第六十一話「月光の襲撃者」
一方、昨晩のこと。とある山小屋近くの森――――
「やっと賢者の石の尻尾を掴んだわよ」
薄い月光の下、白刃を手に軽装の、口の大きな女がにたりと笑って言った。栗色の髪を肩で切り揃えた、細身長身のリオノーラは森の木陰から、山小屋を望む。
「やはり『赤星たちの十字団』の隠密行動に長けた奴らが隠し持っていたか」
戦斧ハルバードとバックラーを装備し、銀製のガードを肩、胸、脚に着けた、重装の女騎士クローディアが続いて口を開いた。
「死体と影に隠れるしか能のない奴らに、随分手間取らされたわね」
怒りの瞳で、ワントーン声音を落とし、ドスの効いた声でリオノーラは呟いた。
黒いフードを目深に被るヒューバートは、冷静にリオノーラとクローディアに言い含める。
「影を操る奴を逃すと厄介だ。薄いとはいえ、あの上弦の月影には留意しろ」
重装の割には、戦闘に邪魔になりそうなのに、髪は無頓着なワンレンロングにしているクローディアは、髪を耳にかけると、
「なら、明かりはなし。月明かり頼りの狩りか」
「フフ、それもまた一興。影に隠れる前に仕留めるまで」
大きな口を引き歪め、リオノーラが不敵に微笑む。
「では、魔眼の方は我が殺る」
「さっき小屋から出ていった二人はどうする?どうせ使いっぱだ。無視するかい?」
「いや。追いかけて消す。万が一にも賢者の石をどこかへ送るための使いだったらまずい。ここはお前たちにまかす。そう難しい仕事ではあるまい。必ず賢者の石を見つけて回収する。いいな」
そう言うと、ヒューバートの姿がゆっくりと闇に溶けていった。
残されたリオノーラとクローディアが、お互いの顔を見合わす。
「相変わらず愛想のない奴だね」
「しかし、団長は何をするつもりなのか?竜人族の心臓に聖杯、次いで神槍ときて、今回は賢者の石に魔剣。魔族でも滅ぼすつもりか」
「あながちそうかもよ。けど、顔は整っているものの、団長は勇者とは程遠い。後でヒューバートに聞いてみるか。序列第九席のシングルナンバーに入っているあいつなら何か知らされてるかも」
「簡単に口を割るとは思えないけど。まずは賢者の石の回収を確実にこなさねば」
「久々のバトル。滾るねぇ」
「バトルより賢者の石が優先」
「わかってるよ」
「それじゃあ行こうか」
二人は薄い月明かりに浮かぶ山小屋に、一気呵成に襲撃をかけた。
無造作にハルバードとバックラーで山小屋の木の壁をぶち抜くと、その勢いのまま、クローディアはラスカーファの姿をしたベランギにハルバードを突き立てる。
間一髪躱すも、バックラーごとのクローディアの体当たりをまともに受け、反対側の木の壁をぶち破り、ベランギは外に放り出される。
部屋にいたリュウハンが慌てて矛を手にするも、影に潜る時間を与えず、リオノーラが片刃の細剣にて斬撃、刺突、跳ね上げ、硬軟織り交ぜた連撃を繰り出し、リュウハンを圧倒する。
外に放り出されたベランギがクローディアに向かって呟く。
「なんて馬鹿力……木とはいえ、壁ごととは……」
ベランギの周りを死魂兵が防御体制で囲む。
「ところで、私たちに何の用があって?」
「賢者の石を素直に渡すなら、命は助けてやろう」
「『死骸蟻団』が賢者の石を追ってるってのは初耳ね」
「さすが隠密行動が得意なだけはある。諜報はお手の物か。素性を知られているなら、名乗りを上げよう。我は『死骸蟻団』序列第十五席クローディア・アイリーン!貴様より賢者の石を貰い受ける!」
「魔族の力を扱うこの私に勝てるとでも思っているの?」
「紛い物の力。もとよりオリジナルとて魔族でも我の敵ではない」
「どの口がほざく!死魂兵ども、あいつを喰い殺せ!」
異形の人型が正面から襲いかかって来、足元、土中からはサンドワームの死魂兵が、クローディアの足に喰らいつこうと、輪状の鋭利な歯で突進してくる。
そのことごとくをバックラーでいなしては、ハルバードで突き殺しては斬り裂き、一瞬にして死魂兵の屍山血河を築く。
リオノーラの方はというと、
「ハッハッハッハッ!!踊れ踊れ!!私の剣での死の舞を!!」
リュウハンを完全に手玉に取っていた。リュウハンは防戦一方。しかし、躱しきれずにどんどんと手傷を増やしていっていた。
(このままだとジリ貧だ。けれど、オレの凛気転式『渡影陰差』では、影の中を渡るのと、相手の陰に入ることで相手の身体を意のままに拘束できる能力。なんとかして、この女の背後に回るか、影に潜る隙を作らなければ……)
「影を踏ませるつもりは毛頭ないよ!さっさと賢者の石を渡して、楽になりな!」