第七十四話「無駄話」
「虫の死骸にはすぐに蟻がたかる。蟻はそれを糧として、自らの一族を食わせ、繁栄させる。なぁ、すごいと思わないか、カイン、ランスロット!」
そう言って自分たちに笑いかける無精髭の男の顔を思い出し、カインは苦笑する。いつもそれっぽいことをそれっぽく話しているが、そのほとんどが意味不明であった。
「何が可笑しいんです?それにこれ、どこに向かってるんです?何か考えはあるんですか?」
矢継ぎ早にシャロンから質問を投げかけられ、カインは走りながらふと空を見上げた。
「とにかくこの剣、重たいんですけど、捨てちゃっていいですか?」
「お前、すごいな」
黒の大剣を抱えながら、顔色一つ変えず走るシャロンの力に感心しつつも、
「いいわけないだろ。とりあえずこれですべてのキーパーツが揃った。後は儀式場を見つけるだけだ」
「魔力場の特異点なら心当たりあるよ」
子供姿のヒューバードが二人と並び、さらりと言った。身体能力向上の魔法をパッシブで発動させており、息も切れていない。その魔力量と才はやはり図抜けている。
片やリオノーラとクローディアは息を切らして、離されないよう三人を追うのに必死で、会話に加わる余裕がなかった。
「でも、反対方向。西の沼沢湖の方だよ」
「西か。西には黒がいたな。黒とあの竜魔族、ダブルで鉢合わせると厳しいな。その上、儀式場の構築となると……」
「それはたぶん問題ないかと。『間隙断層』を団長のアルカディア・リザルトと同時に解除したので、その後の魔法の炸裂音を黒とやらは捉えているでしょう。一度様子を見に来ている以上、再度確認しに戻る可能性は高いと思います」
「そしたら、その黒と竜魔族が衝突している隙に、僕たちは、ぐるりと大きく迂回して西の沼沢湖に向かえばいいってわけか。さすが『死骸蟻団』の頭脳、シャロンさんだぁ」
その時!さっきまでカインたちのいた辺りで、竜の吐息と思われる火柱が爆音とともに上がるのが見えた。
「よしっ!方向性は決まった。シャロンの読みはほぼほぼ確定だな」
カインは歩を緩め、立ち止まると言った。
「それでもイレギュラーはまだ多い。赤と蒼の動きを把握しておきたいわね。リオノーラ、クローディア、悪いけど頼まれてちょうだい。リオノーラは、徒労の森の方へランスロットさんと赤の状況を確認してきて。クローディアは、アリアブルグから北西バイゼルの街の方に向かって。そして、ガーヘルトらと合流して蒼の動きを監視し、妙な動きがあればこちらに戻って報告を」
「わ、わかりました!」
「いざ承知しました!」
二人は息が上がりながらも勢いよく返事をすると、二手に別れて、再び走り出した。
「さて、そしたら僕たちで儀式場の構築をして、団長を時間旅行へ送り出さなきゃね」
「そう簡単に事が進むといいけどね」
「まぁ、植物が水と日光ですくすく育つように、なるようになるさ」
たまにこの団長はわけのわからないことを言う。
「団長、ますます誰とは言いませんが似てきましたね」
「誰とだよ?」
「自覚がないからホントこわいわ」
「さ、無駄話はこれくらいにして行くぞ!」
(あんたの植物の話が一番ムダだよ)
と、シャロン・メイカーは心のなかで激しくツッコミを入れるのであった。