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第四十九話「元魔王、威しをかける」

 その雑貨店は、本気で商売する気があるのかと思えるほど、裏路地のさらに奥の(せま)い通路にあった。


 一応、雑貨店『小さな炭火』と申し訳程度の看板が上がってはいる。


 木戸(きど)を押し開くと、カランコロンカランと小気味良(こきみよ)いドアベルの音がした。


 広くはない店の正面カウンターには誰も座っていなかった。


 店の棚には、古びたポーションの小瓶や蜘蛛(くも)の巣の張ったランタン、年代物とわかる羊皮紙の古書などが置かれている。それらをぼんやりと(なが)めていると、奥から店主らしき細身の長身男性が出てきた。


「いらっしゃい。何かお探しで?」

 彫りの深い顔に怪訝(けげん)の色を浮かべ、店主はガイに声を掛けた。


「ハザエル・カルブンクルスと言えばわかるか?」


 途端(とたん)に男の顔から表情がなくなり、カウンターの下から何かを取り出す。ガイの方からはカウンターが影となり見えなかったが、おそらく短剣か何かの武器であろう。


「そいつを出せば、後戻りできなくなるぞ。覚悟があるなら出せ。なければ、セイヴィアを呼べ。ガイ・グレーシアスが来たと伝えろ」


「……ちょっと待ってろ」

 武器を手にした時点で、とぼけても無駄と察したか、店主は短く答えると、奥へと消えた。


 すると、店主と共に小柄な金髪の青年が奥から出てきた。


「よくここがわかりましたね。しかし、ボクを訪ねてくるなんて、どういう風の吹き回しで?」


 ガイは無言であのメモをカウンターに置いた。


 ちらりと一瞥(いちべつ)するも、セイヴィアはさしたる反応も示さず、

「ボクにどうしろと?」


 ガイはグッとセイヴィアの胸倉を(つか)んだ。


 店主がナイフを取り出すより速く、後ろにいたレカイオンが双剣を抜き、店主の首に突き付けると同時に、

「動くと全員殺すよ」

 奥にいる連中に向かって、冷たい瞳で(すご)んだ。


「お前はこうなることを予測していたな」


「……………………」

 セイヴィアは無言を(つらぬ)く。


 それを肯定(こうてい)と受け取ったガイは、膂力(りょりょく)にまかせて、無造作にセイヴィアの体を近くの棚に叩きつけた。ポーションの瓶や壷、飯盒(はんごう)や鍋など棚の物が飛び散り、けたたましい音をたてた。


「セイヴィア様っ!」


「動くなっ!」

 奥から駆け出そうとした連中を制するセイヴィア。額から血が流れるが、気にせず立ち上がる。


「協力しろ。アリシアに万が一のことがあれば、俺がお前らを皆殺しにする」

 ゾッとする瞳で辺りを睥睨(へいげい)し、ガイは言い放った。


 奴らに大賢者をぶつけて、その勢力を()ぐという謀略は、会頭をはじめ多くの同胞の犠牲を払う形となったが、なんとかセイヴィアが思う通りになった。


 会頭らは命を()しても口を割らず、(ごう)()やした奴らは、大賢者に目を付け、襲撃を敢行(かんこう)した。そこまではよかった。


 しかし、大きな誤算として、ガイにこの隠れ家を突き止められたことで、高みの見物といかなくなったことだった。


 そして、守るべきものを結局は危険に(さら)すこととなってしまった。

 自分の浅はかさを呪わずにはいられなかった。


(ボクは竜の逆鱗(げきりん)に触れてしまったようだ。あの狐人族(こじんぞく)の娘に、万が一のことがあれば、我々は彼に皆殺しにされることは確実。協力を(こば)んでも同じ……)


「ええ、もちろんそのつもりです」

 人懐(ひとなつ)こい笑顔を張り付けて、セイヴィアは答えた。


「次、()めた真似(まね)をしてみろ。容赦しないから覚えておけ」

 そう言うと、ガイはカウンターに拳を叩き込み、店主が隠していた武器ごと粉々にする。


 店主は腰を抜かし、その場から動けなくなった。


 他の者も恐れ(おのの)き、蜘蛛(くも)の子を散らすように奥へと逃げていった。


「席を移しましょう。ここは(ほこり)っぽい。奥へどうぞ」

 と、セイヴィアはガイとレカイオンを奥へと案内する。

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