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第八十二話「イーディスとエイヴェリー」

 そこは学校のような所だった。


「シーナにカインだね。私は、今日から君たちの里親となるイーディス・ケリーだ」


 そう名乗る女は、黒縁(くろぶち)眼鏡にセミロングストレートのセピアベージュの髪をした、ワイシャツの上に白衣を(まと)う、研究者のような()で立ちをしていた。


 部屋も本棚が整然と並び、二人の前には大きな机があり、難しそうな魔術式や計算式が書かれた書類が雑多に置かれており、研究者のそれのようであった。


「ここでは君たちに魔法を学んでもらう。私は、魔術的素養の高い君たちのような子供を集めて、魔道士の育成をしている」

 対面に座るイーディスが二人にそう告げる。


「それは何のために?」

 カインは臆さず、疑問を口にした。


「神殿でも国の中枢でも騎士や軍、はたまた(ちまた)においても魔道士が不足している時代だ。優秀な人材は(いく)らいても困らない。魔族の侵攻から人々を守るためにも、戦いで傷付いた人々を癒やすためにも、むしろ優秀な人材を積極的に養成していかねば、人族の未来は早晩尽きることにもなりかねない」


 当たり(さわ)りのない答え。カインはイーディスのブルーの瞳をじっと凝視した。イーディスもじっとカインの居住まいを観察する。


 少し悲しげな表情を浮かべ、確かめるようにシーナが口を開いた。

「……イーディスさんはシーナたちのお母さん?」


「残念だが、母親というよりも先生という立場に近いものだ」

 はっきりとした口調でイーディスは言った。


 シーナは少し(うつむ)くも、すぐに顔を上げ、表情を明るくして応じた。

「私、魔法の勉強一生懸命がんばりますね!」


「シーナが頑張るなら俺もほどほどには頑張らないとな」

 シーナの頭を撫で、カインはイーディスの顔を見ずにそう言った。


 それからのそこでの生活は、何不自由なかった。一日八時間の魔法の様々な講習を受けねばならなかったが、衣食住の保障はされているし、一週間一度の休みもある。ただ不満だったのは、この建物から出ることが許されなかったことだけだ。


 また、同じように連れられて来たであろう子供たちが、他に六人いたが、学習進度が違うためか、彼らとはあまり接する機会を与えられなかった。


 いつもシーナと二人で過ごすことが多かった。シーナは新しい知識を学ぶのが楽しかったのか、それほどここでの生活に不満を感じていないようだったので、カインは日々を何事もなく過ごしていっていた。


 イーディスとの関係性も、最初に言われた通り、教師と生徒といった、特に近くも遠くもない距離感が保たれていた。


 イーディスは魔法の指導はしっかりとこなし、丁寧に説明や実践を繰り返し、実に良い教師であったが、殊更(ことさら)二人に感情を向けないようにしているのか、厳格な教師然とした雰囲気を、二人の前では一度も崩すことはなかった。


 もともとの素直な性格もあってか、シーナはスポンジが水を吸収するような勢いで魔術知識を身に付け、実践でもすぐに魔法を使いこなし、めきめきと魔道士としての頭角を現していった。


 かたやカインはというと、サボりぐせもあり、時折授業をサボっては屋敷の木の上や屋根に登って、人目につかない所で自分の興味のある分野の本を読んだりしていたので、魔術的知識や実践にも(かたよ)りがあった。しかし、それでもイーディスがサボりについてもさほど(とが)めない程度には優秀であった。


 そうして三か月ほどが過ぎたある日、その日も授業をサボってカインが木の上で読書をしていると、裏門から馬車が入って来るのが、ふと目に入った。


 その馬車から、三か月前に二人をここへ連れて来たローブ姿の碧眼(へきがん)の女が降りてきて、東塔に入って行くのが見えた。


(確かあそこは今シーナが授業を受けている塔……)


 今日は、シーナとカインの授業は別プログラムで一緒ではなかった。


(新しい子供を連れて来たのなら、正面から入ってくるはず。なのに裏門から入って来たのはどういうことだろう?)

