第七十七話「魔王と勇者」
それは遠い遠い昔のこと。もう思い出されるのも憚られるほどの昔のこと。
その青年はいつも屈託なく笑っていた。
本当に生まれながらの、誰もが憧れ、万人に愛される、その名に恥じぬ正義を誇る、「勇者」を地で体現するような青年ルーファス・エリク。ガイの自慢の親友だった。
世界が魔族や魔物によって闇に閉ざされそうになった時、彼は「勇者」として立った。人々の希望を一身に背負い、世界を救うべく、当然のこととして。
ガイは、光の勇者ルーファスに請われて彼の仲間となり、長き十年の冒険の日々の果て、魔王を討ち滅ぼすことに成功した。しかし、そのための犠牲は小さいものではなかった。
親友を、仲間を、妹を、全てを失い、唯一ガイひとりが生き残った。
あろうことか、前魔王は今際の際に、人の身には呪いとも思える魔王たる証である「魔王印」をガイの背へと刻み、わずかに笑みを浮かべて、最期にこう言った。
「何もかも思い通りにいくと思うなよ、くそったれ」
掠れた小さなその声を、ガイは聞き逃さなかった。
それと同時、前魔王の記憶が瞬時にガイの脳裏に流れ込む。そして、ガイは知る。世界のシステムとしての「魔王」と「勇者」の役割を。
死しても新たな「魔王」と「勇者」が誕生し続け、永遠に争い続けるよう仕組まれた世界のシステムとしての存在理由を。
前魔王はその定めから抜け出そうと必死に抗い、研究を続けていた。
けれども、「勇者」によって志半ばで倒される。いずれ「勇者」によって倒されることも想定し、研究が途中で途切れてはいけないと、前魔王は自身の記憶と「魔王印」を任意の者にいつでも受け継がせられるよう魔力呪法式を常にパッシブで起動させて行動していた。魔力呪法式は常に莫大な魔力の消費が必要であり、前魔王は本来の力を発揮できずに死を遂げることとなった。
前魔王は何を思ったか、生涯をかけて得たその知識と「魔王」たる力を、「人間」であるガイへと託すことを選んだ。魔族の中にも一定数、理解を示す者もいたはずであろうに。
そんな前魔王と同じような思想を持つ勇者が、今の世界の三十年前にも現れる。地の勇者ランドール・グウェンである。
若かりし頃のランドールは、「勇者」の役目に何の疑問も持たず、人類圏に仇なす魔族や魔物を駆逐すべく、戦いの日々に身を投じていた。
だが、ある戦場で大怪我を負い、仲間ともはぐれ、辺境域の森を彷徨っているときに、千年以上生きたと言う魔族と出会い、ランドールの考えは一変する。「勇者」の役目に疑問を持つようになり、「勇者」が存在するから「魔王」が存在し、世界は争うように何者かに仕組まれているのではないかと考えるようになる。つまりそれは世界の大いなる意志、神の意志ではなかろうかと。
神の意志に触れるため、ランドールは五団の一つ『死骸蟻団』リーダーとして、魔術結社『黄昏の黄金血統』に一時は賛同して参加するも、やがて袂を分かつこととなる。『黄昏の黄金血統』を抜ける時に、神の子を名乗る魔術師エイヴェリー・ローワンと対立し、団を守るためにランドールは命を落とす。
『死骸蟻団』現団長を務めるカインは、ランドールを生き返らせるため、彼が死なない世界線に今の現実を上書きしようと、魔術師エイヴェリー・ローワンとの対決まで時間遡行をするべく奔走していたのであった。




