第七十三話「幻術」
「やはり貫通はしても致命傷には至らないか」
銀の髪に指を通してさらりと梳きながら、カインはぼやいた。
苦々しくヘリオスが吐き捨てるように言う。
「しっかし、魔力を物質化するなんて、法則無視の錬金術かっつうの。それにまだしつこく消えぬとは」
地面に捨てた金属杭をつま先で蹴ると、カランと音を立てまだそこに転がっていた。
土魔法のようにもともとある土を変成させて行使する魔法は長く形を留められるが、普通は、火炎球や氷の矢でももって数分、形をしっかり留められるのは魔力供給が続く時のみで、しばらくすると霧散するものである。また水魔法で水を生成し、その水を飲んでも一時の渇きは癒せても、体内の水分補給には繋がらない。体内でその魔法水はもとの魔力へと戻るため、少量の魔力補給にはなるがあまりメリットはない。
「やがては消えてなくなる。所詮魔力でできたまがいもの……」
「そっちの甲冑人形も魔法の産物とか言うんじゃないだろうな?」
「想像にまかせる」
ファイティングポーズをとって金属フォルムの甲冑人形は無機質に佇む。だが、一度動き出せば、遥か東の国に伝わる道術の縮地の如く一瞬にして彼我の間合いを詰める。
再びヘリオスの眼前に甲冑人形が!
いくら速いとはいえ、二度も同じ攻撃を喰らうヘリオスではない。
甲冑人形が拳を繰り出すタイミングどんぴしゃで、ヘリオスも拳を突き出し、衝撃を相殺する。
(どういう理屈だ?移動というより突然現れたと表現する方がしっくりきやがる)
考えつつも即座に、もう一方の手より竜鱗の刃を生やし、甲冑人形の首元に一足飛びに刃を突き入れる。
思った手応えはなかった。視覚的には金属質だが、感触は水を突き刺した感覚だった。
(実体がない?いや、一種の幻術か?)
「アーク・イミュアー!」
ヘリオスの思考を中断するカインの魔法。
何処より現れ出ずる白き棺がヘリオスを閉じ込める。
その棺目掛けて、
「エファルジェント・クライシス!!」
カインのかざした右手から、目を灼く程の鮮烈な光が放たれる。強い力を帯びた光が白棺を飲み込み、灼き払う!
「焔将と呼ばれる俺がこんな光ごときに焼かれてたまるかっ!」
光を割ってヘリオスが竜鱗の刃でカインに斬りかかる。体中が焦げつき、煙を発しながら、怒りの表情を浮かべる。
しかし、その刃はカインには届かなかった。横合いから突如現れた甲冑人形の強烈な打撃を左肩に受け、ヘリオスの体はすっ飛ばされ、空間内の白壁に強かに叩きつけられる。
「ならこの炎はどうだ?アステロイド・ヘルファイア!」
息つく暇もなく、カインの魔法が連続で襲い来る!
「もう一発!ヴェスタバーン・フレアナート!」
地獄の業火と羽根を広げた大鳥の爆炎がヘリオスに炸裂し、大爆発を起こすも、さらに追撃を加えるカイン。
「アルカディア・リザルト!ガルファング・ウインドシェア!ライトニング・フレア!」
魔力量に物を言わせて立て続けに魔法を放つと、
「シャロン!『間隙断層』解除だ!ずらかるぞ!」
「既に解除してますよ」
シャロンはカインが攻撃魔法の間に、超大幻術魔法アルカディア・リザルトを挟んだことで、団長カインの考えを即座に理解した。
アルカディア・リザルトは、一瞬にして幻術の理想境へと対象者の意識を飛ばして、一時相手の思考・身体制御を完全無力化する大技。絶大な効果ゆえに制限も多く、相手が混乱せめて困惑状態の時にしか効かないため、甲冑人形やパイル・スキュアによる情報量とエファルジェント・クライシスでヘリオスのプライドを逆撫でして怒りを誘発し、その思考を撹乱して困惑状態へ落としたのである。けれども、効果と持続時間は対象の魔力の多寡にもよるもので、魔族相手ならもってほんの数秒。だが、逃げるには十分な時間である。
瞬間、通常空間に復帰すると同時に、
「え、ええーっ!?逃げるんですか!?」
と、驚きを隠せず、リオノーラが声を上げた。
「魔族を倒すなんて骨だ。さっさと逃げるぞ」
言うが早いか、我先にて団長が団員をほっぽって東へと走り出す。すかさずシャロンが並走する。
「え?ちょ、待ってくださいよ!」
あわててリオノーラがヒューバードの首を持って、クローディアがその体を背負って二人を追いかける。
「紅玉はよかったのですか?」
やや憮然としてクローディアが走りながら問うた。命懸けで手に入れようとしたものなのに、そんなにすんなり諦められるものなのかと責めるような口調であった。
「紅玉ならここにある」
カインの左手には紅玉が握られていた。
「いつの間に!?」
「俺の傀儡がヤツに二撃目を入れたときだ。盗賊団の団長がこれくらいできねばな」
そう言ってカインは笑った。
クローディアは納得いかず、思わず叫んだ。
「それではヒューバードが浮かばれません!!」
「だってよ、ヒューバード。いつまで女に背負われてるんだ?まったく死んだふりが得意なヤツがウチには多くて困ったもんだ」
「あ、バレてました?」
首のないヒューバードの体がむくりと身を起こした。首がないのに頭の後ろに手を回して、てへぺろな仕草を見せる。
「き、気持ち悪ぅー!!!」
「なっ、気色が悪いっ!」
リオノーラは手に持っていた首を、クローディアは体を走りながら放り出す。
一緒に行動していたときよりも一回り小さい、首のないヒューバードが四人に並走して付いてくる。首は放り出されると、空中で霧のようにかき消えた。
「童顔低身長を誤魔化すためにパッシブで幻術発動させてるからあんな魔族に遅れを取るのよ」
呆れ顔でシャロンが言った。
「ランスロット兄貴からの直伝の幻術はすごいでしょ。でも、かなり魔力喰うから効率悪いんだよねぇ」
「だったらそれやめろ。それと、首がない姿で話すな。気味が悪い。さっさと幻術を解くなり、再構成するなりしろ」
言われて、ヒューバードは幻術を解いた。
すると、そこにはまだあどけない顔をした少年か少女か区別がつかない、可愛らしい子供が姿を表す。口調も幻術前の重厚な感じでなく、子供っぽく変わっていた。
『え、ええ~っ!!!!こ、こんなガキが序列第九席のシングルナンバー!!!!』
今日いちの驚きの声をハモらせて、リオノーラとクローディアは目をひん剥いたのであった。




