第五十八話「元魔王、ギルマスから話を聞く」
昼間にセイヴィアと話していて、遅くなってしまった。アリシアとレカイオンを連れて夕方、ガイはギルドに顔を出した。
「ここ二日ほど、顔を見せないと思っていたらそんなことがあったのね。しかし、大金貨一千枚でアリシアの身請けをするなんて、見直したわ。男気あるわね、ガイ」
ティファとシュリに、昨日までの一連の経緯を話し終えたところ、シュリがそんな感想を述べた。
「しかも騎士団長ミレイ・エセルバが偽物で、その中身がマスターが倒した魔族の死体に入り込んでるだなんて、驚きの連続ね」
「……騎士団長の死に責任を感じていたけれど、その話を聞けて、少し気持ちが和らいだわ。ありがとう」
心持ち肩の荷が下りたような表情で、ティファはそうガイに告げた。
「アリシアもレカイオンも大変だったわね、お疲れ様」
ガイの両脇に座る二人に労いの声を掛けるシュリ。
「私は大変じゃない。大変だったのは師匠。私のために駆け回ってくれて」
「そう。ガイが大変だった。けど、ガイの意外な一面も見れた。ぐふふふふ……」
不気味な笑い声を漏らして、レカイオンが言った。
「意外な一面ってなんだよ」
不満そうにガイはぼやいた。
「ガイの熱い一面。カッコ良かった」
照れくさかったのか、レカイオンの熱視線を避けるように、ガイは話題を変える。
「――で、今日ここに寄ったのは、長寿のエルフであるギルマス、あんたに色々聞きたいことがあってな」
「まずはさっきの話の流れからして、『赤星たちの十字団』について、私が知ってることを話せばいいかしら?」
「察しが良くて助かる。ああ、頼む」
と、ガイは頭を下げた。
「魔術結社『黄昏の黄金血統』は知ってる?」
「いや、聞いたことはない」
アリシアとレカイオンもふるふると首を横に振る。
「神の子を名乗る二人の魔術師が、その系譜を辿って神の意思を世界に示そうと創設した組織よ。その組織には三つの階層が存在し、第一階層には創設者の二人の魔術師が座し、第二階層には彼ら二人を信奉する五人の長がおり、第三階層にはその五人の長が組織する五つの団――五団があるの。その五団の一つが『赤星たちの十字団』。五団の理念は、『黄昏の黄金血統』の理念と同じ、神の意思を世界に示すことだけど、その手段が団によって異なる。『赤星たちの十字団』は神秘主義を掲げ、神秘的合一によって、それを成そうとしている集団」
「だから、神に次ぐ者としての天使及び天使召喚を唯一成功させたと噂されるラステカと深く関わりのあるハザエル・カルブンクルスを求めていたというワケね」
珍しくレカイオンが口を出す。
相手の動機はなんとなくだが、理解はできた。
「詰まる所、彼らの目的は、天使との同化・融合による神秘的合一の体現。それを通して、神の意思に触れること」
「危険な思想だな。そいつは是が非でも止めねばならないな」
天使が必ずしも友好的な存在とは限らない。過去に一度、ガイは天使という存在と戦ったことがある。それはそれは絶望的な戦いであった。その戦いで大切な者も喪った。だから、天使召喚だけは絶対に阻止しなければならない!
「ただまだ彼らは確実な天使召喚の術を持っていないと見るべきね。二つの賢者の石をその手中に収めておきながら、人質を取ってタブラ・スマラグディナを探させるのが、その証拠」
ティファが自身の見解を述べる。それには同意見であった。
話の区切れ目で、今まで見たことのないこわい目付きをしたアリシアが、ティファに訊ねる。
「その五つの団の中に、盗賊団『死骸蟻団』は存在するの?」
五つの団から、仲間の敵である盗賊団『死骸蟻団』を連想したようだ。
いつもと違うアリシアの感じを受けて、答えていいものか、ティファがガイの顔色を窺う。
「そいつらがお前の村を襲った敵か?」
真剣な表情でコクリと頷くアリシア。
「ギルマスの知ってることを話してやってくれないか」
「わかったわ。けど、正直そこまで詳しくはないの。『死骸蟻団』はもともとは魔術結社『黄昏の黄金血統』の五団の一つだった。でも、いつ頃かはわからないけど、途中で袂を分かった。その後は、盗賊団となって、何かを探していると聞いたことがあるけど、何を探しているかは知らないわ。ごめんなさいね、私が知ってるのはこの程度」
「教えてくれてありがとう」
「『赤星たちの十字団』の奴らに後れを取っているようじゃあ、『死骸蟻団』とやらにはまだまだ敵わないな。この件が片付いたら、バリバリ修行しないとな」
「うん!でも、その前にあの槍っぽいのを使うハゲチャビンに一泡吹かせたい!影から出てくるとわかってたら、負けない!それに、宿屋じゃなきゃ牽制の魔法も使えるようになってるし!」
