話:戻る姿と、深い傷
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血の気が引き、眩暈がコヨミの意識を乱れさせる。ふらつく身体を支えきれず、自らの血で作られた溜まりの中にコヨミはべしゃりと座り込んだ。
「コヨミ、苦しいよね、痛いよね。あーしがもっと、可愛がってあげるね?」
逆転した立場を嘲笑うかのようにチギリがニタニタと見下ろす。ぐちゅり、じゅぶりと粘い水音を立てながら触手が蠢き、絡まりくねりながらコヨミに近付いた。
「ひ、ぐ……あがあっ、やめ、やめ……いやあ、あああ!?」
腹を突き破る一番太い触手はそのままに、他の触手達が美麗な戦乙女の四肢を束縛してゆく。嫌悪感と痛みと屈辱がない交ぜになって、ぐちゃぐちゃの脳でコヨミは悲鳴を垂れ流すしか為す術が無い。
緊縛された身体が無理矢理に開かれ、四肢を伸ばされて床へと仰向けに大の字に張り付けられる。
「ああ、コヨミ、いいカッコ」
「こんな、事をして、何を……う、うう……んくっ、あ、ああ……変だ、私の身体が、痛くないどころか、熱くて、おかし……」
眼鏡越しに睨むコヨミの瞳が、自らの身に起きつつある変化に戸惑いの色を浮かべる。
不意に脳を焼き尽くす程の激痛がすっと治まり、代わりに身体全体が熱く火照り始めたのだ。血を失ってかじかむ程に冷えていた身体が強制的に熱を持ち始めたさまは異様と言う他無かった。
「ああ、やっと効き始めたんだね。さっきまでは霊気で身体も守られてたのかな」
チギリが血に濡れるのも構わずに血溜まりに膝を突き、コヨミに覆い被さった。身体を動かせず表情だけを歪めるコヨミの頬を両手で包み、笑む唇を寄せて睦言のように囁く。
「どう、あーしの媚薬。痛みも苦しみも全部消えて、キモチイイ事だけ感じ取れるの。凄いでしょ?」
「そんな、穢らわしい、モノ……く、うっ、あああ……」
「我慢しないでよ。ね、一緒に楽しも? それともコヨミはいじめられる方がやっぱり好き?」
言葉と共にコヨミに突き立ったままの触手が蠢き始める。先程までは余りの激痛にその触手が何処から突き刺されたものか分かってはいなかったのだが、痛みが消えた今ならはっきりと、そうはっきりと理解出来てしまう。
その触手は、股から突き入れられていた。コヨミの女として一番大切な部分。それが無理矢理に押し広げられぐちゃぐちゃに引き裂かれ、筋肉も内臓も破壊されてなお、触手に弄ばれているのだ。
触手が蠢く度にズタズタに破壊され見る影も無くなった両腿の間と開いた腹の傷から、ぐちゅり、じゅぶりと血と、引き千切られた肉片と、潰され無残な内臓と、尿と糞便が掻き混ぜられた粘く赤黒く汚らしいシチューめいた物体が溢れ出し続けている。
その感触を、触手に内臓が潰され、肉や繊維が千切られ、排泄物が流れ混ぜられ、血がどくんと溢れ、そして触手に体内を擦られるおぞましい感触を、ただただ強引に一切の容赦も無く感知させられて、コヨミは全身を汗で濡らし一本の指すらも動かせぬままに享受し唇を噛むしか、息を吐くしか無かったのだ。
既にコヨミの全身から発せられていた霊気は失われ、その姿は美しい戦乙女ではなく、ぼろぼろのスーツを辛うじて纏っているただの女へと変貌していた。
「ああコヨミ、コヨミはやっぱりいじめられると輝くね! 可愛い! ボロボロのコヨミはやっぱり、ううん想像以上に可愛い! あーし、興奮が止まらない!」
怖気と怒りと強制的な興奮に頬を全身を紅潮させるコヨミに舌なめずりをし、チギリが笑う。唇を食み、耳朶を囓り、頬を舐め、そしてチギリは歌うように囁いた。
「ねえ教えてコヨミ? 昔コヨミを穢した奴らに、コヨミはどんな風に弄ばれたの? コヨミはどんな風に殺したの? 憎い男達をどんな風に地獄へ堕としたの? あーしに教えてよ」
覗き込まれたコヨミの瞳が大きく見開かれる。唇が震え、レンズに曇る焦点が彷徨う。
「な、んで、そんな事……知って、あ、ああ」
「あーしはコヨミの事、何でも知ってるんだよ? データにある事は勿論、それ以外も調べられる事はぜーんぶ調べたの。でもね、調べても分からない事もあってさ、だからコヨミから直接訊きたいなって」
「知、られ……てる、の」
必死で抑えていたであろうコヨミの感情が、決壊する。端正な顔がくしゃりと歪み、瞳には涙が滲み始める。
それはコヨミの、最も弱い部分。心の一番柔らかい部分。
必死で押し殺し隠し、誰にも触れさせず、ようやく血が止まりかさぶたが覆い、それでもじくじくと膿み液を漏れさせ、だから一番奥底に仕舞い込んだ心の傷。
そこに、チギリは笑いながら、容赦無く爪を立てる。
必死で隠した傷跡を暴き、薄いかさぶたを裂き、掻き毟り膿と血を溢れさせる。力を込めて絞り出す。どろりと臭く凝った膿がぐじゅぐじゅと噴き出すさまを、チギリはもっと見せてと嘲笑う。
「ねえ全部吐いちゃいなよ、コヨミ! コヨミの汚い部分も弱い部分も穢れも罪も罰も、全部ぜぇーんぶ、あーしに見せてよ……!」
朦朧とする頭にチギリの笑い声が刺さる。ぐちゃりぐちゅりと体内を犯し続ける触手の感触に、身体を染める血溜まりの生温かさに、忌まわしい過去がフラッシュバックする。
赤く赤く、視界が染められる。
それは、コヨミが初めて能力に目覚めた日。そして、コヨミが初めて人を殺した、記憶──。
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