第五十六話「元魔王、モーニングコーヒーを啜る」
翌日。
朝早くから、ガイたちが定宿にしている【風の凪亭】に、昨日の警察官が訪ねてきた。
すっかり忘れていた。
「大賢者様、昨日の事情聴取に伺ったのですが、お時間よろしいでしょうか?」
伸びた前髪をかき上げ、欠伸を噛み殺すと、ガイは支度を始めた。
「下の食堂で待っていてくれ。すぐ行く」
ベッドでは、アリシアとレカイオンが気持ちよさそうにまだ寝息をたてている。
二人一緒なら何かあっても大丈夫だろうと、二人を部屋に残し、ガイは食堂へと降りていった。
ガイが席に着くと、警察官は居住まいを正した。
二人分のコーヒーをガイが頼もうとするも、警察官の男は律儀に断ってきたので、自分の分だけ頼んだ。
「早速ですが、昨日の襲撃者に心当たりはありますか?」
「少々思い当たる所があったので、当たってみた。攫われたアリシアは取り戻せたが、襲撃してきた連中の素性まではわからなかった。そっちの方では何かわかったか?」
「お連れの方が無事に見つかって何よりです。こちらでは、引き渡して頂いた男を精神干渉魔法で自白させたところ、『赤星たちの十字団』の工作員と判明しました。けれど、それ以上のことは何もわかりませんでした。それで、大賢者様が少々思い当たる所というのは?」
「リックワース商会だ。一昨日の夜に火事があったと聞いてな。その日の昼に商会を訪れていたんでな」
「そうでしたか。火事との関連はこちらでも調べてみます。他に何か気付かれたことなどはありますか?」
「いや、特には」
ヒルデガルトや騎士団長ミレイ・エセルバのこと、一週間後に再度彼らと接触することは、敢えて黙っておくことにした。
ちょうど話の切れ目で、給仕の娘がコーヒーを運んできた。
ガイがティーカップに口を付けるのを待って、警察官は続けた。
「お連れの方を攫った者とは接触しましたか?」
「接触したが逃げられた。辮髪痩身の男だった」
リュウハンと呼ばれていた男の特徴だけを、警察官には伝えた。意図的に情報は伏せてはあるが、嘘は吐いていない。
「だいぶ特徴的な男ですな」
「影を渡る能力を持っているようなので、探し出すのはなかなか難しいかもしれん」
「そうですか」
「まぁ、アリシアが無事に戻って来たんで、後のことはそちらにおまかせするよ」
と、ガイは早々に話を切り上げる。後は特に話すこともなかったので。
「ご協力感謝します。また不明な点など出てきましたら、お尋ねさせて頂くかもしれませんが、本日はこの辺りで失礼します」
特段向こうからも何もなく、敬礼すると、警察官はすんなりと帰っていった。
残されたガイは、コーヒーを一口含み、ぼんやりと思案する。
(さて、アリシアとレカイオンが起きてきたら、ギルマスの所に行くか。ミレイ・エセルバの件を伝えてやろう。それに、長く生きている分、ギルマスなら『赤星たちの十字団』のことや火の勇者のこと、賢者の石やラステカについてのことなど、有用な情報を何か知っているかもしれない。相談してみるか)
と。




