第五十二話「元魔王、気付く」
レカイオンが女を見て叫んだ。
「魔眼のバロール―――ラスカーファ!!な、なぜ、お前が……!?」
月光に煌めく銀髪のソバージュ。第三の眼がギロリとレカイオンを睨み、青白い肌の魔族がそこに佇む。赤いヒールに真っ赤なルージュを引くその姿は、不気味な妖艶さを漂わせていた。
(先のアリアブルグ襲撃でギルマスに首を落とされ、倒されたと聞いていたが……。何かが妙だ。この違和感はどこからくるものか?)
目の前の魔族の女を観察し、洞察するガイ。
「その紅玉は……」
乾ききった口中で、ヒルデガルトが掠れた声を出した。
それに反応し、ラスカーファは嬉々として語り出した。
「幾世代もの天使の子孫の血を浴び続け、熟成された賢者の石は、天使の紅玉と成る。美しいだろう?この色褪せることのない深い緋の輝き。これだけで如何許の力を有していよう?」
月光に石を透かし見て、ラスカーファはうっとりとその紅々とした色を愛でる。
「だが、これはまだ不完全なもの。対となるもう一つの石と融合することで、至高なる賢者の石――『天使の紅玉』は完成する!」
ハザエル・カルブンクルスとは、召喚術の奥義が書かれた魔導書でもなく、天使の術式でもなく、天使そのものの力の凝縮、究極の賢者の石の錬成だというのか。
だとしたら、原初の賢者の石をラステカの始祖たちはどうやって創造し、初代王――天使ハザエルを如何にして召喚したかという新たな疑問に直面する。
それこそ、卵が先か鶏が先かという話だが、それよりも何よりも現実問題として、凝縮された天使そのものの力の塊が今、眼前にあるという事実を先に考えねばならない。
「その絶大なる力でお前は一体何をするつもりだ?」
逆説的に、天使の紅玉があれば、天使降臨も死者蘇生も、大地から天への魂の昇華も、存在の大いなる連鎖を辿って神性との同一を果たす事も、或いは可能となろう。
それはもはや錬金術の奥義に通ずるものである。いわば、天使の紅玉こそ十二の錬金術の奥義が記されると言われる伝説級の魔導書タブラ・スマラグディナの完成形とも言えるのではないか。
「さてね。私に団長の考えはわからない。集めろと命じられたから集めるまで」
レカイオンが今にも飛び掛からんとする目で、ラスカーファを睨み上げる。
(また妙な引っ掛かり……この女から感じる違和感はなんだ?)
「団長……?火の勇者……」
――――声か!!と、ガイはハッと気付いた。
「お前、ミレイ・エセルバかっ!」
ラスカーファの眉が大きく跳ね上がる。
「ほぅ。よくわかったね」
「団長と火の勇者ってキーワード。そこから元火の勇者パーティーのメンバーにして騎士団長だったミレイ・エセルバが連想された。そして、何よりその声。声は変えられぬと見える」
声に関しては色々あり、それから気に掛けるようにしていた。なので、今回はなんとか気付くことができた。
「騎士団長は死んだんじゃあ……?それが魔族ってどういうことなんだ!?」
思わずセイヴィアが声を上げる。
「死体に乗り移り、それを操る能力か、それに類する技能持ちか。騎士団長ですら仮の姿なのだろ」
「想像におまかせするよ。自らの能力をバラす馬鹿はおるまい」
と、ラスカーファの姿形をしたミレイ・エセルバは不敵に微笑んだ。
彼女の技能――凛気転式『操死身帯同』は、死体に乗り移り、その者の姿形、能力、記憶をコピーし、我が物として扱うことのできる技能であった。
ただ操れる死体は一体のみで、それがある一定値損壊されると、修復不能となり、本体にダメージを受けることになる。ミレイの体は気に入っていたのだが、バイアケスとの戦闘で継続ダメージを受けてしまい、修復不能にまで追い込まれ、やむなくミレイの身体を捨てて彷徨っていたところ、たまたま見つけたこのラスカーファの死体に乗り移ったのだった。
そして、副産物としてこの体、ラスカーファが持つ記憶に触れ、長年探し求めてきたもう一つの天使の紅玉が、ここアリアブルグにあると特定できた。
何もバイアケスたちはただ人を殺し、街を潰すためだけにアリアブルグ襲撃を企んだのではなかった。アリアブルグに究極にして至高なる賢者の石「天使の紅玉」が、二つ揃ってあるという情報を入手しており、それらを手に入れて、魔族圏の三大勢力の一角、三巨頭が一人ベルネストに献上し、士官と一族再興を果たそうと考えてのことだった。
ミレイはラステカの生き残りが創設したと噂される奴隷商会「リックワース商会」をマークしていたが、なかなか尻尾が掴めず、アリアブルグにないかもしれないと諦めかけていた矢先のことであり、渡りに船であった。
しかし、この馬鹿どもは街の人間を皆殺しにして、探すつもりだったみたいで、はっきりとした位置は相変わらず掴めずにいた。
そんな折に、アーセナルト・リックワースが大賢者に接触を図ったという情報が飛び込んできた。
それでミレイは確信した。
「さて、人質交換といこうか」
宿願を果たせると、にやりとラスカーファの顔が笑みの形に歪んだ。
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