第五十七話「元魔王、会頭を調べるように言う」
セイヴィアは、というと、商館の焼け跡を調べていた。
今朝方のガイとの会話を思い出す。
「ヒルデガルトの覚悟は、自らの命より守るべきものがある者のそれだ。タブラ・スマラグディナではないかもしれんが、確実に賢者の石以上の何かを隠している」
確信に似たものをセイヴィアは、ガイの言葉から感じた。
「それが何かわかれば、ヒルデガルト様を救うことができる……!」
「ああ。そのヒントとして、アーセナルトの身辺を調べるべきだな」
「会頭の……?」
「お前の助言があったとしても、大商会の会頭ほどの男が、ただ死を選ぶはずはあるまい。死なねばならないとすれば、そこにはのっぴきならない事情があったと見るべき。でなければ、死という状況を最大限に利用する」
「死を利用する?」
「死を偽装すると言い換えようか」
「もしかしたら、会頭は死を装い、生きていると!?」
「だとしたら、ヒルデガルトと賢者の石が囮で、アーセナルトが賢者の石以上の何かに繋がるキーパーソンと、自ずとなる」
そうガイは言っていた。
案の定、焼死体の検分に立ち会った執事長からの報告では、アーセナルトの死ははっきりとはわからなかった。
アーセナルトと背格好の似た焼死体は見つかったが、それがアーセナルト本人かは、遺体の損傷が激しく、断定は難しいという検視官の見解であった。
他には、使用人何人かと商館の地下にいた奴隷十数人が逃げ遅れて、あの火災で亡くなった。それら死亡者のあらかたは特定できたのに、たまたま会頭だけできないというのは、どうもきな臭さを感じる。
「そういえば、ガイ殿の黒の大剣は見つかったか?」
セイヴィアは商館の使用人を取り仕切る執事長を務めるラルフレッドに声を掛けた。髪を撫で付けにした、フロックコートにネクタイの壮年の紳士である。
「いえ、まだ見つかっておりません。保管していた宝物庫は耐火式で施錠もされておりましたので、鍵を持つ誰かが持ち出す以外、考えられません」
宝物庫の鍵を持っているのは、会頭アーセナルト、副会頭セイヴィア、執事長ラルフレッド、メイド長エミリー、商館支配人ゲイボルクの五人だけだ。
その内、アーセナルトは現状生死不明で鍵も不明、ゲイボルク自身は無事だが、鍵は管理室に他の部屋のマスターキーと一緒に保管していたため、火災で紛失し、見つかっていない。セイヴィア、ラルフレッド、エミリーの鍵はきちんと当人たちが持っているのを確認している。
となると、アーセナルトが持ち出したか、ゲイボルクの鍵を火事場泥棒に使われて奪われたか、そのどちらかしか考えられないと、ラルフレッドは暗に言っていた。
セイヴィアは考えを整理する。
なぜ、そもそも大枚叩いてまであの剣を買い取ったのか。
徒労の森で全員死亡したとされていた、リックワース商会の奴隷を大賢者が可愛がっているという情報を掴んだので、その狐人族の奴隷を盾に、力のある大賢者に言う事を聞かせようとしたけれど、それが失敗。次善の策として、黒の大剣を買い取ることで、なんとか縁を保ちたいという話だった。その後にセイヴィアが襲撃を想定して、ヒルデガルトを『小さな炭火』に避難させ、彼女を守るために会頭に犠牲を強いたという流れだ。
そう時系列で追って見ていくと、一見おかしくないように思える。
しかし、アーセナルトが襲撃を予測していて、セイヴィアが犠牲を提案してくることを読んで、死の偽装まで始めから考えていたとすれば、黒の大剣を買い取る必要はないはずだが……。
逆に考えると、黒の大剣をガイに手放させるために、アリシアに法外な値段を付け、わざと交渉決裂に持ち込んだのでは!?
あの剣は、聖剣、魔剣、神剣の類の伝説級の剣と武器商人たちが言っていた。
この前の魔物たちの暴走によるスタンピードを、大賢者がほぼ一人で鎮圧したと専らの噂だ。中には魔族もいたって話だ。その魔族をあの黒の大剣一本で圧倒していたと、騎士たちがこっそりと話していたことを、無論アーセナルトも聞き及んでいただろう。それで、あの剣に目を付けたのかもしれない。
なんのために使われるかはわからないが、嫌な胸騒ぎがする。
もはやセイヴィアには、そうとしか考えられなかった。
ここが片付いたら、一刻も早くガイのもとに、この仮説を説明しに行かねば!と思うセイヴィアであった。
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