第九話「元魔王、手を繋ぐ」
五分丈のスパッツと女物の下着やシャツ、アリシアに合う銅板の胸当て、短剣やポーションなどを差せるベルトなどを購入するため、いくつか店を回っていると、すっかり日が暮れてしまった。
「馬子にも衣装だな。ん?どうした、アリシア?」
夕陽を背に俯くアリシア。
「こんないい装備を買ってもらって、焼き鳥もすごく美味しくて、ずっと固いパンや芋ばっかりだったのに……師匠にはとても良くしてもらってるのに、私は何も師匠に返せなくて」
「ギルドのことや貨幣価値を俺はお前から教わった」
「そんなの大したことじゃない!命を救ってもらって、食べるもの、着るものも与えてもらって、旅の途中も危ないときはいつも庇ってくれて、ずっとずっと私の方が助けられてる!そんなんじゃとても釣り合わない!」
「はぁ……面倒くさいヤツだな」
耳をほじりながら心底嘆息するガイ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!面倒くさいこと言ってごめんなさい。見捨てないで!なんでもしますから!」
あわててアリシアは何度も頭を下げる。
「見捨てるつもりなら、最初に出会ったときに見殺しにしている。けど、俺はお前を救い、お前と縁を持つことを選んだ。他でもない俺自身が、だ。一度しか言わないから聞いとけよ。
お前は俺の死んだ妹に似ている。だから、俺がお前を勝手に助けてやりたいと思った。俺の俺による意志で。なので見返りなんて本当はいらないんだよ!」
夕陽のせいだろうか、ガイの横顔は真っ赤だった。
そっぽを向いたまま、さらにガイは言う。
「この縁をお前がいらないと言うのなら、いつでも言え。お前はお前だから。俺の妹じゃないってのはわかってるから、好きにすればいい」
「いらないわけない!!師匠との縁は神様の贈り物!私、師匠に出会えて本当に良かった!」
「……わかったわかった。そんじゃあ宿探しに行くぞ」
照れくさそうに右手で鼻の頭を搔いて、ガイはぶっきらぼうに言った。
すると、空いてる左手をアリシアがすかさず握った。
「なんだ!?」
「迷子にならないよう、手、つないでくださいな、師匠」
と、アリシアはいつにもまして有無を言わさぬ強い口調で、力を込めてガイの手をギュッと握った。
その手はとても温かく、またアリシアの笑顔が眩しくて可愛く、ガイは断りきれなかった。
馬鹿みたいに、
「ああ」
と言うより他なかった。
その後、宿屋は小一時間ばかりですんなりと見つかったが、部屋割りで一悶着あった。
アリシアが「師匠と同じ部屋じゃなきゃ外で寝る」と言い出し、ガイの説得を全く聞き入れず、ガイが押し切られる形で同室することになったのだった。
「師匠、三階の角部屋だって。こっちこっち」
タタタタッと階段を駆け上がって、アリシアが手招きする。
ギルドからほど近くの五階建ての【風の凪亭】という宿であった。一階にはフロントと食堂兼酒場があり、二階は主人やその家族、従業員の部屋があり、三階より上が客室になっていた。
「ああ、なんか疲れた」
宿を取るのが一番疲れた。
なぜ、同室の必要がある?まぁ、野宿のときも結局二人きりだったし、問題ないかと諦めることにした。
ただ、時折りガイの寝床にアリシアが潜り込んできて、ゆっくり寝てられない日もあったので、ガイはできれば一人部屋でゆっくりしたかったのだが。
フロントで借りた鍵でアリシアは扉を開けると、小さく舌打ちをする。
「チッ。ベッド一つでいいのに」
幸いベッドは二つあった。
ガイはベッドに倒れ込む。
「やっと布団で眠れる。柔らかい……」
夕食は宿探しの途中で済ませてあったから、このまま眠りに堕ちてもいい。
体の下にふかふかの布団がある状態で、程よい疲れと満腹時に襲ってくる睡魔に抗うには、元魔王といえど容易くはなかったが、
「至高の眠りのためには、風呂は必須!隣に風呂屋があったな」
気力を振り絞り、ガイは起き上がった。
「お風呂!お風呂!三か月振りのお風呂だ!」
この時代の大衆浴場は、平民、貧民、奴隷、貴族を問わない社交の場でもあった。とはいえ、爵位を持つ上流貴族や財産家は自家用の風呂を屋敷に備えており、浴場を利用することはあまりなかった。家に風呂を持てない中流下流貴族がよく利用していた。また貴族や財産家が自家の貧民や奴隷を清潔に保つため、入浴料を支払い、週に一度以上の入浴をさせてやっていることも往々にしてあった。
ガイは黒いコートを脱いで、ポールハンガーにかけた。
アリシアは短剣を差したベルトと胸当てを外して近くのテーブルに置くと、二人は連れ立って浴場に向かったのだった。