第七話:狂う瞳と、貫く刃
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無数の桃色の真空刃がコヨミに殺到する。眼鏡の奥の瞳を細め、コヨミはハルバートで円を描くように空を薙ぎ払った。かまいたちは一瞬で凍り鋭さを失い、砕け散って宙に舞う。
「先程も言った筈だ、こんな攻撃は私には通用しないと」
蒼白い燐光を月下に輝かせながら、油断なくコヨミはハルバートを構えた。その姿にチギリはうっとりと目を細め、口許を綻ばせる。
「イイ、素敵、コヨミ! あーし惚れ直しちゃう! でもコヨミ、倒さないとあーしの物になってくれないんだよね、じゃああーしもっと本気出すね!」
「……倒されても屈するとは言ってないのだがな。それに素直に倒される義理は無い」
「そんなのやってみなきゃ分かんないじゃん!?」
チギリが叫び、今度は六枚の羽根に濃桃色の妖気が集束してゆく。そして──気合一閃、それぞれの羽根から放たれた大きな桃色の刃が、複雑な軌道を描きながらコヨミに襲い掛かってゆく。
「あはは、ズタボロになっちゃえ!」
「──っ、厄介な……!」
今度はそれぞれが一メートル近くある妖気の刃が六つ、バラバラの動きでコヨミに迫る。
正面から飛んで来た回転する刃をまず槍で貫き、ジグザグの軌道を描く次の刃を斧で叩き切る。次いで孤を描いて左から迫った刃を鎌状の部分で薙ぎ払い、その勢いのまま頭上から狙うものを石突きで粉砕する。自らが回転しながら右から飛び込んで来たものを寸断、最後に再び正面から地を這うように襲って来た刃を槍で刺し貫いた。
舞踏の如き動きに、コヨミの髪がさらりと舞う。一息でチギリの攻撃を受け切ったコヨミの姿に、チギリははうと溜息をついた。
「コヨミ、やっぱ凄い……。データで見るよりも実物は圧倒的にキレイ。ステキ、やっぱあーしのモノにしたい、する、しちゃう!」
「幾ら乞われようとお断りだと──何度言えば」
「たまんない、あーし、もう、我慢できない! こんなのじゃ駄目、直接触りたい、あーしの手でボロボロにしたい!」
「人の話を聞かん奴だな、本当に!」
感極まったと思しきチギリは大きくその羽根を広げると、突風を伴い一直線にコヨミへと突進する。桃色の妖気を帯びた羽根が変化し、刀めいた鋭さをもってコヨミへと迫る。
「あーしの愛、その身体で受け留めてよ、コヨミ!」
「断るッ!」
六枚の羽根はもはや羽根の体を成さず、触手のようにその姿を変えてそれぞれがコヨミへと伸ばされる。自在に動く先端は刀や槍、鎌や斧じみた形状に変化し、その鋭さをもってコヨミを切り刻もうと疾駆した。
冷静に触手の軌道を見定め、コヨミは研ぎ澄まされた動きでハルバートを振るった。衝き、斬り、払い、薙ぎ、裂き、叩き、貫き、──その動きは戦闘というよりはむしろ優美なダンスめいて、月光に軽やかに舞い踊る。
しかしチギリも攻撃の手を緩めなかった。六本だった触手を分裂させ、計十二本もの兇器でコヨミを追い立てる。その笑みは崩れる事無く、狂気を宿した瞳は尚もコヨミを熱に浮かされたように追い続けている。
「くっ──」
しかし──少しずつ、少しずつ、均衡を保っていたバランスが壊れ始めた。濁流の如き兇器のラッシュにコヨミの息が上がり始め、深手は負わないまでも無数の傷がスーツを裂き、薄く血が滲んでゆく。
「どうしたのコヨミ!? 辛そうだよ苦しそうだよ、さっきまでの余裕はドコ行ったの!? それともあーしの愛、受け留めてくれる気になった!?」
「っ、このままでは……!」
額から汗が流れる。コヨミの目に焦りが浮かぶ。ジリジリと後退する足を、歯を食い縛り持ちこたえようとした。
チギリが笑う。チギリは傷一つ負ってはいない。当然だ、コヨミは防戦するのみでチギリに一度たりとも攻撃を仕掛けてはいなかったのだから。
服は既に至る所が破れ、覗いた肌からは赤い血が散る。致命傷こそ無いものの、このままではジリ貧だ──コヨミがそう思った瞬間。
「──っ、あ……!?」
受け流し損ねた触手の一撃が、コヨミの肩を穿った。
痛みに一瞬動きが鈍る。それが──命取りとなった。もう一方の肩を別の触手の刃が貫き、血飛沫が舞う。
「あ、っ、──があっ!」
更に二本の兇器が腿と足の甲に刺さり、勢いのままコヨミは床へと仰向けに打ち付けられる。受け身も取れずしたたかに背中をコンクリートに叩き付けられ、激痛に悲鳴が口をつく。
四本の触手はコンクリートをも穿ち、そのままコヨミを床へと縫い止めた。血と共にコンクリートの欠片が飛び散る。倒れた瞬間に本能で頭を上げて後頭部を打ち付ける事は避けられたものの、したたかに撃った背中と貫かれた肩や足の痛みで目が眩んだ。
「ねえコヨミ、痛い? 苦しい?」
荒く息を吐くコヨミにチギリが身を寄せ、馬乗りになって笑顔を近付ける。その目はうっとりと蕩け、笑みに歪んだ唇は舌なめずりを繰り返す。
「つーかまえた。ねえコヨミ、あーしのモノになって?」
チギリがコヨミの頬を両手で包み込んだ。大きな瞳を閉じ顔を寄せ、潤んだ桃色の唇をチギリがコヨミの唇に重ね──。
「──っ、痛あっ!?」
その刹那、弾かれたようにチギリが身を引いた。その唇からは一筋、つうと血が流れる。
コヨミが不敵な笑みで唇を舐めた。キスされた瞬間、チギリの唇に噛み付いたのだ。驚愕と怒りを滲ませるチギリの目を睨み付けながら、コヨミは皮肉げにえむ。
「言っただろう? お断りだと。──そろそろ、私も本気を出させて貰ってもいいかな」
眼鏡の奥の瞳が鋭さを増す。直後、コヨミの全身から、蒼白い燐光が噴き上がった。
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本日から一日一話更新になります。宜しくお願いします。
訳あり男装の麗人vsストーカーサイコ百合少女の闘いはまだ続きます。
次回も乞うご期待、なのです。
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