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第一話:散る血の赤と、笑う声



  *


 空に煌めく星に負けじと、激しい火花が闇に散る。


「コヨミ、コヨミ! 楽しいね、素敵だね! あーし嬉しいよ、コヨミと本気で戦えて、殺し合えてあーしそれだけでもう堪んない……っ!」


「本当に口の減らないヤツだな君は、──そらっ!」


「だって、あーし溢れそう! イっちゃいそう!」


「いい加減……黙ったらどうだっ!?」


 ショッピングモールの広い屋上で交わされるのは、言葉と技の乱だ。


 ──コヨミとチギリの戦いは苛烈を極めていた。


 凍る霊気を纏うハルバートの攻撃と共にコヨミが氷の槍を霊術で繰り出すと、チギリが大量に増やした触手でそれを受け流し絡め取り弾き、打ち落とす。お返しとばかりにチギリが触手の槍を刀をナタを錐を浴びせかけると、今度はコヨミがハルバートと盾を駆使して撥ね除け斬り落とし打ち払い、凍らせ砕く。


 息も凍る程に冷えた蒼白い霊気がチギリの髪を肌を斬り裂かんと迸り、濃い桃色の風がそれを押し流しコヨミの鎧を肉を穿たんと迫る。


 まさに拮抗、どちらも一歩も譲らぬ様相で在る。


 ──しかし徐々に、均衡を保っていた両者の力のバランスが崩れ始めた。


「コヨミ凄い積極的ぃ、グイグイ来るからあーし、このまま負けちゃいそう、押し倒されちゃう!」


「誤解されるような言い方をするなと!」


「でもホントだよ、あーし捲れる未来が無いのわかるっしょ。コヨミがこんなに情熱的に求めてくれるなんて、あーし感激しちゃう!」


 チギリの口調はふざけてはいるものの、言っている内容は真実だ。このままでは恐らく、チギリは負けてしまうだろう。その事はコヨミも肌身で察していたし、チギリ本人も勿論戦い始めて直ぐの頃から理解していた。


 理由は簡単だ。──チギリの触手には痛覚があり、触手に受けたダメージがチギリ本人にフィードバックされて蓄積されているからだ。


 痛覚を遮断する事も出来るのだが、そうすると全ての感覚が鈍くなってしまい、操作の反射速度が落ちてしまう。何度、何本生やそうともリセットされない痛みに、チギリはじりじりと蝕まれているのだ。


「ぎゃうん!」


 また一本、チギリの触手が凍り砕け散る。痛みに悲鳴を上げつつも新たな触手を直ぐに生やすチギリに、コヨミは内心舌を巻く。


「……退く気は無いんだな?」


「今更……! コヨミ、あーしがそんな、好きな人の目の前で尻尾巻いて逃げる女に見える!?」


「ああ、見えないな。下らない事聞いて悪かったな」


 一瞬苦笑を浮かべ、そして直ぐに表情を引き締めると、コヨミは氷の翼を羽ばたかせ生み出した氷の槍を、十本全てチギリに向かって撃ち込んだ。触手が弾け飛び、服が引き裂かれ、赤い血が花のように散る。


「痛あっ、コヨミ、コヨミ! 痛い、ああ、これがコヨミの愛なんだね!」


 チギリの叫びにも容赦無く、コヨミは攻撃の手を緩めない。チギリの猛攻が止んだ一瞬の隙を見計らい、地を蹴り一拍も置かずに距離を詰める。


「愛? 違うな、これは──情けだ」


 ハルバートが閃き、チギリの身を守ろうとした触手を薙ぐ。凍り付き千切れ飛ぶ白い触手。その中心を、迷う事無くコヨミは刺し貫いた。


「あっ、が」


 鮮血が舞う。腹を貫かれたチギリが、目を見開く。


 コヨミがゆっくりとハルバートを引き抜くと、ごぼり、と血が流れ出す。チギリの白いドレスが真っ赤に染まってゆく。チギリは自分の傷口とコヨミの顔を交互に見遣り、次いで何かを言おうとして開いた口から、かは、と血を吐いた。


