第七十二話「魔導師」
ガイが到着した時には、もう誰もその場にはいなかった。
焼け焦げた木々と戦闘の痕跡。まだ煙の燻る草木。
(ついさっきまで複数の人がいた形跡……どこへ行った?この痕跡を残した者たちを探すべきか……いや、時間を考えると、さっき何かを感じた沼沢湖で魔力場の特異点の探索を続ける方が可能性が高そうだな)
少し悩んだ末、ガイはもと来た道を引き返す。
一方、シャロンの固有技能により生み出された『間隙断層』による亜空間スペースでは――――
「ほぅ。こいつはすごい。これだけの空間を生成する異能力者が人間にいるとは。ぜひ俺の部下に欲しいくらいだ」
百メートル四方の空間を見渡してヘリオスが感嘆の声を上げる。
「残念ね。ここであなたは団長に倒される運命。ここから生きては出られないわ」
「なら、この男を殺せば俺の部下になるか?ついでにそこの重騎士の女、お前もどうだ?お前もなかなか見込みがある」
「おいおい。リーダーの俺を差し置いて、団員の引き抜きは困るんだが」
『死骸蟻団』を束ねるカイン・ロガルディアは、高位魔族を前にしても余裕の薄ら笑いを張り付け、応じる。
ヘリオスは値踏みするかのように、目の前の銀髪の青年を足先から頭のてっぺんまで舐めるように眺めると、ややして問い掛けた。
「ところでお前はこいつで何をする気だ?」
ズボンのポケットから紅玉を取り出して、カインの目に晒す。
「ちょっとした『時間旅行』を楽しみたくてね」
「時間旅行?」
「そう。少しばかり過去への『時間旅行』をね」
「過去への干渉か。そいつは魔族でも、ましてや人間ごときの領分を超えている。――だが、……ふむ。面白い」
クックックッとヘリオスは心底面白そうに笑声を漏らした。
「それが実現可能ならば、協力するのは吝かではない」
「話の流れが随分と変わってきたな。とはいえ、俺たちは有能な仲間を一人殺されてるんだ。ただで矛を収められるはずもあるまい」
クローディアがキッとヘリオスを睨み付けている。
「なるほど。そいつはそうだ。死者を蘇らせるのは不可能だ。だからか。それで過去への干渉というわけか」
「なかなか察しがいいな」
「合点がいった。なかなか興味深い試みだというのに、貴様と相容れぬとは残念だ」
「俺は微塵もそうとは思わない。お前は団員の敵。俺が『死骸蟻団』の団長である以上、お前はここで殺しておかねばならない」
淡いグレイの瞳がすっと細くなる。急激に膨れ上がる殺気。
カインの背に人影が見切れる。
一瞬でその人影が目の前に!
全身甲冑のようなメタリックボディーの人影が強烈な鉄拳を繰り出す。
(奴の憑き物か!?)
ヘリオスは腕の竜鱗を盾みたいに変形させ、その一撃を防ぐも、重たい衝撃に身体を後方にもっていかれる。
それと並走するように距離を取って横にカインが。
人差し指を銃の形にした右手に左手を添え、力ある言葉を放った。
「パイル・スキュア!」
人の指ほどの太さの鋭利な金属杭が、凄まじい勢いで射出される。
それが硬い竜の鱗の盾をも穿ち、ヘリオスの肩に突き刺さる。
「パイル・スキュア!」
続けざまに第二射がヘリオスの太ももを貫く。
(正面からは甲冑人形。横からはこの攻撃。体制を立て直さねば)
ヘリオスの腹が竜の顎へと変形し、竜の吐息を放つ。
正面の甲冑人形を攻撃というよりも、竜の吐息の勢いで一気に後方へと飛び退き、体制を整える。
「なかなか貫通力の高い攻撃だが、貫通力を高めるために多くの魔力を振っているから、致命傷を与えるにはいかんせん細いな」
と、肩に刺さった杭を無造作に抜き放ち、投げ捨てるヘリオス。
金属音が空間内に響く。
「シャロンさん、あれが団長の『凛気転式』のスキルですか?」
静かに佇む甲冑人形を眺めて、リオノーラが訊いた。
「さぁ、わからないわ。あれが凛気によるものか、魔法によるものか。はたまたそれとは全くの別物か。ただ一つ言えることはあるわ。団長は世界最高峰の魔導師よ」




