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第八話「元魔王、冒険者登録す」

 街に入ると、青や赤、黄色に緑、カラフルなテントの色味が目に飛び()んでくる。


 また、やや手前からは、活況(かっきょう)な呼び込みの声と一緒に、肉の焼ける(にお)い、甘辛なタレの香りが(ただよ)ってきていて、なんとも食欲を(そそ)られる。


 保存の()く干し肉やパンが続いていた旅人を目当てに、ずらりと食べ物屋の屋台が並ぶ。


 特に、焼き鳥や牛肉の串焼きが、店頭に山積みにされてタレや油が(したた)る光景は、もはや完全な(めし)テロである。


「師匠、目に毒な景色過ぎて、立ちくらみが……」


「こいつは、食欲を如何(いかん)ともし(がた)い光景だな。アリシア、何から食う?」


「肉ぅー!!断然お肉ぅー!!」


「まぁ、そうなるわな。まず肉だよな」

 と、二人が入り口から一番近くの、牛肉の串焼きを置いてある屋台に並ぼうとしたところ、ビールっ腹の禿()げた店主がアリシアに向かって怒鳴る。


「うちに獣人に売る肉はねぇ!てめぇらみたいな(けもの)に来られると、店の評判が下がんだよ!客が減るからとっとと()せろ!」


 アリシアがビクッと体と顔を強張(こわば)らせた。


 周りにいた客たちもその声に何事かとこちらに視線を向ける。


 こめかみに青筋を立てたガイが、無言で店主をぶっ飛ばそうとした矢先、


料簡(りょうけん)(せま)い男だねぇ。そんな店で買う必要ないよ。ウチに来な。焼き鳥で良ければ」


 隣の店のふくよかな女主人が、優しくアリシアにそう声を掛けてくれた。


 視線が集まる中、騒ぎを起こすのはまずいかと冷静になり、ガイはグッと拳を握って怒りを(しず)めた。


「アリシア、焼き鳥にしよう。タレがうまそうだ!」


「何本いるかい?可愛い(きつね)のお嬢ちゃん」


「コイツは食いしん坊なんで、十本はいるね」

 と、アリシアの頭をポンポン()でながら、おどけた口調でガイが言うと、


「ううん、百本!全部タレで!」

 と、アリシアはガイをチラッと見、全然平気だとアピールするようにニコッと笑った。


「ひゃ、百本っ!?」


「うん!百本!余裕でぺろり!」

 自信満々にアリシアは胸を張る。


「よしっ!レッツ焼き鳥パーリィーだ!おかみ、焼き鳥百本頼む!」


「はいよ!焼き鳥百本まいど!」


 女主人は威勢のいい声を上げて、紙袋十袋に分けて焼き鳥百本を入れて、アリシアに差し出す。


 両手いっぱいに焼き鳥の入った袋を受け取って、即行(そっこう)アリシアが何本かを袋から取り出して、美味(うま)そうにかぶりついた。


 その様子を見ていたほとんどの客が牛肉の串焼き屋から焼き鳥屋の方に流れる。


 それを牛肉の串焼き屋の親父が苦々(にがにが)しく見てた。


(そうだ、いいこと思い付いた)

 ガイはニタリと笑う。


「小金貨四枚頂きます」

 大口の注文にホクホク顔の女主人が料金を請求する。


「釣りはいい」


 そう言ってガイは、これ見よがしに大金貨を取り出すと、ゆっくりとした動作で女主人に手渡した。


「釣りはいいって、これ、大金貨!?しかも十枚も!!」


「ああ、問題ない。取っといてくれ」


 驚く女主人よりも、隣の親父があんぐりと口を開けて驚く。


 そして、あわてて()み手でガイに声を掛ける。


若旦那(わかだんな)、さっきは悪かった。若旦那の連れとは知らずきつく当たっちまって。サービスするからうちの牛串焼きも買って行ってくんな」


「だってよ、アリシア。どうする?」

 ガイはアリシアに聞いた。


 満足気に焼き鳥をパクパクと食べるアリシアの答えはもちろん、

「いらなぁーい」


「そういうわけだ」

 と、ガイは底抜けに人の悪い笑みを浮かべ、店を後にした。


「まいどあり!!逃がした魚はデカかったね。あたしゃ今並んでる人たちで店じまいさね。あんたのおかげで四か月は働かなくても済みそうだ。ありがとね」


 女主人にそう皮肉られ、牛串焼きの店主は一人地団駄(じだんだ)を踏んだのだった。


「……大金貨十枚も払って良かったの?師匠」

 焼き鳥を食べ歩きながら、アリシアは心配そうに聞いた。


「あのクソハゲの悔しそうな顔が見れてスカッとしたろ?口開けた馬鹿面(ばかづら)も。さすがに公衆の面前でぶっ飛ばすわけにはいかないからな。最高の意趣返(いしゅがえ)しができた」


