第八十三話「アストラルサイド」
「脳内ビジョンの可視化は精神干渉をもって行われます。精神干渉中は、自身の存在軸と座標位置の把握に努めてください。さもないと戻って来れなくなりますから」
階段を登る二人。前を行くイーディスが振り向かずに、後ろのエイヴェリーにそう声を掛けた。
「誰に言ってるのかな?不要な忠言だが、有難く受け取っておこう」
と、エイヴェリーは上機嫌に鼻歌まじりに答えた。
焦る気持ちを押さえ、カインが二人の後を音もなく、魔力紋を消すことで誰にも魔力を感知されないよう細心の注意を払いつつ、付かず離れず付いて行く。
「彼が被験体七号かい?」
「そうです」
部屋の中央の祭壇に手足を拘束され、眠らされている子供の影がわずかに見える。
(彼?シーナじゃなかった……)
カインは心の中で安堵するも、ふと別の思案が過る。
(じゃあ、シーナは?)
シーナはこの東塔にいるはず。
(あんな子供を拘束して、こんな所で眠らせているなんて。普通の研究であるはずがない!!そんな連中がシーナを放っておくわけがないっ!?)
カインの優秀過ぎる脳が、最悪のシナリオを導き出したその時――
(カイン兄ちゃん、助けて!!真っ暗で何も見えないよぉ……でも、カイン兄ちゃんが近くにいるのはわかる!)
(何だよ、これ!?シーナなのかっ!今、どこに居る?どこに居るんだ!?)
脳内に直接響くシーナの声に、頭の中で返事をするカイン。
(暗くて冷たくてこわい……)
だが、カインの呼び掛けにシーナは反応しない。
(身体が思うように動かない。こわいこわいこわい。カイン兄ちゃん!カイン兄ちゃん!)
悲痛に震えるシーナの声が脳内に響き続ける中、耳がエイヴェリーの声を捉えた。
「ぐっすり眠っているね。深い昏睡状態だ」
「魔草と複数の麻薬を調合し、脳細胞を一切傷付けず、脳死と同じ状態にしています。この状態ならまだ少しの身体へのダメージだけで覚醒させることも可能です」
「彼はここで一番の魔力量と魔道的素養を兼ね備える逸材。この機を逃す手はない。さっさと始めるよ」
嬉々とした笑みを浮かべ、エイヴェリーが両手で印を結んだ。イーディスがへそを曲げて実験中止をまた言い出すかもしれないから、是も非も聞くのを待たず、間髪入れずに極大精神干渉魔法を発動させる。
それは上下左右半径十メートルに及ぶものだった。
カインが精神干渉魔法に巻き込まれたと感じた時には、時すでに遅しであった。
陽も差さない、最低限の魔法の明かりに照らされた暗い室内にいたはずが、カインの目の前には金色に光り輝く草原が広がっていた。
「ほぅ。全く我々に気付かれず、侵入していた優秀な鼠がいようとは、まさに青天の霹靂だ。なぁ、イーディス」
カインの姿を認め、愉快そうにエイヴェリーは言った。
「カイン……」
バツが悪そうにイーディスは目を伏せた。
「魔力紋を限りなく消す魔法だな。驚いた。そんな高度な芸当を習得しているのか。そして何より、この私の極大精神干渉魔法にも自我を保ち、この精神世界でも存在を留保し続けられるなんてな。どうだ、お前、私の弟子にならないか?見込みがある」
エイヴェリーとイーディスを交互に睨みつけ、カインが言葉を発した。
「シーナをどこへやった!!シーナを返せ!」
「シーナ?」
と、エイヴェリーは首を傾げてイーディスの方を見た。
「被験体五号の実験に巻き込まれた娘です」
「ああ、被験体六号のことか」
エイヴェリーから放たれた言葉は、カインの最も聞きたくない言葉であった。
「でも、いいじゃん。この一ヶ月、残存思念を詰めたニセモノと過ごしてても気付かなかったんでしょ?だったらもうそれでいいじゃん。そうだ!あの人形あげるからさ、君、弟子になりなよ?」
薄ら笑いを張り付け、エイヴェリーがふざけた提案をしてきた。
「……あのシーナがニセモノ?俺はそれに気付かず、一ヶ月もいたというのか……」
絶望感に苛まれ、カインはその場に立ち尽くす。いくら実の兄妹ではないとはいえ、二年半近く一緒にいて、妹分として可愛いがってきたつもりだったのに。自分の薄情さに反吐が出る。
じゃあさっき脳内で聞いたシーナの声は、残存思念による幻聴だったのか。
「おーい!もしもーし。あれ?完全フリーズ?こりゃあダメだな。残念」
カインの身体が揺らぎ、透明がかり始めたのを見て、肩をすくめてエイヴェリーはカインに背を向けた。
「ここは精神世界――精神力が物を言う世界。ショック過ぎて、自分の存在を保てなくなったみたいだ。
さて、イーディス。被験体七号の脳憶深淵にある、神が描いた生き物の設計図、原初風景にアクセスを試みようじゃないか。君も興味がないわけではあるまい」
「………………」
黙ってイーディスはその背に従った。




