第七十八話「十七年前の出会い」
それは十七年前のこと――――
訪れた場所はすでに廃墟と化していた。
人間と獣人、そしてゴブリンの死体が無数に散乱する。名も無い小さな集落。もはや見るも無残に変わり果てた村。
そこへ馬に乗った十人ほどの集団がぞろぞろとやって来た。
「残念だけど、今回は間に合わなかったみたい」
辺りを見回して、愛想のかけらもない仏頂面の年若のランスロットが無感情にそう言った。
「ついさっきまで戦闘が行われていたようだ」
馬から降り、無精髭を生やしたこの集団のリーダー格であるランドール・グウェンが、くすぶり続ける煙を一瞥し、
「もしかしたら、まだ生存者がいるかもしれない。探索を開始する」
「待ってください、団長。妙ですよ」
『死骸蟻団』団員の一人ダロン・スネルがスキンヘッドの頭を撫でながら、辺りの死体を見回す。
「何がだ?」
「確かに妙だね」
ランスロット少年もダロンに続けて物知り顔で首をひねる。
「人間も亜人もゴブリンもほとんど全員、頭や腹、背中が潰されている。激しい打撃を喰らった証拠ですぜ」
「そりゃあゴブリンだって棍棒ぐらい使うだろうよ」
「人間や亜人の死体に打撃痕があるのはわかる。けれども、ゴブリンのほとんども潰されていやがる」
「それがどうした?」
「投石や棍棒で戦う人もいるだろうけど、多少は弓矢や剣、農機具の鍬や鎌を武器に戦う者もいるはず。なのにここにあるゴブリンの死体のほとんどが打撃痕のみなんだよ。つまりは、少なくともこのゴブリンたちは同じ一人の人に殺られたのかもしれないってこと」
「ゴブリンだけならいいが、ここらにある人間と亜人たちも同じヤツに殺られた可能性が……うわっ!?」
突如、目の前に現れた銀の甲冑に驚き、ダロンの馬が大きくいななき、竿立ち状態に。それを反射的に押さえようとダロンは手綱を引いた。
銀の甲冑姿の何者かは構わず、両方の拳を頭上で組むと、それを振り上げ、容赦なく馬の頭に振り降ろした。
肉と頭蓋が砕ける嫌な音が辺りに響き、肉片や血しぶきが辺りに巻き散らかされる。
ダロンは手綱を放ると、倒れる馬から飛び降りた。
そこに、銀の甲冑がダロンのこめかみに右の拳を振り抜こうと半身を引いた。あんな打撃を喰らえば、ダロンの頭など熟れたトマトを壁に叩きつけるようにぐしゃぐしゃだ。
(やばっ!?オレ、死んだっ!)
ダロン自身そう確信した。
しかし、ダロンは死なずに済んだ。横合いから突如現れたもう一体の銀甲冑のショルダータックルを食らい、吹っ飛ばされる。
もう一体の銀甲冑はその流れのまま、最初に現れた甲冑の拳を紙一重で見事に躱し切る。
「どうやらあれがここいらの死体の元凶か。けど、もう一体は何者だ?」
「最初に現れたでかい方と敵対してるみたいだね」
と、冷静にランスロット。
二体目の銀甲冑の方は、最初のヤツよりややほっそりとしていた。
「どちらも生半な手練れではないな。ダロン、行けるか?」
「もちろんですぜ、団長」
「あれは俺たちで片付ける。他の者は下がれ」
ランドールとダロン、ランスロットの三人を残し、他の団員は団長とランスロットの馬を引いて、その場を離れる。
「悪いことは言わない。あんたらも下がった方がいい。死ぬよ」
煤と血にまみれた、虚ろな目の少年が倒壊した家屋の瓦礫影からふと姿を現す。
ずず汚れた銀の長髪にボロを纏い、足は裸足だ。その少年の脇に、すっと細い方の銀甲冑がファイティングポーズで佇む。
「あのハゲはともかく、俺とそこのちっこいのはそんな軟じゃないさ」
「どうもすんませんね。速攻死にかけまして!」
そう言うダロンを小馬鹿にしたような笑みで眺めて、ランスロットはぼそりと言った。
「どんまい、ヤワハゲ」
「ヤワハゲ言うなっ!!このガキンチョが!」
馬を瞬殺した方の甲冑姿が今度はランスロットの前に突然現れる。
「舐められたもんだね。ヤワハゲの次に与し易しと思われたのかな?」
ズボンの背に挟んでいた先端に宝珠の付いた短い魔法杖を取り出し、ランスロットが瞬間、宝珠に凛気を込める。
「火と火の火ら火ら、炎と爆ぜり。弾けろ!」
言霊が力を持ち、炎を一瞬にして顕現。その炎が銀甲冑とランスロットの間で、銀甲冑の方向にだけ凄まじい爆発を生じさせる。
「魔法じゃなく、いきなり凛気転式!それだけあの甲冑はヤバいってことか」
ダロンは腰に差した両刃の長剣を抜き、気を引き締める。
爆発によって吹き飛ばされた銀甲冑だったが、ただ距離を離されただけで、全くの無傷であった。
そこに迫撃を掛ける影!
「昔取った杵柄、『天穿つ地を断つ龍刺し三千世界に千年の逸材の槍勇者』の名はダテじゃないぜ!」
「異名ながっ!」
ランドールの槍の一突きが、銀甲冑の兜にわずかだが裂傷を付けた。
「アレに傷を付けた!?」
今ままで虚ろな目をしていた少年の目が見開かれ、驚きの声を上げる。
銀甲冑の方もまさかダメージを受けるとは思っていなかったのか、驚いたようによろよろと二、三歩後退りをする。
「引くぞ」
銀甲冑の中からくぐもった声が漏れると、すっと銀甲冑は姿を消した。そして、十メートルほど後方に再び姿を現して、それを繰り返しながらランドールたちのもとから遠ざかっていったのだった。