第八十話「神の子」
優秀な庭師により、整えられた庭園の中にあるテラス。洗練された造形美による緑に囲まれ、神の子エイヴェリー・ローワンは紅茶を楽しむ。
緩やかにウェーブのかかった金の髪に、美しいまでに透き通る白い肌が映える。瞳の色は濃い青。法衣を纏うその姿は、深い智を讃える古の聖人のようである。
その向かいには、『黄昏の黄金血統』のもう一人の創設者シルヴァン・ルイ・メイザースが座っている。
こちらは、黒い執事服のような格好で、燃えるような赤い髪に赤い瞳をした、彫りの深い精悍な顔立ちの青年である。
「エイヴェリー、良かったのかい?イーディス・ケリーの暗殺にランドールと『死骸蟻団』を向かわせて」
「どういう意味かしら?」
エイヴェリーの艶めかしい唇から歌うように言葉が漏れる。
「一時は君に師事し、大賢者と呼ばれるまでになったイーディス・ケリーの暗殺だ。彼らでは役不足ではないのかと思ってね」
「聞き捨てならないわね。あんなのを大賢者なんて呼ぶのはやめて。あれはただの背信者よ。あなたもわかっているでしょ」
ムッとした表情も美しいとシルヴァンは思いつつ、
「すまない。そこは訂正しよう。とはいえ、元勇者と言えどランドールでは、イーディスの相手が務まるとは思えないが」
「務まらなければ、それまでの人材だったというだけよ」
と言って、エイヴェリーは紅茶を一口含む。
「ランドールは君のお気に入りかと思っていたんだが、君がそう言うのならいい。しかし、懸念はもう一つある。神の領域の研究者であるイーディスにランドールを接触させることに問題ないのかな?」
カフェテーブルの上に開かれていた本をパタンと閉じるエイヴェリー。
「何でもいいのよ。少しのきっかけが今は欲しいの。この偽本タブラ・スマナグディナの解読に。神の領域に手を出す者と神のシステムからの解放を望む者。両者の衝突により何か反応があるかもしれない」
「それは君の予知?いわゆるすべては神の思し召しのままにってやつかい?」
「いいえ。今回はただの女の勘よ」
「いつもは思慮深い君が勘だなんて意外だね」
少し目を丸くしてシルヴァンは言った。
「タブラ・スマナグディナの原典を手に入れるのはほぼ不可能でしょうからね。偽本から原典を紐解くしかないのよ」
「エイヴェリーは生き急ぎ過ぎじゃない?僕は僕のやり方で気長に『黄昏の黄金血統』の理念を結実に導いて行くさ。人間と魔族、そして魔法の成り立ちから――魔術的進化の過程を逆算していき、神の存在へと辿り着く逆算的進化論でね」
「私達がいくら長寿でも、時間は有限よ」
エイヴェリーがそう言った瞬間、急な強い風が彼女の金の髪を掻き乱すように吹いた。金の髪に隠れていたエルフ特有の尖った耳が露わになる。
「君の長寿と僕の長寿は、意味合いが異なるから考え方が変わるのだろうけど、僕達はまだまだ若い方なのに」
不満そうに口を尖らせるシルヴァンは、エルフ特有の耳をしていない。見た目は普通の人と変わらないが、もう二百五十年近く生きていた。
「それでもいつかは死ぬわ。それにシルヴァン、あなたにもこの稀覯な魔導書の解読は必要ではなくて?錬金術の奥義が記されたこの本の。神は、人間や魔族、動物や植物、水や石、空や太陽などの自然をどのように創造されたのか」
「なるほど。そういう見方もあるのか。てっきりその本で、天使を召喚して神域にアクセスするのかと思っていたよ。さすがだね、エイヴェリー」
「その口振りだとあまり興味は無さそうね」
「バレたか」
と、悪びれもせず、ペロッと舌を出すシルヴァン。
「どちらかと言うと、イーディス・ケリーとランドール・グウェンの方に僕は興味津々さ」
「…………………………」
最初にもイーディスとランドールの話を持ち出してきた。シルヴァンは何を考えているのか。わずかに沈黙するエイヴェリー。
(エルフの君には人間の心の機微はわからないかもね)
あえて口には出さず、シルヴァンは冷めた紅茶をごくごく一気に飲み干すと、
「僕はもう行くね。紅茶、ごちそうさまでした」
ふわっとした微笑みを残して、シルヴァンは立ち上がる。そして、ズボンのポケットに両手を入れて、カフェテーブルを離れた。