 思い出してガイはまた人の悪い笑みを浮かべる。


「師匠、私のために怒ってくれてたんだ」


「なんか言ったか?」


「ううん、なんでも!」


 ご機嫌な顔でアリシアは焼き鳥の袋を抱え、ガイに付いていく。


「次はギルドに行くか。なかなかこの焼き鳥うまいな」


 焼き鳥を食べもって、二人はギルドへ向かう。


 門前の屋台街を抜けると、街中は落ち着いた煉瓦造(れんがづく)りの住宅が建ち並び、通りは石畳(いしだたみ)舗装(ほそう)されていた。


 時々馬車ともすれ違うが、通りは広く造られ、全然(あぶ)なくなく歩けた。


 前もって門番にギルドの位置を確認していたので、迷うことなくすんなりと着いた。


 四方に尖塔(せんとう)を配した、山型の窓が縦に四列、中央に観音開きの扉を(はさ)んで横には左右それぞれ六列、計四十八枚の窓がある一際(ひときわ)立派な建物だったので、すぐにわかった。


 二人の前に、三人パーティーらしき冒険者たちが雑談しながら、扉を開いて中に入っていった。


 二人も続いて扉をくぐる。


 ロビーの左側は待合スペースになっているようで、いくつかの丸テーブルを囲んで、冒険者たちが談笑している。


 ちらりと入ってきた二人に視線を向けるも、誰もアリシアのことなど気にも()めず、すぐに視線を切って談笑を続ける。


(門前の屋台街のこともあったので、冒険者とはあらくれの集まりかと少し警戒して気を張っていたが、問題なかったか)


 いや、問題がないわけではなく、気を張ったガイからわずかに()れるヤバい感じを、熟達(じゅくたつ)の冒険者たちは即座に肌で感じ取って、視線を切って素知(そし)らぬ振りをするしかなかっただけである。


「な、なんだ、アレは……」


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」


「クレストさん、目を合わせてはいけません。触らぬ神に(たた)りなしです」


 一番奥の丸テーブルに座る、アリアブルグ・ギルドでは最高位に位置するミスリル級冒険者パーティー【銀馬蹄(ぎんばてい)】のメンバーが小声で話す。


 斬鉄の剣士ガルフ、爆炎の魔女ルーリア、千里必中の弓使いクレスト、救世の聖女ミア。


 人類圏最果ての、このアリアブルグで知らぬ者はいない実力者である四人の足が、全員生まれたての仔鹿(こじか)並に震えていた。


「獣人のお嬢ちゃんはたいしたことないけど、あの黒ずくめの男は何?なんて魔力なの!?」


「身のこなしにも(すき)一つないが、魔力もそんなにか、ルーリア」


「ケタが違いすぎて、理解が追いつかない……」


 そんな会話をしている四人のことなど気付かぬ馬鹿が一人、ガイとアリシアに(から)んでいった。


「よう、兄さん。獣人の小娘連れていい趣味してんな。ゲヘヘへへ」


「何やってんだ!あのバカ」


「ガルフ、ほっときなさいよ。少しはあの男の実力が見れるかも」


 立ち上がって止めに入ろうとしたガルフを、ルーリアは魔導杖(まどうづえ)で制した。


「あいつ、下手したら死ぬぞ」


「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うから仕方ないわ。だからってガルフ、あなたに何ができるっていうの?」