「あの辮髪の男か。たしかに。お前は確実に強くなってる。よしっ!機会があればリベンジだ」
ぎゅっと口を引き結び、アリシアは力強く頷いた。
「それで、話の続きなんだが、ヒルデガルダという火の勇者のことは知ってるか?今回攫われたヒルデガルトの双子の片割れという話なんだが」
「十年前に西の辺境域であった、大規模な魔族との戦争――グイングライン戦役において、そのときの魔族軍の司令官バレストンと刺し違えになって、火の勇者は戦死したと新聞で見たことあるわ。でも、たしか……火の勇者の名前は、エカリナでヒルデガルダではなかったはず」
偽名を使っていたのに、ミレイがヒルデガルダの名を出したことに、ヒルデガルトは驚いたのか。
そして、火の勇者の死は新聞に載るほどだから、ヒルデガルトも姉のヒルデガルダの死は知っていたはず。意図的に隠していたのは、姉のヒルデガルダが偽名を名乗っていたから、自分が死んでも天使の血脈はもう一人生きて存在していると思わせるためと考えるのが自然か。
そうなると、辻褄がすべて合う。
となると、天使の血脈は何らかの鍵となる可能性が高い。その鍵となる自分を殺させようとしたと考えるのが妥当か。
そして、姉の紅玉の存在を気にしていたことからも、紅玉が賢者の石と同等かそれ以上の力を秘めているのも確実。
自分の推測を重ねた法螺話が、かなりの真実味を帯びてきたことに、ガイはどうすべきか悩む。
セイヴィアが昼間に持ってきた話がなければ、ヒルデガルトを見殺しにするのが最適解として上がってきていただろう。
しかし、生死問わず、ヒルデガルトの血が鍵となるとしたら?
なぜ、ヒルデガルトは死のうとしているのに、自殺を選ばなかったのかという疑問にも答えが出る。近くにいるアーセナルトに、自分の血を悪用されるのを恐れてのことだとしたら、説明が付く。
おそらくアーセナルトは生きていて、何かを企んでいるのは明白だ。そうなれば、ヒルデガルトを助けるのが正解かと、ガイは判断する。
「あと何か聞きたいことはある?」
つい思考にのめり込んでしまっていた。ガイはティファの声に顔を上げると、言った。
「ラステカ王国の初代王ハザエルについて聞きたい。初代王は天使であるという話だが」
「さすがにそれはないでしょうね」
と、ティファは一笑に付した。
「新興の国が、王が偉大だと吹聴するのは、他国に対しての防衛策の一環よ。よくて話半分ね。けど、火のないところに煙は立たないから、初代王は天使の加護か祝福を受けた聖人かもしれないわね。いえ、違うわね。そうすると、貴方から聞いた話との整合性が取れない。加護や祝福を受けたところで、子孫や血脈にまで受け継がれるものではない。とすれば、初代王ハザエルは天使が受肉した者と考えるのが一番一般的でしょうね」
「なるほど」
ティファの考えに、ガイは感心する。その反応にティファは目を丸くした。
「意外ね。多少魔術的素養のある者ならば、普通天使なんてオカルト信じない。信じるとすれば、魔術的素養のない人か、あるいは、一度でも天使を目の当たりにした者――」
あえてその先の言葉を継がず、ティファは話題を変えた。
「他には何かある?」
「長々と話に付き合ってもらって感謝する。最後に一つ。ギルドに依頼事がある」
そうガイが言った瞬間、ティファは唇に人差し指を当て、しーっと黙るような仕草をした。そして、机の上のペンを取って、メモにこう書いた。
「どこで誰が聞いているともしれないから、ここからは筆談で。急に黙るのはおかしいから適当な依頼を話して」
二人は適当に話を合わせながら、筆談で本題を話し始めた。
「かなり重要かつ難度の高い依頼だ」
「どんな依頼?」
「ヒルデガルトの体内にあるとされる紅玉を、彼女を殺さず取り出せる医療魔術に長けた者と、半径一キロ近い空間にかなり精度の高い幻術を掛けられる術者を探してほしい。それが無理なら、姿を透明化できる能力者でもいいが……」
「幻術や透明化は人質の救出に使うというわけね」
「かなり無理な依頼だとわかってはいる。能力があっても人格的に信用できるかも考慮しないといけないし……」
「ならば、私はどうかしら?透明化は無理だけど、医療魔術と幻術は得意よ。それに、貴方にはアリアブルグの街を救ってもらった恩も感じてる。恩返しできるならしたいと思ってる」
「ギルマス、あんたなら心強い」
と、交互に二人は書いていった。
最後は言葉に出して、言った。
「頼めるか?」
「もちろんよ」
一週間後の協力の約束を取り付け、ガイたちはギルドを後にした。




