第六十話「元魔王、施しをする」
武器防具市は盛況だった。人類圏最果ての地だけはある。内地よりも冒険者登録数も圧倒的に多く、武器防具の需要は高く、質のいい品が集まっていた。
東の大通りに、蚤の市のように武器や防具が路上に並べられ、多くの冒険者らしき人々が、掘り出し物はないかと見て回っている。
「すごい人出だな。一通り見て回ってもいいか?」
「いいけど、この人混み、はぐれないでよ」
「じゃあ手でも繋ぐか」
と、ガイは無造作にシュリの手を握った。
「ちょ、えっ!?いきなり手……」
「離すなよ」
「う、うん」
ちょっと頬を赤らめ、はにかみつつもシュリは素直にガイの手を握り返した。
二人は手を繋いだまま、色々見て回った。これがアクセサリーとかならもっとデート気分も盛り上がっただろうに。二人が見てるのは、無骨な武器であった。けど、とても楽しかった。
「幾つか気になる物はあった?」
「ああ。城壁側で見たバスタードソードにするかな。しかし、市の周りに子供の物乞いが何人かいるな」
市を取り囲むように、やや離れた位置にお椀などを置き、物乞いをするみすぼらしい獣人の子供たちをちらほらと見掛ける。数えるばかりだが、わずかに人種族の子供たちもいる。
「貧民窟から出てきた子供たちね。大市では人通りが多く、警備隊も多忙になるから巡回も少なくなって、物乞いがし易くなるのよ。両親と死に別れて貧民窟に流れ着いた子供もいるけど、ほとんどは奴隷制度の弊害。飼えなくなった犬や猫のように、維持費を負担できなくなった奴隷を捨てたり、ひどい仕打ちを受けて逃げてきたり、この国の暗い一面よ」
どうすることもできないことは百も承知で、シュリは憐憫の眼差しを向ける。
「その場限りの施しなら、しない方がいいと思うか?」
「いいえ。彼らの何人が大人になれるか……途中で命を落とす子も少なくない。せめて今このときだけでも楽しめたらと思うわ。けど、不相応な金銭を与えると、それを奪おうと彼らに危害を加える良からぬ輩が現れる」
「施しをするにしても、食べ物や衣服などの現物がいいというわけか」
そう言うと、ガイは近くの屋台へと向かった。幾つかの屋台を回り、声を掛けた。
「そこらにいる貧民窟の子供に、食事を与えてやりたいんだが。金なら払うので、お前さんとこの食べ物を売ってくれないだろうか?」
と、正直に事情を話して販売してもらえるか、聞いて回った。
半分近くの屋台の店主が嫌な顔をして、ガイの申し出を断った。
貧民窟出の子供というのもあるだろうが、改めて獣人への差別が根強く残ることを実感させられる。
だが、半数は違った。黒の大賢者であるガイのことを知っている者もおり、焼き鳥やフライドポテト、焼き魚や焼きとうもろこしなどいくつか食材を買うことができた。
紙袋いっぱいに食べ物を抱えながら、ガイは市の隅に座っている小柄な獣人の少女に話し掛けた。
「腹減ってねぇか?一緒に食わないか」
きょとんとした顔で少女はガイを見つめる。殊更害意はないとアピールするため、ガイはニカッと笑った。
それを見た少女は引きつった顔で、タッタッタッと逃げ出してしまった。路地裏の影からこちらを胡散臭そうに見ている。
「お、俺のとびきりスマイルが……!?」
「そんな不気味な笑顔見せつけられたら、誰でも逃げるわよ。明らかに不審者よ」
「ふ、不審者!?」
がーん。ショックを隠しきれず、ガイの顔もさっきの少女ばりに強張る。
「このお兄さんは笑顔は不気味だけど、人攫いとかじゃないわ、安心して。お腹空いてるお友達連れておいで!しばらく私たちここにいるから」
と、シュリはにっこりと少女に聞こえるように、呼び掛けた。
すると、路地裏からぞろぞろと何人かの子供が出てきた。表にいた十二、三歳くらいの少女が一番の年上らしく、下は三歳くらいの子供までいた。
「毎日してやれはしないが、今日だけ特別だ。遠慮するな。うまいぞ」
ガイは紙袋から焼き鳥を取り出して、頬張った。
「みんな、待って!!悪い人かも!行っちゃダメ!」
そう言う少女の静止も聞かず、堰を切ったように子供たちがガイに殺到した。
「うわー!焼き鳥だ!」
「焼き魚もある!」
「とうもろしもあるわよ!」
「ちょーだい!僕にも!」
「私にも!」
「はいはい、並んだ並んだ。食べ物はいっぱいある。足らなくなったら買ってくるから。じゃあ、このお姉さんからみんな順番にもらえ」
「えっ、私」
ガイはほとんどの紙袋をシュリに渡して、子供たちに食べ物を配ってもらう。
小さな紙袋一つ持って、ガイは最初に声を掛けた少女に話し掛けた。
「お前があの子たちの面倒を見てるのか?」
「貧民窟ではみんな助け合わなきゃ生きていけない」
「そうか」
懐かしいものでも見るように、黒いコートを着た男は、目を細めて子供たちの様子を見ながら、ただ一言、そう言った。
少女はその横顔を見つめる。
「ほれ、これはお前の分だ」
と、思い出したかのように、男は小さな紙袋を少女に手渡した。
まだ温かい。紙袋にタレが染み出していた。中には焼き鳥が五本入っていた。
相当お腹を空かしていたのだろう。少女は一気に焼き鳥を平らげた。
「俺はガイっていうんだ。お前、名前は?」
「リゼ」
少女は警戒の色を瞳に浮かべつつも、素直に名乗った。
どこか逆らえない、けれども、別にそれが不快ではなく、男の言葉には不思議な力があるように思えた。
「覚えておこう。今はこんなことしかできないが……」
貧民窟の他のグループの子供たちも集まってきて、食べ物が足らなくなったらしく、男は追加の食べ物を買いに、リゼから離れて行った。
ここら一帯の貧民窟の子供たちに食べ物を振る舞うだけ振る舞って、ガイと名乗った男は、赤髪猫耳の美人を連れて、市の人混みへとさっさと紛れて行ってしまった。
しばらくリゼはその人混みをただぼんやりと眺めた。
(本当にただわたしたちに食べ物を配っただけなんて、物好きな人。それでいて不思議な人……また会いたいな)
ふと、そう思っている自分に気付いて、ちょっと照れくさくて頬を赤くすると、お腹の満たされた子供たちを連れて、リゼもまた貧民窟のねぐらへと帰って行った。
その後、ガイは手頃なバスタードソードを手に入れると、アリシアたちと合流し、シュリとは別れて、セイヴィアのもとに向かった。
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