第六十八話「赤星たちの十字団」
魔力場の特異点は、一見では判断がしにくいものである。また魔力探知にもかからない。その場に立つことではじめて揺らぎ、いわばバグに気付くことができる。そこでは、魔力法則が歪められ、世界の境界すらあやふやとなる。
だから、足で探すしかないのだ。
定宿の【風の凪亭】を朝早く出て、ガイは西の沼沢へと向かった。
アリシアとレカイオンが付いて来たそうにしていたが、今回は留守番してもらうことにした。一人の方が身軽で探索しやすいし、魔力が使えない今は、不測の事態に二人を守りながら対応できるか、不安であった。
ギルドにはティファもいるので、二人をギルドに預けてきた。
「……約定の期限まであと四日か」
ガイはまだ知らない。約定を交わしたベランギたちがすでに殺されていることを。それが事態をより複雑化している状況を。
五団の『赤星たちの十字団』『蒼精輝機団』と『死骸蟻団』の対立、魔族の乱入、賢者の石とヒルデガルトの行方。それぞれの勢力の思惑が入り乱れ、混沌化した流れが煮詰まっていった先は、どこへと向かうのか。
(俺が、この世界に出現した位置と、あのときの召喚魔法による引き寄せる力の向きと方角を鑑みると、この西の沼沢が怪しいんだが……)
時空を歪め、別世界の存在であるガイをこの世界に顕現させるほどの大規模魔術。それを相殺するのには、同等量の魔力をぶつける必要がある。
そして、それほど大きな高魔力同士がぶつかり、打ち消し合うと、マイナス魔力、いわゆる反魔力場が形成される。それが魔力場の揺らぎや魔力場の特異点と呼ばれるものの正体であった。
また反魔力場はマイナスエネルギーであるから魔力探知にはかからず、正規の魔力との対消滅によって生じ、そのエネルギー量は元の魔力の倍となる。だが、それは負の力であり、あってないような虚数のようなものであり、この世界の法則を反転し、ねじ曲げる。
ハンノキの湿地林を抜けると、ショウブやヨシが繁茂する沼沢湖が現れる。
そこにはただ美しい沼沢湖があるだけ。何も無い。それらしい気配も。
(俺の予測がハズレたか。一応周囲を確認しておくか。この辺りでないとしたら、次はどこが考えられるか)
沼沢湖を探索するが、本当にここには何も無いようだ。しかし、何人かがここを訪れたような形跡がわずかに見える。今は誰の気配も感じはしないが。
一方、その頃、「徒労の森」のとある遺跡で、死の間際に、自らが死んだ場合、凛気転式「操死身帯同」による死体自動操縦が発動するようにしていたベランギの亡骸が、『赤星たちの十字団』団長ミレニアル・ラビオリに、これまでの経緯を伝えていた。
紫の長い髪を後ろ手に一つに束ね、静かにベランギからの報告を聞き終えた美女は、すっくと立ち上がると、すらりとした長い腕で、両腕を失ったベランギの亡骸を優しく抱き締め、
「よく戻って来てくれた。もう十分だ、ベランギ。後はこのミレニアル・ラビオリにまかせ、ゆっくりと休むがいい」
「団長、ベランギを殺った魔族を全員で今すぐぶっ殺しに行こう!」
右の額から左の頬にかけて大きな刀傷のある色黒の若い大男グレナ・ガームが激昂にまかせ、叫んだ。
「ベランギが魔族に狙われたのは『死骸蟻団』の連中に襲撃されたのがそもそもの発端。先に『死骸蟻団』の連中をやるべき。おそらくリュウハンも殺されている可能性が高い」
と、冷静な声音で、ゴスロリ衣装の青白い顔をした少女リアン・リアンが無表情に言う。
「リアン、怒っているんだね。私も許せない!確かにリアンの言うことは最もだが、私は、死してもなお団のために、こうして報告に来てくれたベランギの死を無駄にしたくはない。まずは賢者の石を魔族から取り戻すのが先であるべきだと考える。『死骸蟻団』の連中はその後、絶対に皆殺しにする。どちらも許さないっ!」
ベランギの亡骸をその場に優しく横たえると、ミレニアルは怒りも隠さずにそう言い放った。
奇しくもそのとき、
「―――誰が誰を皆殺しにするって?」
ふらりと一人の男が現れた。左手に先端に宝珠の付いた短い杖、右手に両刃の直剣を持った銀の軽鎧を纏う騎士然とした男、『死骸蟻団』序列第一位のランスロット・サーフィスだ。
見知った顔だ。
「ほぅ。てめぇは『死骸蟻団』の。たった一人でいい度胸じゃねぇか!このグレナ・ガーム様が直々にてめぇの相手をしてやろうじゃねぇか!」
グレナ・ガームは、脇に置いた優に百キロはありそうな長大斧を片手で軽々と持ち上げると、ランスロットの真正面に仁王立った。
「ここはグレナに任せて団長、まずは、他の団員にベランギたちのことを伝えよう。魔族狩りに『死骸蟻団』との全面抗争。あたしらだけじゃちょっとしんどい」
「そうだね。
グレナ、ここはまかせても?」
「もちろんだ。コイツをしっかり仕留めて、すぐに合流する」
「頼もしい。じゃあグレナ、まかせたよ」
ミレニアルは、信頼するグレナにこの場を任せて、寝座としていた森の遺跡を出る。各地に散らばる仲間を集めながら、アリアブルグへと向かうために。
「団長らを追わなくて良かったのか?」
ニヤニヤと頬の刀傷を触りながら、グレナがランスロットに尋ねる。
「さすがに、あの女とお前を同時に相手にするのは骨が折れる。腕か足の一本は覚悟せねばなるまい」
「随分舐められたもんだ。団長と俺相手に腕一本だと?お前など俺一人で十分」
と、グレナは長大斧を手に、ランスロットと相対する。




