表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/80

第六十六話「竜鱗の魔族」

「あれは……」

 朝もやの南城門を遠望し、ヒルデガルトは良からぬ気配を感じて、足を止める。それは直感か、胸にある紅玉(こうぎょく)が何らかの魔力に反応してか。


「南門はダメね。他の城門もきっと同じね」


 ヒルデガルトは(きびす)を返し、街とは反対の東のレーベ川方向の森へと足を向ける。


 とぼとぼと疲れた足を引きずって、彼女は思う。

(私、何してるんだろう……?ラステカの再興を望んでいるセイヴィアたちを利用してまで、どうやって死ぬかを考えて……。私が生まれてきた意味って。姉さんはどういう気持ちで火の勇者を(つと)めていたのだろう?私は生まれてくるべきではなかったのかもしれない……)


 もうどうでもいいはずなのに。もうどうなってもいいはずなのに。だったら、後の事なんて考えず、ただ死ねばいいだけなのに。けれども、ずっと自分ではどうしても死を選べなかった。


 自分の心の奥底ではずっとわかっていた。でも、自分を捨て、いつも考えないようにしていた。本当は生きていたいんだということを。一人になって、それを今、改めて思い知る。


 このどうしようもない気持ちを抑えきれず、誰も見ていないと思うと、感情が(せき)を切ったように(あふ)れ出した。

 

 ヒルデガルトは子供のように泣きじゃくった。泣きじゃくりながら、一人森へと向かう。なんのあてもあるはずもなく。


 こんなに泣いたのはいつ振りくらいだろう。


 ひとしきり声を上げて泣いたら、ふと冷静に我に返った。


(死ぬための方法じゃなく、どうにか生き残る方法を模索(もさく)しよう。天使とかなんとかのために殺されたり、世界のために死のうなんて考えを強要されるのはおかし過ぎる!どうせ尽きるかもしれない命なら、私を(した)ってくれているラステカの人々、セイヴィアたちのために使おう。どうにか街に入ってセイヴィアたちのもとに戻ろう)

 そう思うと前向きな気持ちと気力がわずかに()いてきた。


(いくつかの勢力が私の身柄と姉さんの紅玉(こうぎょく)を狙っている。必ずどこかのタイミングで衝突する。その混乱に乗じて街に入ろう。それまでは森に(ひそ)んで動向を(うかが)うべき)

 草の根を食べても生き残ってやると気持ちを強くして、ヒルデガルトは一旦森へと姿を消した。


 一方、ヒルデガルトの行方(ゆくえ)を追うベランギは、カッソールの丘を降った街道脇で、最悪の敵と遭遇してしまっていた。


 銀髪に鼻梁(びりょう)高く整った顔つきの、まるで彫像を彷彿(ほうふつ)とさせる均整の取れた美しい肉体。(ひたい)に竜の(ごと)き角と腰には太い竜鱗(りゅうりん)の尾を巻き付けている禍々(まがまが)しい気配を(まと)う者。


「魔族がなぜこんなトコに……」

 からからに乾いた喉から声を(しぼ)り出すベランギ。彼女の気配はもはやその魔族――ヘリオスに補足されていた。


「残って探索を続けていた甲斐(かい)があったというもの。突然でかい魔力を感じて来てみれば。賢者の石か、それに類する魔力の凝縮体を持っているようだな、お前」

 ベランギにゆっくりと視線を移し、ヘリオスはにやりと笑った。


「人の肉体に埋め込まれていたものを取り出したか?肉体の内にあると魔力を感じにくいものだからな」


 ベランギは凛気転式(ブレイブコード)操死身帯同(そうししんたいどう)』によって、常に死体を(まと)っており、その内にヒルデガルダから奪った紅玉(こうぎょく)を隠し持っていたから、気付かれずにいたが、今は生身で紅玉(こうぎょく)を所持していた。それで、この目の前の魔族に紅玉(こうぎょく)のことを気取られてしまったのかと理解する。


(どうやってこいつから逃げる?ここまで近付かれるまで気付かなかった。これほどまでの禍々しい魔力量の魔族に。魔力操作のできるかなり高位の魔族)


 状況は絶望的だった。実力差があり過ぎる。しかも今は生身。ベランギの技能(スキル)はほぼ役に立たない。魔法で(しの)ぐしか。詠唱している時間はない。威力は落ちるが無詠唱でいく!


「バースト・フレア!!」

 無詠唱の分の威力を補うように、右手と左手から二重に同じ魔法を放つ!火炎放射の火流が左右交差する、最も火力の高い位置でヘリオスを焼き払う。


笑止(しょうし)焔将(えんしょう)の異名をとるこの俺に、こんな炎など生温(なまぬる)い。もしくは目眩(めくら)ましのつもりなら無駄だ」


 (すさ)まじい火炎の中、ものともせず、瞬間で間合いを詰め、ベランギの両腕を切り飛ばす。右腕の竜鱗を鋭利な刃と変えた一振りだった。

 そのまま、ベランギの胸に竜鱗の刃を突き入れる。


「がはぁっ!?」

 どろりとした血を吐き出し、だらりと体勢を崩してしなだれるベランギの腹部辺りをまさぐり、真っ赤な石を奪うと、彼女の身体を乱暴に蹴り離す。


 心臓を貫く致命傷。ベランギの瞳からは光が()せ、生気ない顔が明け始めた空を(あお)ぐ。


「ほぅ。なかなかの魔力純度の宝玉よ。わずかに神気(しんき)も帯びている。こいつならいけすかないあの野郎に一泡吹(ひとあわふ)かせられようか。ハハハッ!見るからに実に美しい!」

 と、ヘリオスはベランギへの興味など一切無くし、その美しい紅玉(こうぎょく)を朝日に()かし、うっとりと眺めた。


 その状況を離れたところから目撃していた、ベランギたちを追っていたヒューバートは、苦虫(にがむし)を噛み(つぶ)したような顔をしていた。


「最悪の事態だ。魔族に賢者の石を奪われるとは!痛恨の極み!」


「だったらあいつを()るか?」

 半眼で大きな口を引き(ゆが)めてリオノーラが言った。


 戦斧(ハールバード)に甲冑姿の重騎士クローディアも神妙な面持ちでこくりと一つ(うなず)いた。


「手ぶらで戻れば、二度もしくじったダブルナンバーの私らはきっと制裁は(まぬが)れない。下手したら粛清だ」


「やめとけ。無駄死にだ。あの魔族は不規則因子、お前たちのことは俺が責任を持って取りなしてやる。だから一旦引くぞ。シャロンさんにまず話を通す」


 目深(まぶか)にフードを(かぶ)り直してヒューバートは二人に自重を促し、一度後方に下がって仕切り直すことにした。


「くっくっくっ。こいつ以外にもまだ何かありそうだな」

 紅玉(こうぎょく)の冷たい感触を(てのひら)(もてあそ)びつつ、楽しそうにヘリオスは笑みを浮かべ、ヒューバートに気付かれぬよう、付かず離れずその背を追う。


 そして、誰もいなくなった。


 その時、ベランギがむくりと身を起こした。瞳の色を失ったまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