第五十一話「元魔王、約束の刻限を迎える」
夜の帳が下りる。
城門を出て、カッソールの丘へと上がっていく一行。
ガイを先頭に、真ん中にヒルデガルトとセイヴィア、殿にはレカイオンという隊列で進む。
セイヴィアがどうしても付いて行くと言って聞かなかったので同行を許した。最悪、足手纏いとなるならば、捨て置くまでだ。
それより、ガイには気になっていたことがあった。
バグスから聞いた話では、ハザエル・カルブンクルスを用いてラステカの初代王として天使が召喚されたという話だった。
しかし、ヒルデガルトの話では、その初代王の名がハザエルであり、その天使ハザエルが授けた天使の術式がハザエル・カルブンクルスという話であった。
またレカイオンの認識では、前者の話を支持しており、ハザエル・カルブンクルスは召喚術の奥義書であり、天使降臨術式が記載されている魔導書だと言う。
ただバグス、ヒルデガルト、どちらも伝聞のようであり、真実かどうかは疑わしい。
卵が先か鶏が先かのような、奇妙な食い違い――――長い年月をかけて、真実が歪められていったのか。
上弦の月が丘の上の一本木をぼんやりと照らし、枝葉が作る濃い影を浮かび上がらせる。
懐中時計を開き、ガイは時刻を確認する。まもなく深夜の一時。約束の刻限だ。
「よく来た。時間ぴったりだ」
どこか聞き覚えのある女の声。されど姿は見えず。思い出せない。誰だ?
「アリシアは無事か?」
「もちろん無事だ。交換条件だからな」
「姿を見せるか、声を聞かせろ」
「いいだろう」
少しの間。猿轡か何かをされていたのか、大きく息を吐き出す音とともに、
「師匠っ!!」
アリシアの声だ。
「大丈夫か?何もされてないか?」
「うん。大丈夫。縛られてるだけ。何もされてない」
「さて、ハザエル・カルブンクルスを渡してもらおうか。そこの女が持っているのだろ?ヒルデガルダに瓜二つだ」
(持っている?彼女自身がハザエル・カルブンクルスではないのか?)
「姉のことを知っているの!?」
「知っているも何も、私が火の勇者ヒルデガルダを殺して、こいつを抉り取ったのだから」
女が左手にアリシアを引き連れ、右手に拳ほどの大きさの赤い玉を手に、ガイたちの前にゆっくりと姿を見せた。