第五十九話「元魔王、外食する」
アリアブルグの五月大市が始まった。
あちこちの大通りで市が立ち、様々な物が売買されていた。
食べ物の屋台も所狭しと立ち並び、食材市、雑貨市、陶器市、花植木市、武器防具市、宝石装飾具市、書物市、ペット市、家具寝具市など扱う品目により、出店場所が決まっていた。
大市の開催期間は一ヶ月で、内地からも多くの人が詰めかけ、毎日が祭りのような活況を呈する。
こうした大市は、ユリティース皇国の主要な六都市が持ち回りで奇数月に開催し、各都市とも大市都市と呼ばれ、古くから栄えていた。
「今日はどうするの?」
ベッドにぺたりと座って、今にもこぼれそうな爆乳を無防備にも晒しながら、レカイオンが訊いてきた。
「なんでそんな薄着なんだよ!もっと恥じらいを……」
「恥じらいが何?」
ぎゅっと胸を寄せて、これ見よがしにレカイオンが谷間を強調してくる。あざといのがわかっていながら、これは、目が離せない。
「師匠、鼻の下伸び過ぎ。完全アウト!」
アリシアにケツの肉を捻り潰され、床に崩折れるガイ。
「レカイオンも朝から師匠からかって遊んでないで、出掛ける準備しないと、置いてくよ」
「どこ行くの?」
「師匠がシュリとご飯行くから、私たちも一緒に付いて行くの」
「せっかくシュリが誘ってくれたんだ。遅れたら悪いからさっさと支度しろ」
昨日、ギルドに寄ったときのことだ。ギルマスと話し終えて、帰り際にアリシアとレカイオンがトイレに行っていた際、シュリに呼び止められた。
東の森に探索に出たとき、「色々終わったら、食事に行きましょう。奢るわ」とシュリが言ったそうで(ガイは全く覚えていなかったがうまく話をあわせ)、その約束を守るため、律儀にもランチに誘ってくれたというわけだった。
わざわざアリシアとレカイオンが席を外していたタイミングで声をかけたのに、この朴念仁は何も気付かず、昨夜宿に帰ってすぐアリシアに、「シュリと明日、ランチに行くけど、お前も来るか?」と声を掛けたのであった。
髪にでかリボンを付け、普段は履かないロングスカートを履いて、粧し込んだシュリが待ち合わせ場所に立っていた。
「よう、シュリ!待たせたな」
「シュリ、おはよう。今日の服、可愛いね」
アリシアが手を振り、レカイオンが軽く会釈して近付いてくる。
(どうして、二人が一緒なのよ!?)
と、思ったが、無下に帰れとも言えず、やや引きつった笑顔を浮かべ、シュリは応対する。
「お、おはよう、アリシア」
(この朴念仁にはっきりと二人でって言わなかった私がバカだった……)
「何食わしてくれるんだ?楽しみにしてたんだ。皆で食う飯はうまいしな。一人だと味気ないからな」
そう言って屈託なく笑うガイを見ていると、怒るにも怒れない。
(そうよね。確かに、皆で食べるご飯は美味しい!)
シュリは前向きに気持ちを切り替えて、
「やっぱりここはお肉でしょ!ステーキ屋さんに行くわよ!!」
「アリシア、レカイオン、ステーキだってよ!!」
「やったぁ!お肉お肉!」
アリシアが嬉しすぎて妙な小踊りを披露する。
通りを行く人々がちらちら見るが、変な子がいるなという程度で何も言わず、みな通り過ぎていく。
今ではガイは、先のスタンピードから街を守った英雄として、黒の大賢者の通り名でアリアブルグでは知らぬ者はいないほどの有名人であった。その関係者であるアリシアやレカイオン、シュリが、いくら獣人だからといって、あからさまな差別対応をする者は、もはやほぼいなかった。それに三人も一端の冒険者であり、市民権をしっかりと自力で確立できていた。
「さぁ、お店に行きましょう」
四人は連れ立って歩いて、店へと向かった。
「なぁ、シュリ、ランチの後、買い物に付き合ってくれよ」
道すがらガイがシュリに頼む。
「いいけど、何買うの?」
「空間収納が使えなくて、当座の剣を探したい」
「大市では、粗悪品も集まってくるけど、中には目を疑うような掘り出し物もあるわ。店舗より武器防具市でまず探してみるのもありね」
「そうしてみるか」
話していると、店にすぐ着いた。
裏通りのその店には、ちょっとばかりの行列ができていた。並んでいるのは、ほとんどが獣人であった。
「ここの店主は人種族なんだけど、獣人にも差別なく接してくれて、お肉も美味しくてボリューミーで人気なのよ」
「へぇー」
気のないガイの返事に不安になったか、シュリはおずおずと尋ねた。
「獣人ばかりのお店なんて、嫌だった?」
「あの品書きはマジか?」
店の入口付近のカフェボードを指差して、逆にガイが問い返す。気のない返事をしたのは、カフェボードを見ていたからだった。
ガイが見ているカフェボードに目を向けると、「本日特別入荷!!ワイバーンのテールステーキ限定三十食!!」と書かれてあった。
「師匠の大好物だ!」
「あたしもあれ、好き。ガイがはじめてご馳走してくれた。思い出の味」
「最初、トカゲでびっくりだけど、美味しかった」
「限定三十食って、売り切れにならないよな?」
「大丈夫よ。今からオープンだから、前に三十人も並んでないわよ」
「ワイバーンのテールステーキが食べれるなんて、いい店連れてきてくれたな!!」
ガイが種族で差別なんてするわけないか。無駄な心配だったと、シュリは胸の内で苦笑する。
しばらくして、四人は店に入っていった。
「――――いやぁ、食った食った!!」
「大満足」
「普通の牛のステーキもハンバーグも美味しかった!師匠、毎日ここでご飯しよう!」
「そんな贅沢する子に育てた覚えはありません!たまに食べるから美味しいざますよ」
エアー眼鏡をクイクイと上げる素振りを見せ、ガイが言う。
「何キャラよ、それ?でも、毎日食べたら有難みがなくなるわ。たまに食べるからご褒美感が増して美味しいのは確かね」
「うん!そうだね!あと、皆で食べるから美味しいんだね!」
と、アリシアは素直に納得する。
「さて、俺はシュリと武器市に行ってくるから、お前たちはバグスの所にお使いに行ってきてくれ」
「えー!私も一緒に行きたい!」
「ダーメ!バグスにいくつか魔法筒を頼んであるから、この代金を渡して受け取ってきてくれ。働かざる者食うべからずだ」
と、強引にアリシアに代金を渡すと、ガイはシュリを伴って武器市へと向かった。
「早くお使い済まして、二人に合流しよ」
そうレカイオンがぽつりと言った。




