第五十話「元魔王、切り捨てる」
雑貨屋の奥は、地下へと続く階段となっていた。
地下の広間には、十五、六人ほどの男女がいた。レカイオンと同じように額に角のある者、皮膚が鱗のような者、尻尾がある者など、地下にいた者はすべて亜人のようだ。
「お前たちはラステカの生き残りか?」
「そうです」
セイヴィアは素直に認めた。
遠巻きにガイとレカイオンに視線を向けながら、亜人たちが騒ぐ。
その内の一人が進み出て、セイヴィアに苦言を呈する。
「セイヴィア様、そんな軽々しく我々の素性を……」
「これからヒルデガルト様にも目通り願うつもりだ」
「馬鹿な!こんなどこの馬の骨とも知れぬ奴輩を!?」
言い終わらぬうちに鱗肌の男の顎を掴み、ガイが強引に黙らせる。
「俺は今、虫の居所が悪い。まだ騒ぐようなら、しゃべれぬよう顎の骨をこのまま砕くぞ」
「その程度にして頂けませんか?我が同胞の数々の非礼、彼らに成り代わり、私からお詫び申し上げますので、お怒りをお鎮めください」
『ヒルデガルト様!』
亜人たちが頭を垂れ、膝をつく。
広間の奥の部屋から白いローブを纏う、白魚のように透き通る肌をした少女が現れる。ガイと同じ、艶のある黒髪黒瞳が、血管が浮き出るほど白い肌に映える。
「申し訳ございませんでした。お許しください」
深々と頭を下げ、少女――ヒルデガルトはガイに謝罪した。
「アリシアを危険に晒したことに関しては、お前の謝罪を受け入れるつもりはない」
と、ガイは男を離した。
「重々承知しております。我々の行いは許されることではないと。その償いをさせて頂きたいと思います」
誰かが先程のセイヴィアとの会話を伝えたか、話は通っているようだった。
「こちらへどうぞ」
奥の席へと案内され、ガイは足を組み腰掛ける。隣にレカイオン。二人の向かいにヒルデガルトとセイヴィアが座った。
前置きを飛ばして、ガイは訊いた。
「ハザエル・カルブンクルスはどこにある?」
「あなたの目の前に」
と、ヒルデガルトは答えた。
「――ただ私、ヒルデガルトはハザエル・カルブンクルスの不完全な写本であり、姉のヒルデガルダと二人で完全なハザエル・カルブンクルスとなるそうです」
「お前自身が写本と?」
ガイは目の前の少女をまじまじと、胡乱げな眼差しで見つめた。
「初代王ハザエルは、人間と交わったことで神聖性を失い、不死ではなくなった。だから、自分の死後もラステカを守るため、子孫に天使の術式を授けたのです。けれど、天使の術式はあまりに強大過ぎる力であり、その悪用を避け、術式を二つに分けたのです。以来、ハザエルの血脈を受け継ぐ血族には、必ず双生児が生まれ、その二人が生まれながらにその身に天使の術式を宿しているのだと言われております」
「言われております?さっきから伝聞のように聞こえる話し振りだが?」
ヒルデガルトの言葉尻を捉えて、聞き返す。
「未だかつて天使の術式は振るわれたことはなく、私自身も伝承に聞くだけで、半信半疑だからです」
「じゃあ天使の術式がどんなものかもわからないのか?」
「ええ。ただ私の中に得体の知れない大きな魔力が眠っているのは、生まれながらに感じておりました」
やはり眉唾の、信じ難い話だが、目の前の少女が嘘を吐いているようには思えない。何より嘘を吐くメリットがない。自分がハザエル・カルブンクルスだと名乗れば、当然自身を危険に晒すことになる。ガイが見せたメモの内容もわかっているはず。敵勢力は、ハザエル・カルブンクルスを必要としているのだから。
とはいえ一旦、天使の術式がどういうものであるかなどはさておき、敵勢力について確認しておきたい。
「お前たちと敵対している勢力は何者だ?」
「おそらく『赤星たちの十字団』の仕業かと思われます」
「『赤星たちの十字団』の教義は基本、神秘主義を奉じ、より高次の存在との神秘的合一を果たし、世界理解を加速せしめること。それにより転生と輪廻の謎に迫り、神の御業を体現することで、この世界の至上者とならんと欲することだと」
ヒルデガルトの言葉を引き取り、セイヴィアがそう説明をした。
「そのために、高次存在である天使の力を受け継ぐお前を狙っているというわけか」
ヒルデガルトはこくりと一つ頷いた。
「それで、お前と対となる姉のヒルデガルダはここにはいないのか?」
「アーセナルトとセイヴィアが奴隷商会を興したのは、同胞を探すことはもちろん、姉のヒルデガルダの行方を探し出すため。しかし、足取りは愚か、その生死すら未だ掴めておりません」
「大賢者様、厚かましいお願いだと十分わかっておりますが、アリシアさんの次でもいいので、ヒルデガルト様をお守りください!何卒!」
セイヴィアは椅子を蹴って、床に額を擦り付け、土下座でガイに願い出た。
冷たい瞳がセイヴィアを見下ろす。
「知ったことか。アリシアの身柄とこの女の身柄を交換するまでだ。今夜、西の城壁外の丘の一本木まで一緒に来てもらおう」
ヒルデガルトに射抜くような鋭い視線を投げて、ガイは言った。
「ええ」
と、ヒルデガルトは静かに返事をした。
そして、セイヴィアに語り掛けた。
「セイヴィア、我々は選択を誤ったのです。彼らを利用しようとした我々の身から出た錆。責任は取らねばなりません」
額を床に付けたまま、セイヴィアの嗚咽が聞こえた。
「見苦しい。お前が俺たちをハメようとしたツケだ。泣くくらいなら、はじめから俺たちに喧嘩を売るような真似をするな!土下座すれば助けてもらえると思ったか。俺は聖人君子でもなんでもない。お前たちに手を貸すつもりはない。目障りだ、消えろ」
と、ガイはばっさりと切り捨てた。




