表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/80

第六十話「元魔王、施しをする」

 武器防具(いち)は盛況だった。人類圏最果(さいは)ての地だけはある。内地よりも冒険者登録数も圧倒的に多く、武器防具の需要は高く、質のいい品が集まっていた。


 東の大通りに、(のみ)(いち)のように武器や防具が路上に並べられ、多くの冒険者らしき人々が、掘り出し物はないかと見て回っている。


「すごい人出だな。一通り見て回ってもいいか?」


「いいけど、この人混み、はぐれないでよ」


「じゃあ手でも(つな)ぐか」

 と、ガイは無造作にシュリの手を握った。


「ちょ、えっ!?いきなり手……」


「離すなよ」


「う、うん」


 ちょっと(ほお)を赤らめ、はにかみつつもシュリは素直にガイの手を握り返した。


 二人は手を(つな)いだまま、色々見て回った。これがアクセサリーとかならもっとデート気分も盛り上がっただろうに。二人が見てるのは、無骨(ぶこつ)な武器であった。けど、とても楽しかった。


(いく)つか気になる物はあった?」


「ああ。城壁側で見たバスタードソードにするかな。しかし、(いち)の周りに子供の物乞いが何人かいるな」


 (いち)を取り囲むように、やや離れた位置にお椀などを置き、物乞いをするみすぼらしい獣人の子供たちをちらほらと見掛ける。数えるばかりだが、わずかに人種族の子供たちもいる。


貧民窟(スラム)から出てきた子供たちね。大市(おおいち)では人通りが多く、警備隊も多忙になるから巡回も少なくなって、物乞いがし易くなるのよ。両親と死に別れて貧民窟(スラム)に流れ着いた子供もいるけど、ほとんどは奴隷制度の弊害。飼えなくなった犬や猫のように、維持費を負担できなくなった奴隷を捨てたり、ひどい仕打ちを受けて逃げてきたり、この国の暗い一面よ」


 どうすることもできないことは百も承知で、シュリは憐憫(れんびん)眼差(まなざ)しを向ける。


「その場限りの(ほどこ)しなら、しない方がいいと思うか?」


「いいえ。彼らの何人が大人になれるか……途中で命を落とす子も少なくない。せめて今このときだけでも楽しめたらと思うわ。けど、不相応な金銭を与えると、それを奪おうと彼らに危害を加える良からぬ(やから)が現れる」


(ほどこ)しをするにしても、食べ物や衣服などの現物(げんぶつ)がいいというわけか」


 そう言うと、ガイは近くの屋台へと向かった。(いく)つかの屋台を回り、声を掛けた。


「そこらにいる貧民窟(スラム)の子供に、食事を与えてやりたいんだが。金なら払うので、お前さんとこの食べ物を売ってくれないだろうか?」

 と、正直に事情を話して販売してもらえるか、聞いて回った。


 半分近くの屋台の店主が嫌な顔をして、ガイの申し出を断った。


 貧民窟出(スラムで)の子供というのもあるだろうが、改めて獣人への差別が根強く残ることを実感させられる。


 だが、半数は違った。黒の大賢者であるガイのことを知っている者もおり、焼き鳥やフライドポテト、焼き魚や焼きとうもろこしなどいくつか食材を買うことができた。


 紙袋いっぱいに食べ物を抱えながら、ガイは(いち)の隅に座っている小柄な獣人の少女に話し掛けた。

「腹減ってねぇか?一緒に食わないか」


 きょとんとした顔で少女はガイを見つめる。殊更(ことさら)害意はないとアピールするため、ガイはニカッと笑った。


 それを見た少女は引きつった顔で、タッタッタッと逃げ出してしまった。路地裏の影からこちらを胡散臭(うさんくさ)そうに見ている。


「お、俺のとびきりスマイルが……!?」


「そんな不気味な笑顔見せつけられたら、誰でも逃げるわよ。明らかに不審者よ」


「ふ、不審者!?」

 がーん。ショックを隠しきれず、ガイの顔もさっきの少女ばりに強張(こわば)る。


「このお兄さんは笑顔は不気味だけど、人攫(ひとさら)いとかじゃないわ、安心して。お腹空いてるお友達連れておいで!しばらく私たちここにいるから」

 と、シュリはにっこりと少女に聞こえるように、呼び掛けた。


 すると、路地裏からぞろぞろと何人かの子供が出てきた。表にいた十二、三歳くらいの少女が一番の年上らしく、下は三歳くらいの子供までいた。


「毎日してやれはしないが、今日だけ特別だ。遠慮するな。うまいぞ」

 ガイは紙袋から焼き鳥を取り出して、頬張(ほおば)った。


「みんな、待って!!悪い人かも!行っちゃダメ!」

 そう言う少女の静止も聞かず、(せき)を切ったように子供たちがガイに殺到した。


「うわー!焼き鳥だ!」

「焼き魚もある!」

「とうもろしもあるわよ!」

「ちょーだい!僕にも!」

「私にも!」


「はいはい、並んだ並んだ。食べ物はいっぱいある。足らなくなったら買ってくるから。じゃあ、このお姉さんからみんな順番にもらえ」


「えっ、私」

 ガイはほとんどの紙袋をシュリに渡して、子供たちに食べ物を配ってもらう。


 小さな紙袋一つ持って、ガイは最初に声を掛けた少女に話し掛けた。

「お前があの子たちの面倒を見てるのか?」


貧民窟(スラム)ではみんな助け合わなきゃ生きていけない」


「そうか」

 (なつ)かしいものでも見るように、黒いコートを着た男は、目を細めて子供たちの様子を見ながら、ただ一言、そう言った。


 少女はその横顔を見つめる。


「ほれ、これはお前の分だ」

 と、思い出したかのように、男は小さな紙袋を少女に手渡した。


 まだ温かい。紙袋にタレが染み出していた。中には焼き鳥が五本入っていた。


 相当お腹を空かしていたのだろう。少女は一気に焼き鳥を平らげた。


「俺はガイっていうんだ。お前、名前は?」


「リゼ」

 少女は警戒の色を瞳に浮かべつつも、素直に名乗った。


 どこか逆らえない、けれども、別にそれが不快ではなく、男の言葉には不思議な力があるように思えた。


「覚えておこう。今はこんなことしかできないが……」


 貧民窟(スラム)の他のグループの子供たちも集まってきて、食べ物が足らなくなったらしく、男は追加の食べ物を買いに、リゼから離れて行った。


 ここら一帯の貧民窟(スラム)の子供たちに食べ物を振る舞うだけ振る舞って、ガイと名乗った男は、赤髪猫耳の美人を連れて、(いち)の人混みへとさっさと(まぎ)れて行ってしまった。


 しばらくリゼはその人混みをただぼんやりと(なが)めた。


(本当にただわたしたちに食べ物を配っただけなんて、物好きな人。それでいて不思議な人……また会いたいな)

 ふと、そう思っている自分に気付いて、ちょっと照れくさくて(ほお)を赤くすると、お腹の満たされた子供たちを連れて、リゼもまた貧民窟(スラム)のねぐらへと帰って行った。


 その後、ガイは手頃(てごろ)なバスタードソードを手に入れると、アリシアたちと合流し、シュリとは別れて、セイヴィアのもとに向かった。

【作者からのお願い】

「面白い」「続きが読みたい」「先が気になる」なんて思われる方がいましたら、ブックマークとともに、下↓にある☆にチェックを入れて頂けると、とても励みになります!よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