第六十二話「襲撃任務未完了」
リオノーラの剣撃が乱れ飛ぶ。
矛を展開する暇もなく、リュウハンの額を脂汗が流れる。致命傷を食らわないようにするのがぎりぎりだった。
「はんっ!あんた、そんなもんかい?なら、そろそろ終わらせるよ。弱いヤツには興味はない」
リオノーラの体から、ゆらりと殺気が立ち昇る。
「風なりし牙よ、研ぎ澄ませし汝の斬撃は、覇王の露を払いし一迅の烈風!其の雄姿を我が眼前に示せ、風狼の牙刃!!」
「詠唱!?」
魔法が来るとわかっていても、絶えず飛び来る剣撃に釘付けにされ、間合いを引き離せない。
「ガルファング・ウィンドシェア!」
剣を持たないリオノーラの左手から、力ある言葉に反応して、牙の如き三本の白い風刃が放たれた!
避けきれない!?
リュウハンは左腕で風の刃を受ける。腕の肉が斬り裂かれ、辛うじて骨で風の刃を止められた。が、もはや左腕は使い物になるまい。
夥しい血をぼたぼたとたれ流しつつ、リュウハンは考えを巡らす。影に囚えている、賢者の石を体内に秘めるヒルデガルトについて。
(オレがやられるのも時間の問題……あの女をこのまま『死骸蟻団』の連中に奪われるか。それとも、陰縛りを解き、解放するか……)
リュウハンが人の悪い笑みを浮かべる。
「何が可笑しい?そんな余裕あるのかい?」
リオノーラは容赦がない。リュウハンをめった斬りにしていきながら、飛び散る血に顔色一つ変えず、追い込んでいく。
(愚問だな。『死骸蟻団』のクソ野郎どもに奪われるくらいなら!)
腹は決まった。
外のベランギの様子を伺う。
無数の死魂兵の死体を踏みしだき、重装騎士クローディアがハルバードを手に、ラスカーファに迫る!
横合いから三体の死魂兵が飛び出すも、ハルバードを一振りし、首をたやすく飛ばすと、クローディアはラスカーファの胸に切っ先を突き入れた。
叫び声より先に、大量の血を吐き出し、ラスカーファが串刺しにされる。
(すでに自動操縦に切り替えていたか。さすが機を見るのに敏い)
ベランギの凛気転式『操死身帯同』は、死体に乗り移り、その者の姿形、能力、記憶をコピーし、我が物として扱うことのできる技能であった。加えて、乗り移っていた死体から出るとき、その死体に簡単な命令を聞かせ、二十四時間自動で動き、囮にもなる、補助機能が備わっていた。
(ベランギはもうこの場を離れたな。逃げ足だけは早い)
あのタイミングで死魂兵を横合いから飛び出させたのなら、普通は魔法を叩き込むのが有効だ。それをしなかったというのが、あれが中身のない自動操縦のただの死体人形だという証左だ。
(ベランギが丘であの女を回収するだろう)
ヒルデガルトは、カッソールの丘の一本木の陰に縛りつけられ、囚われていた。三日に一度、水と食料を持っていけば、死にはしないたろうと考えていた。こちらに連れて来ず、正解だった。
(だが、ただで死ぬのも癪だ。この女を道連れに!)
「凛気転式『渡影陰差』!」
「唯一の光源だったランプは、クローディアの突貫で破壊され、薄い月影だけ。夜だとお前の能力の本領は発揮できまい」
そう言い終わらぬうちに、リオノーラはくぐもった呻きを発する。
「ぐぉっ!?」
黒い鋭利な何かが三本、リオノーラの左肩に突き立っていた。さらに十数本のそれが、リオノーラを襲う!
クローディアによって空けられた壁に、外の月影が差し、そこに鋭く尖る影を作り出していた。
リュウハンの能力『渡影陰差』の技――影刺しである。光により自然と形作られた五センチ程度の長さの影を、拳銃のように影から射出する能力だ。射出する数や速さは、凛気の消費量に左右される。
最初の三本こそ、リオノーラを捉えたが、残りはリオノーラの風魔法ウィンド・ウォールによる風の壁に阻まれ、届かなかった。
「抜かったよ」
肩に刺さった鋭利な影を抜き、そこらに捨てると、リオノーラは吐き捨てるように言った。
「当たりどころが悪かったらやられていた。相手の凛気切れに助けられたな」
クローディアが外からそう声を掛けた。
ぜぇ、ぜぇ……と息を切らし、リュウハンが矛を手にリオノーラを睨む。
「リオノーラ、手伝おうか?」
「いらぬ世話だ!遊び過ぎた。本気で行く」
細身の剣をサッと振って、付着した血を払うと、半眼のリオノーラがゆっくりとリュウハンの横を行き過ぎた。
「瞬閃羅漢漸刎!」
細身の剣を鞘に納めると、辮髪のリュウハンの首が飛び、噴水のような血飛沫を上げた。
クローディアが感嘆の口笛を吹いて、
「これからは獅子を見習うんだな」
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすか。ああ、今度からそうするよ。いい教訓になった。それで、賢者の石は?」
「そっちじゃないのか?」
「うん?」
リオノーラとクローディアは顔を見合わすと、あわてて自分たちが倒した敵の体を探る。
「…………ない」
「ああ、ないな」
二人は茫然とその場に立ち尽くした。
「たぶんヒューバートの方だよ」
「そうだな。きっとそうに違いない」
「そうだそうだ」
と、二人は無理やり自分たちを納得させた。