 と、ルーリアは薄情に言う。


「ま、成り行きを見守りましょう」


「もしかして今、俺って絡まれてる?」


「師匠、思いっきり絡まれてるねぇ」


「何ふざけたことぬかしてんだ、コラ」

 チンピラまがいの冒険者がガイの胸倉を(つか)んで(すご)んだ。


「まぁまぁ、落ち着けって」

 と、ガイがポンと肩を叩くと、チンピラまがいの冒険者はぶくぶくと泡を吹いてひっくり返った。


「おい、大丈夫か?急病人だ。誰か介抱してやってくれ」


 白々しくガイがそう言うと、周りにいた何人かの冒険者がチンピラ冒険者に肩を貸して、近くの椅子に座らせた。


「何が起きた?」


「たぶん無詠唱の精神干渉魔法だと思う」

 ガルフの疑問に、回復や補助魔法を得意とするミアが答えた。


「いや、違う。恐ろしく早い、(あご)への打撃による脳震盪(のうしんとう)だよ」


 目のいいクレストが言うからには、実際にそれが見えたのだろう。


「全く見えなかった」


「僕もはっきりとは見えなかった。わずかな残像を捕らえただけ。レベチ過ぎてヤバい。とにかく本気であれはヤバい」


 こそこそとしている四人の視線に気付かぬガイではなかったが、無害そうなので無視することにした。


 天井からぶら下がる大陸文字で書かれた案内プレートに目を向ける。


 真正面に総合受付カウンターの表示があり、二人の受付嬢が座っていた。


 一人は長いブロンド髪の(ひと)種族で、もう一人は猫耳の獣人女性であった。


 ガイは、左側の赤髪おかっぱの猫耳受付嬢に話しかける。


「魔物狩りの仕事の斡旋(あっせん)と、近隣に生息する魔物の情報が欲しいのだが」


「冒険者ギルドへは(すで)にご加入されていますか?」


「いや」


「わかりました。仕事の斡旋料をお支払い頂くなら、一番下の等級の依頼斡旋のみも可能ですが、登録者以外へのギルドが所有するいかなる情報も提供は出来かねますので、魔物情報を照会されるなら登録をおすすめします」


「なら登録手続きを頼む」


 アリシアのレベリングを考えると、生息する魔物の特性を把握しておいた方が安全かつ効率的である。


「承知いたしました。ギルドへはお一人につき大金貨一枚の加盟金が必要です」


 そこそこ高いのは、冷やかしの排除と情報料を含むからだろうと、ガイは考え納得する。


「また、登録等級は銅級からとなります。銅級の上は、オリハルコン級、鉄級、(はがね)級、アダマント級、銀級、白銀級、ミスリル級、金級、白金級の10等級に別れており、銅級から十等級、九等級と数字で呼ばれることもあります。なお、年間通して一定の依頼をこなさない場合、等級ごとに年間費がかかる場合がございます。逆に言えば、等級ごとに決められた年間依頼量をこなせば、年間費はかかりません。また昇級した年も年間費はかかりません。ちなみに年間費は等級が低いほど高くなり、ミスリル級からは必要ありません。最後に、違約金についてですが、依頼を失敗した場合、違約金が発生する場合がございます。天災などに巻き込まれた場合や国軍による召還(しょうかん)など、一定の免責事項もありますので、年間費の額や年間依頼量など(くわ)しくお知りになりたいときは、総合受付で貸し出し可能なギルド規約をご確認ください」


「わかった。では、二人分登録を頼む」

 と、ガイは大金貨二枚を受付嬢に渡した。


 登録手続きはスムーズにいき、一時間ほどで()んだ。


 指紋や魔力紋の登録と、それを元に犯罪歴などないか、登録情報の照会がされた。その代わりにギルドからの身分証明書が発行される。


 冒険者ギルドは、魔物などからの都市防衛にも協力しており、冒険者ギルドから発行される身分証明書は、加盟金も高いこともあり、意外に信用度の高い、一定の市民権と同等の証明になり得るかなり有用なものであった。


 赤髪おかっぱの猫耳受付嬢は、アリシアのために銅級冒険者証を首から()げれるよう(ひも)を付けてくれた。


 そして、その証明書を周りに見えるようにしておけば、獣人だからと(あなど)られず、人種族と同等の待遇を受けられるとも教えてくれた。


 彼女の首からも鉄級冒険者の登録証が提げられていた。


「うぉー、すごいすごい、師匠、私、銅級冒険者!」

 と、アリシアは嬉しそうに冒険者証を穴が開くほど見つめたおしていた。


「とりあえず今日は登録だけして、依頼は明日また見に来よう。先にお前の服と防具を見繕(みつくろ)って、宿の確保をしないとな」


 ギルド四階の自室から、ギルドマスター・ティファ・アスティンは、建物を後にする二人の背を静かに見送る。


 目の(はし)()れる(つやや)やかな青色の長い髪を耳にかけて、(ひと)りごちる。


「あれはアリアブルグに(わざわ)いをもたらす者か、はたまた福音(ふくいん)をもたらす者か」

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