「苦しいだろう。せめて楽に、ひと思いに命を絶ってやろう。介錯というヤツだ」


 腹からどくどくと血を流しながらも踏ん張り立ったままのチギリに、コヨミが近付き手を伸ばす。霊気を帯びたその手がチギリの首筋に触れようとした、その時。


 ニイッ、とチギリが笑った。


 血まみれの唇で笑うチギリを見下ろし、コヨミは訝しみつつも憐憫の籠もった視線を外さない。


「どうした。何故笑う? 私の手で殺されるのがそんなに嬉しいか」


 アーモンドのような瞳がコヨミを射る。荒い息を、血がゴボゴボと喉に纏わり付く音を吐きながら、チギリは笑い、声を漏らした。


「ごぼ、嬉しい、よ、あーし嬉し、い、ごぼ。だって、コヨミ、が、自分から、あーしに、さ、わろうと、してくれ、ごぼ」


「もう喋るな。一気に凍らせて、眠るように死なせてやる。痛みも苦しみも感じないように」


「ご、ごぼぼ、げ、はっ、ひゅう」


 しなやかな白い指がチギリの喉に触れる。チギリの肌もコヨミに負けない程に白く滑らかで、そこに唇から顎を伝い流れる血の紅が美しかった。


 そしてコヨミの手首に、細かく震えるチギリの手が添えられる。戸惑うコヨミに、チギリが噎せながら笑う。ごぼっ、と大きな血の塊をチギリが吐き出し、それがびしゃりとコヨミの手に掛かった。本能的に引こうとしたコヨミの腕を、チギリが掴んで離さない。


「ひゅう、あのね、ごぼ、コヨミ。あーしね、まだ、死にたくない」


「しかし……苦しいだろう? そんな状態では、私と戦えないだろう?」


 息を乱しながら吐くチギリの言葉に、形の良い眉をしかめコヨミは呟く。諭すように見下ろすレンズ越しの瞳を見詰め、チギリの笑みは崩れない。


 違和感が、コヨミのうなじを灼く。咄嗟に引こうとした手はがっちりと掴まれている。震えはもう伝わって来ない。


「あーし、もっとコヨミと戦いたい。コヨミのもっとズタボロの姿、見たいんだ」


 急激に肥大する危機感が警鐘を鳴らす。チギリはもう、血を吐いてはいない。息の荒さは苦しさによるものか、それとも──。


「ねえコヨミ、教えてよ。──コヨミはどんな風に、コヨミを穢した憎い人間を殺したの?」


 刹那、コヨミの腹が熱く灼けた。


 一拍置いて襲い来る激痛。腹が、下腹部が、熱い、痛い、何、何が、ああああ──コヨミの脳裏が真っ赤に染まる。


「あ、あ、あぁあっあああぁあっっ!?」


 ようやく離された手、チギリの笑顔がスローモーションのように深く深く歪んでゆく。


 コヨミの腹から、白い触手がその茎を真っ赤に染めながら先端を覗かせていた。鎧の隙間、胸当てと腰当ての間から赤い血が噴き零れてゆく。飛び散った紅が蒼白に輝く鎧を装束を汚してゆく。


「あが、が、あああがががが!?」


 ただただ激痛に悲鳴を零しながらよろよろとコヨミは後ずさった。腹に手をやり、触手を抜こうとするが、触手は前ではない部分から刺されていて自分ではどうする事も出来ない。ずるずると蛇のように触手は動き、まるで腹から這い出して来るかのように傷を広げながら血を撒き散らす。


「ぐ、あああ、これ、は、いったい、あああ」


 戸惑い身体をふらつかせるコヨミの姿を悦びながら、チギリは笑う。キャハハ、と甲高い声が耳に障る。


「ねえ、あーしの触手が羽根と同じく背中からしか出ないって、どうしてコヨミは思っちゃったかな」


 ニタリと笑うチギリの腹から、腕から、足から、そして──スカートの中から触手が姿を現す。ビチャリビチャリと粘液を撒き散らしながら、小さな触手の群れがうぞうぞと蠢きチギリの腹の傷を塞いでゆく。


「可愛いよ、綺麗だよコヨミ! やっぱりコヨミには血が似合うね! ああ、もっと、もっとコヨミの素敵な姿、あーしに見せてよ……!」


 キャハハハと笑いがこだまする。コヨミはがんがんと痛む頭を抱え込みながら、ゆっくりと膝を突いた。


 どくどくと流れる血が溜まりを作り、広がる波紋が映り込んだ月を歪めていた。


  *



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