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第八十一話「シーナとカイン」

 夜も()け――ランドールたちは片付けた集落のはずれでそのまま野営することにした。

 いくつかのテントを張り、三方向に交代で見張りを立てる。


 そのテントの一つ。隣にはランスロットが寝息をたてていた。カインは眠れず、ぼんやりとテントの(すぼ)まった先を見つめ、考えていた。


 ランドールから大賢者という言葉を聞いた時、カインの脳裏にはある女の顔が浮かんだ。それをランドールたちに気取られまいと、平静を装うのに必死であった。


 人を人と思わぬ、使い捨ての実験動物か家畜かを見るような瞳で、カインたちを見ていたフードの女。あの碧眼(へきがん)の瞳を思い出すだけで、暗い感情が沸々と沸き上がる。


 女は貧民窟(スラム)の孤児らを集め、人里離れた郊外に養鶏場と農場を開き、彼らに働き口を与え、自給自足の生活をおくらせていた。そして時折、街の市場で卵や鶏肉、野菜を売らせて、養鶏場と農場を孤児ら自身で維持管理させていた。

 

 街の人々は、窃盗や強盗、物乞いをしていた貧民窟(スラム)の子供が減り、街の治安と衛生状態が良くなったことを喜んだ。誰も貧民窟(スラム)の孤児たち一人一人がその後どうなったかなど、気にも留めずに。


 カインもその孤児らの一人であった。


 女はいつも上質のローブを着、黒いフードを被っていた。時々、不定期にやって来ては、里親が見つかったと子供たちをそこからどこかへ連れて行った。


 そのローブとフードから、カインは女が高位の魔術師か魔法関連の職業に就いていると勝手に想像していた。


 養鶏場と農場の運営自体は実質、その女が雇った六人ほどの若い男女が(にな)っていたので、そうそうその女と接する機会はなかった。


 カインはそこで約二年を過ごした。


 ある日、そこで仲良くなり、妹分として可愛がっていたシーナという少女と共に、里子に出されることが決まった。


 施設長の男からそのことを伝えられた日は、シーナは、私にもパパとママができるんだと、ややした緊張の中にも嬉しさを(にじ)ませて、終始笑顔であった。

「カイン兄ちゃん、あたしたちのパパとママってどんな人だろう。この前、農場を見に来てくれたふくよかなおばさまかな。とても優しそうなあんな人だったらいいのにね」


「そうだな。シーナは可愛いからきっと可愛がってもらえるよ」


「可愛いだなんて」

 照れているのか、シーナは身をくねくねとさせると、頬を赤らめた。


「でも、ホント良かった!カイン兄ちゃんと一緒が何よりシーナ、嬉しいの!」

 心の底から喜ぶような(まぶ)しい笑顔が愛らしく、今でも忘れられない。


 こんな風に幸せそうにここを出ていく仲間を何人も見送ったのに、いざ自分が出ていくことに、これからの自らの幸せに、どうもカインは実感が沸かなかった。


 それから三日ほどして、女が二人を迎えにやって来た。


 黒塗りの窓のない、壁のぶ厚い、丈夫そうな馬車に二人は乗せられた。女はその馬車には乗り込まず、別の馬車に乗るようだった。


 馬車での旅は十日。その間、トイレと食事以外で馬車を降りることは、安全上のためとして禁じられていた。


 そうして二人が連れてこられたのは、四方に尖塔を配し、五メートルはある外壁に遮られた、まるで要塞のような建物であったが、馬車には窓がなく、二人がそれを目にすることはなかった。外壁をぐるりと囲むように十メートルはある堀には、水が満たされていたため、外壁の内に入るための吊り橋が下ろされる。


 その要塞じみた建造物の中央にある、三階建ての王宮を彷彿(ほうふつ)とさせる豪奢(ごうしゃ)な建物に、二人を乗せた馬車を含めた一団が飲み込まれていく。


「降りろ」

 ガラリと馬車の扉が開けられる。


 カインとシーナは夕陽の紅に目を細める。

(眩しい……。血のような紅だな)

「すごーい!お城だぁ!!」

 ネガティブなカインの印象とは対照的に、シーナは素直に豪奢な邸宅を見て、感嘆の声を上げる。


 ワンテンポ遅れて、城と見紛(みまが)うほどの屋敷を前に、カインも目を奪われた。


 その屋敷の上階の窓から二人を見る視線。


「また飽きもせず、無意味で哀れな命が連れて来られたか」

 なんの感情も沸かない瞳。すぐに視線を切って、イーディスはカーテンを閉めた。


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