 と、カインはわずかな引っかかりを覚えた。


 本を閉じると、カインの足は自然と東塔に向いていた。


 普段はいない、東塔の入口に二人の衛兵が立っている。


 カインは密かに習得していた壁抜けの魔法に、魔力紋隠しの魔法をダブルキャストで発動し、東塔に潜入する。イーディスにすら気付かれないよう、独学で磨いた己の能力をカインはずっとひた隠しにしていた。


 だから、表の評価ではカインよりシーナの方がずっと魔術的才能は高いと思われていたが、カインには魔術に対する天賦の才が備わっていた。ただ一度見ただけで、ある程度の魔術なら術式構築を脳内で簡単に演算再現することができ、さらにはその魔法を基に、壁抜けや魔力紋隠しのような今までにない、オリジナル魔法を創造する考えの柔軟性も持ち合わせていた。


 カインは生まれながらに稀代(きだい)の魔導師であったその才能を、このたった三か月で見事に開花させていたのであった。誰一人として知られずに。


 そうとは露とも思わぬ碧眼の女は、とある部屋でイーディスと話し込んでいた。カインがその様子を物陰から(のぞ)いているとも気付かず。


「イーディス、子供の精神世界にある原初風景に干渉することで、隔絶世界の端緒を発見することはできたか?その後、何か進捗は?」


「やはり精神世界の奥底にある原初風景に干渉する試みは、いくら子供とはいえ、その脳に多大なる負担をかけることになり、脳の回線が焼き切れ、ただ廃人を生み出すだけだ。エイヴェリー、あなたの理想には共感するが、このやり方には共感できない。このやり方は人道的な観点から見ても、推し進めるべきものではない!やはり別の方策を考えましょう!」


「魔術的素養を高めた被験体六号の脳の最奥(さいおう)にある原初風景に干渉した時に、隔絶世界の排除プログラムの起動を確認できた。そのシムテムが具現化したモノがここにはある。それは一定の成果ではないのかね?」


 だだっ広く、暗いその部屋には、イーディスとエイヴェリーと呼ばれる碧眼の女以外に、何かがいた。


(……あ、あれはなんだっ!?)


 見える無数の物質的鎖と見えない魔術的鎖に繋がれた銀の甲冑(かっちゅう)のようなフォルムの何か。とても物質とは思えない、エネルギー体の(かたまり)のような禍々(まがまが)しい力そのもののようなそれは、解けぬ拘束に低い(うな)り声を上げ、抵抗の意思を表しているようだった。


「実に美しいフォルムをしているな。まさに神の御業(みわざ)だ。その神の住まう隔絶世界へアクセスしようとする者を、ひたすら殺し破壊するためだけに最適化されたコイツの存在は、その先に神域がある証左に他ならない。ここで()めるなどという選択()はない」


(コイツらは一体なんの話をしている!?魔術的素養の高い子供の脳に干渉?精神世界の奥底の原初風景?!脳をいじられた子供はその後、廃人になる?)

 断片的とはいえ、あまりの衝撃的な情報に、カインは混乱する。


「それで、被験体七号は?」


「上の階に。ただこれが最後だ、エイヴェリー。これ以上、無意味に憐れな命を増やすべきではない」


「イーディス、君もはじめは興味しか感じていなかったはずなのに。子供たちに触れることで感情の琴線(きんせん)を揺さぶられでもしたのか?」

 そうエイヴェリーは鼻で笑う。


「まぁ、いい。あれの壊し方がわからない以上、さすがにぽんぽんと次から次に生み出すわけにもいかないしな。一旦は被験体七号をもって、実験は一時中止としよう。それでいいかい?」


「わかった」


「では、上の階へ移動しようか」

 イーディスの後に続いてエイヴェリーは、部屋の奥の階段を登って行った。


(シーナが被験体七号にされる!?助けないとっ!!)

 カインの鼓動が早鐘(はやがね)のように、ドクドクとうるさいほどに音を立てる。(はや)る気持ちを押さえ、慎重にカインは二人の後を追った。


 



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